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制作スタッフによる現場日誌

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光と収差の諸問題と暗・黒

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「デザインの観察」では、モノを撮影します。加えて、コトを撮影します。
その時、素直な描写を心がけます。
こどもたちに観察し、そして発見をしてもらいたいからです。
その場合、モノの質感や形状、コトに適した描写を考えて、50ミリ標準レンズを中心に、38ミリあたりから、100ミリの焦点距離のものを選びます。
いわゆる35ミリフィルムカメラの標準レンズは、人間の目に最も近い見え方をするのでは?とされているレンズです。
また、撮影には最新のデジタルムービーカメラを用いますが、これは素直な描写に妙に適しています。
ニュートラルなモノのカタチとコトのシダイを提出する「デザインの観察」において「素直な描写」という点では、全くピッタリのカメラです。
ただ、「素直さ」と引き換えに失うものもある気がします。
言い方をかえれば、そこにあったなにかの幾分かが、デジタル映像の中に抜け落ちたままあらはれる。ということでしょうか。
元始、カメラオブスキュラ・見世物小屋において、光とからくりによりあらはれる像がありました。やがて光学に加え化学変化によって生じた銀盤画像は、現実世界と比べて歪み、色収差があり、それでいてどこか人間を惹きつけてやまない、密かなからくりの匂いがしたはずです。それを含めての「素直」であって良いと思います。
デジタルカメラでは、それが消えました。消えないまでも、限りなく薄まりました。何か素っ気ないものに置き換わりました。
レンズを入り口とするカメラは、かつては「暗箱」でした。
今、それは「黒箱」(ブラックボックス)となり、レンズと光の関係においての諸問題を電気の回路によって(知らないうちに)相当分補正する機能さえ持つ箱となりました。

今、いえかなり前から、映像表現の世界だけでなくそこかしこで、たとえば暗箱とデジタルの黒箱の間に、くっきりと線をひくことで、互いがそこ(中心・ボーダー)から離れていっているような気がします。光の性質、モノの成り立ち、コトの次第。
自然の理が含む、たとえようのないなにかを、少しでも映像にひそませたいと思います。
思いつつ撮りつづければ、「デザインの観察」にこどもたちはなにかを受け取ってくれるでしょう。
陽の匂いや、影絵の奥行きを、、。