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自伝 なかにし礼
インタビュー・ドキュメント 自伝 なかにし礼~わが恋 わが愛 わが命
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インタビュー・ドキュメント 自伝 なかにし礼~わが恋 わが愛 わが命

  • 2017年9月13日(水) 午後9時00分(90分)

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なかにし礼さんの、国に捨てられた人生を全く知りませんでした。国に捨てられたけれど、人を見捨てたやり切れない体験も告白した。まさに修羅場。釘付けになって最後まで見ざるを得ませんでした。

投稿者:マー君

ヒットした数々の愛の歌に過酷な戦争経験を重ねていたという事に驚きました。引き揚げ列車に群がる人の指を剥がした6歳の少年の罪悪感、戦争の真実を語れる勇気に感謝しましたし、知れてよかった。そんなつらい思いをした中国が祖国だと語られて、ずっと祖国を愛していて、今ガンとなって訪れた葫蘆島の景色が走馬灯のように美しく見えました。

投稿者:てんてん

すばらしかったです!
インタビューはもちろん、構成も、資料や補足説明も。
母がなかにしさんと同世代です。
落ち着いたお話しぶりでしたが、戦争が子供にどれほどむごたらしいものか胸が締め付けられました。
ぜひ再放送してください。
そして、なかにしさんがよろしければ、ぜひドラマ化してください。
(できれば戦争の無意味さを描ける森下桂子さんで)若い世代に見てほしいです。

投稿者:Stella

我が家も満州からの引き揚げ家族でした。当時のことは1才だったのでなにも記憶にありません。生前、母親から引き揚げ当時の「コロトウ」という言葉をきいていました。なかにしさんが最後に訪れた場所だったので、なにか、私たちのために訪れてくれたように感じました。ありがとうございました。

投稿者:ペペママ

戦争が人を変えてしまうんだ、お兄さんの特攻生き残りで思いました。
言葉に表せない体験を秘めてなかにし礼さんは生き抜いてこられたんですね。

投稿者:びわこ

波乱の半生に驚嘆しました。数年前に「赤い月」を読みましたが、本人の話に現実味をかんじました。

投稿者:くりちゃん

勇気を頂いた。

投稿者:夢狩人 哲

気になっていた方です。心境、思いが似ています。身体大事に過ごしてください。

投稿者:さとし

「恋のハレルヤ」が生まれるエピソードに涙が止まりませんでした。実は、両親が満州からの引揚者でした。姉二人は満洲で生まれました。そして、70歳超えた二人は、まさに、偶然にもこの日、生まれ故郷の中国鞍山を訪ねていました。二人の姉たちの心情をおもんぱかり、亡き両親の愛と故国への郷愁等々に思いを馳せ、涙無しにはいられませんでした。
姉たちのためにも、是非とも再放送願います。

投稿者:コニシキブーブー

私は現在86歳です。歳相応に体力低下しておりますが家族に手を煩わすこともなく元気で暮らしております。
ここでお願いですが、昨日BSプレミアムで放映された「自伝なかにし礼」の番組を就寝して見られなかったので再放送して頂きたいと思います。
よろしくご高配ください。

投稿者:後藤貞(ただし)

すばらしい番組でした。録画もして何度も見返しています。なかにしさんの深みのある言葉、話し方、私たちには計り知れない体験、経験からの重みのあるものでした。ヒット曲にまつわる話を聞いた後にその曲を聴くと、なかにしさんの思いと重なります。どうぞ、お身体ご自愛ください。

投稿者:ゆうちゃん

なかにし礼さんは、大のマリア・カラスファン。どこかで、マリア・カラスの呪縛を語っておられたので、気になる作詞家でした。この自伝は私にとって衝撃的なものでした。
私の伯父(山下奉文大将の親戚)も牡丹江で兵卒として従軍しているので、軍用列車で民間人を払い落とした加害者の一人であったのだと食い入るように映像を見ました。
平和こそは人類が最も大切にすべきもの!

投稿者:classicfan51
  • 作家・作詩家 なかにし礼さんが、自らの人生そして創作の原点を語る
  • ヒット作の影に隠された過酷な戦争体験 忘れられない地を訪ね、記憶と 向き合った
  • 石原裕次郎さん、美空ひばりさん…大スターたちとの交流 がんから生還したいま、語る言葉とは?

どんな番組?

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なかにし礼さん
79歳

4000曲にのぼる作詞を手がけ
年間1500万枚を売り上げた
稀代のヒットメーカー

50代になって
書き始めた小説で
直木賞を受賞

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つきることのない創作活動
その源を自伝として語り尽くす

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「いっさい失った。
絶望したところから、はじまっています」

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6歳で体験した満洲での過酷な逃避行
その中で抱いたのは“罪の意識”

引き揚げ後の一家離散
音楽がその心に寄り添った

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「僕が歌書きになったきっかけは
石原裕次郎であり、
喜びを教えてくれたのは美空ひばり」

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時代を彩ったスターたちとの交流
ヒット曲に秘められた思いを語る

“歌”とはなにか?

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2度目のがんから奇跡的に生還を果たした
なかにしさんは、自分の原点を訪ねる旅へ向かう

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「71年ぶりの遭遇っていうのは、
感慨深いですよね」

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79年の人生と創作の原点を見つめる

インタビュー・ドキュメント
自伝 なかにし礼
~わが恋 わが愛 わが命
9月13日(水)午後9時00分放送
BSプレミアム

番組スタッフから

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【どんな番組ですか?】
この番組は、この9月2日で79才を迎えた、作家・作詩家なかにし礼が自らの人生を語る自伝番組。中国大陸における過酷な逃避行、ニシン漁の失敗による一家離散。極貧の苦学生時代。
大スター石原裕次郎との出会いから作詞家人生が始まり、大ヒット曲を連発する。その曲には命がけで逃げ惑った戦争体験があった。子どもの頃から憧れだった大歌手美空ひばりとの出会いは、作詞家人生を大きく変える出来事だった。日本を代表する大スター石原裕次郎と美空ひばりの最後となった歌は、ふたりと交流があった人でなければ書けない歌詞になっている。二度目の癌から奇跡的な生還を果たし、6才から1年あまり悲惨な逃避行をした後に体験した歓喜を再び確認するために、引き揚げ船に乗った中国葫蘆島(ころとう)に出かけた。そこで甦ってきたのは、逃避行の中で、加害者となってしまった罪の意識だった。生きるためとは言え、6才の少年さえも加害者にしてしまう冷酷な戦争。彼は自身の戦争体験を掘り起こし、それと向き合いながら、歌を書き、小説を書き続けて来た。その創作活動の源を自伝として語り尽くす。

【この番組を企画したきっかけは?】
二度目のがん闘病から奇跡的な生還を果たした昨年春、新曲のレコーディングに精力的に取り組んでおられるなかにし礼さんを取材した。その曲の歌詞の中に、「命の歓喜も果てがない 十万億土へ行かずとも、今の今が極楽だい!」という言葉があり、こういう詩を書く人の人生に興味を持ったのが始まり。

【番組の見どころは?】
4000曲の歌をつくり、年間1500万枚を売り上げたこともある希代のヒットメーカー、なかにし礼氏がその創作の秘密を明かす。高度成長期、日本中が口ずさんだ流行歌のモチーフになっていたのは6才のときに体験した過酷な戦渦の逃避行だった。ヒット作を大量生産した氏の創作の源をたどっていけば、常に戦争体験があった。甘く切ない女心を歌った歌の歌詞には、過酷な戦争体験があり、失われゆく国への愛と恋心が歌われていた。大ヒットから40年たった今でもその曲は古さを感じさせない。
中でも美空ひばりとの交遊は興味深い。兄の借金を全て肩代わりして支払ったなかにし礼氏。その苦しみの中で遺言のように書いた一編の歌「さくらの唄」。公開するつもりではなかったが、友人達の尽力でレコーディングが実現した。悲しい詩でありながら、微笑みながら、おおらかに、優しく歌ってくれたのは美空ひばり。そして彼女は「なんでこんな良い歌、隠していたのよ?」と言った。誰が歌うというのではない、自然な、正直な死に行く男の気持ちを歌った歌を彼女のために書けなかったことを後悔させる一言だった。

【この番組を取材するなかで新しい発見や、驚いたことはありましたか?】
今まで封印していた、満洲での逃避行の中で体験したことを、帰国から71年目の真実として告白する。
生まれた地、満洲(中国東北部)牡丹江から軍用列車で避難するとき、関東軍の軍人達は開拓民など一般の人々を乗せることを拒否した。汽車に乗って逃げなければ侵攻してくるソ連軍に乱暴されて殺されるか、暴徒化した人々に殺されるか、集団自殺するか、取り残された開拓民たちの運命を知りながら、軍人達は群がる人々を振り切って汽車を出発させた。それでも乗ろうとする人々の手を振りほどいたのは、なかにし礼氏たち、一緒に乗った日本人達だった。

作詩家人生の始まりは石原裕次郎との出会いだった。石原裕次郎邸を訪れて、まき子夫人と石原裕次郎との思い出を語る。裕次郎が大チャンスをくれたがそれは大きな落とし穴でもあった。そのチャンスをどう乗り越えることが出来たのか?彼はずっと封印してきた戦争体験を解くことを決断し、それをモチーフに恋の歌を書いた。それが大ヒットし、一躍ヒットメーカーに!
石原裕次郎の晩年、相談を受けた。「礼ちゃんよぉ、人生の歌を歌いたいんだ」「裕さんのように大成功した人が人生の歌って、My Wayのような歌を歌うのはカッコ悪から止めましょうよ」「いやぁ、そういう歌じゃないんだよ。とにかく人生の歌なんだ」「それなら、大スター石原裕次郎ではない、普通の男、等身大の裕さんの歌を歌いましょうよ」「うん、それで良いよ」という話しで作ったのが「わが人生に悔いなし」。裕次郎が日頃語っていたエピソードを盛り込んで歌詞をつくった。レコーディングは病気療養中にハワイで行われた。リハーサルになかにし夫妻が訪ねると、石原裕次郎は病気を押して夫妻4人でゴルフを楽しんだ。重病なのに、そういう気遣いをしてくれる優しい裕次郎との交遊を語る。

【心に残った言葉は?】
1.「優しさ」や「思いやり」を持ち続けるのは、たいへんなエネルギーが必要なこと。そのエネルギーのいることを今までやってきたつもりだし、これからもやり続けていきたい。

2.歌は99%のテクニック+たったひとつのひらめき、たったひとつの真実、たったひとつの哲学…、何でも良い、たったひとつの有無を言わせぬ何かがないと絶対ヒットしない。

【見てくださる方に一言】
なかにし礼さんの人生は、よくここまで生きてこられたものだ、という不思議がある。6才で何度も死と直面するような戦渦を逃れて日本へ引き揚げてこられたのは、奇跡に近いこと。当時、150万人の日本人が着の身着のまま中国大陸に置き去りにされ、その中で、生き延びて日本に帰って来れたのは105万人ほどだった。なぜ、生き延びられたのか?その不思議を考えて欲しいと思います。

(番組プロデューサー)

番組内容

インタビュー・ドキュメント 自伝 なかにし礼~わが恋 わが愛 わが命

満州からの過酷な引き揚げ体験が創作の原点というなかにしは、戦争体験を恋愛感情に置き換えることでヒット作を連発してきた。二度のがんを克服した今、人生の思い出の地を訪ねる。ニシン漁で失敗し家を追われた小樽の地や、運命の出会い後作詞家に導いた石原裕次郎、兄の借金で絶望のふちにいたなかにしを救った美空ひばりとの出会いを振り返る。最後に訪れた中国葫蘆島では、絶望の逃避行の終着地で初めて見た海の感動を思い出す

出演者ほか

【出演】なかにし礼,美輪明宏,石原まき子,松村慶子,鈴木邦彦,コシノジュンコ,中西由利子,村松友視

チャンネル

  • 2017年9月13日(水) 午後9時00分(90分)

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