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制作スタッフによる現場日誌

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  2. 2017年6月

くりかえし

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こんにちは、「くりかえし」のコーナーを担当しています、
plaplaxです。


突然ですが、わたしが子供のころ、
「あなたは、だんだん眠くなーる」
と言いながら、紐を通した5円玉を相手の目の前で右・左・右・左・・と振って、、
という催眠術まがいのあそびが流行りました。
当時の私は、紐を振るスピードを段階的に試したり、紐の色を変えてみたり、
「だんだん眠くなーる」の言い方をアレンジしてみたり、
とにかく、この術をマスターするべく躍起になっていました。


コーナー「くりかえし」では、その名の通り、
同じ動きのくりかえしで出来ているモノのカタチを紹介しています。
これまでに、放送したのは、フェンス、瓦、ザルなど。
くりかえす<カタチ>をシンプルなアニメーションでお見せしながら、
ナレーションでは、基本の動作を平坦な口調で呪文のようにくりかえす、
「あなたは、だんだん見えてくーる」というコーナーです。


同じ文字を何度も書いているうちに、自分が何をかいているのかよくわからなくなる、
いわゆる「ゲシュタルト崩壊」。
ひとまとまりに見えていたものが、繋がりを失って、それぞれバラバラに見えてくるというものですが、
このコーナーは、全体がいったん崩壊した状態で、スタートします。

一旦バラバラにした、くりかえしの単位を
もう一度ゆっくり組み立て直しながら、モノの形を改めてじっくり見ていきます。

例えば、くりかえし方の工夫。
組み方、ずらし方、重ね方、繋げ方、間隔の取り方、
色の組み合わせや、くりかえすための形、などなど、、
くりかえしが増えていく過程で、
単純な最初のひとつの動きからは想像できなかったような、全体が立ち上がってきます。

普段見慣れていた、表面の様子や模様などの印象、手触り、使い心地だったり、機能そのものだったりが、
くりかえしのリズムとして、聞こえてくるようです。


そんなことを、考えながら、
アニメーションの動きや、背景の色を調整したり、
ナレーションの間合いを決めて。。
ああ、五円玉催眠に夢中になっていた、あの頃と同じ試行錯誤だなぁと思いながら、
目下、次回作を制作中です。

5分版のテーマって?

平日の朝7時25分から放送されている、「デザインあ5分版」。
オープニングでは、みなさんの身の回りにある色や形をテーマをかかげて、そのテーマに沿った4つのモノを見せています。 

このオープニング制作では、まずテーマになる「みんなの身のまわりある色や形」について、どのようなものがあるのかを考えます。
次にテーマに沿った4つのアイテム探し。
たとえば、「あか」。
赤いモノってなにがあるんだろう?
赤ってなにに使われているんだろう?
どういう意味があって、赤なんだろう? 

そんな風に考えて、実際に放送に出したものがこちらの4つ。

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赤の食べ物といえば多くの人が思い出す「りんご」。
一瞬で目を引く色として赤が使われている「止まれ」の交通標識。
人間にとって大切な血の色で、血色がよく見えるようにと使われる「赤い口紅」。
昔から赤は魔除けに使われていたことから、「赤べこ」は赤になったのだとか。(諸説あり) 

「赤いもの・・赤いもの・・」と探せばたくさんあるけれど、1つ1つその色や形の意味を調べると、知っているようで知らないものばかり。
「どうして赤いの?」と子供の頃に疑問に思っていたことを、いつの間にか “そういうものだから” で済ませてしまうようになっていた今の自分に、はっとすることがあります。
当たり前に思っているものでも、そこには意味があります。
全ての意味を知るのは大変ですが、ふと気になったことは調べてみると、ちょっぴり成長した気になるものです。

 

思ってたんとちがう

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思ってたんとちがう、が今年から再開しました。
久しぶりにこのコーナーのことを考えていると、ふと昔のことを思い出しました。 

子供のころ、三人兄弟の末っ子だった僕は、兄たちにしばしば冗談でウソを教え込まれていたことがありました。
そのウソの内容は別段大したことではないのですが、小さかった僕はすっかり信じ込んでしまい、しばらく経ってそれがウソだったと知らされるようなことが何度かありました。

 昔の人が、水平線の向こうは崖になっていて海が滝のように流れ落ちていると、太陽が地球の周りを回っていると信じ込んでいたように、兄のついたウソは僕にとってしばらくのあいだ真実でした。そして新しく知った真実は、以前の自分にとっては“思ってたんとちがう”ものでした。
夜空に浮かぶ月はどこまでも自分の後を付いてくると思っていたし、星たちは空の中で輝いていると思っていました。

知識や経験が増えてくるに従って、今この瞬間、自分の目で見て、耳で聞いて、直接体で感じた情報に対して、無意識に頭の中で色々な意味を結び付けるようになってしまいます。純粋無垢な子供のように、感じたことを素直にそのまま受け取るのが難しくなってしまいます。

「思ってたんとちがう」では、一般的に想像されるであろう因果を裏切るようなことが、しばしば起こります。子供を対象にしつつも、こう来ればこういう結果を期待するだろう、という観る側の知識と経験を前提としています。

僕がこのコーナーのアイデアを練るときも、闇雲に直感や閃きを頼りにするのではなく、知識や経験をもとに僕の中である程度体系化したルールやプロセスに習って考えますが、そんな手法に頼るよりも、兄のウソを信じていたころの無垢な眼差しで再びこの世界を見ることができたらなぁ、、とそんなことを思う今日この頃です。