原発事故への備え なぜ進まぬ?ヨウ素剤の配布

2019.01.08 #

「ヨウ素剤」という薬を知っているだろうか。原発事故などが起きた際、住民の被ばくを抑える重要な薬だ。しかし、東京電力・福島第一原発の事故の際は十分に行き渡らず、住民の安全対策に課題を残した。

その反省から、国は、原発から5キロ圏内の住民に事前配布するよう制度を見直したはずが、実は、対象となる住民の4割に、ヨウ素剤が配られていないことがわかった。

事故の教訓は、いったいどうなっているのか。

今も続く甲状腺検査
平成23年3月、未曽有の原発事故に襲われた福島県。
事故から8年近くがたつ今も、当時18歳以下だった38万人を対象に、住民の甲状腺検査が行われている。被ばくによる健康影響を調べるためだ。
甲状腺被ばく対策の切り札
ヨウ素剤の効用CG
事故で放出される放射性物質のうち、放射性ヨウ素は、のどにある甲状腺に取り込まれ、がんのリスクを高める。これを抑えるのがヨウ素剤だ。

効果は24時間程度続き、放射性ヨウ素が体内に入る24時間前に服用すると、甲状腺への取り込みを90%以上抑えることができるとされているほか、放射性ヨウ素が体内に入ってから8時間後に服用した場合でも、40%抑える効果があるとされる。
混乱したヨウ素剤への対応
福島第一原発事故の発生当時、ヨウ素剤は原発が立地する自治体などが保管していた。

ところが、住民にヨウ素剤の服用を指示するかどうかについて、国や福島県は明確な判断を示さなかった。このため、自治体の中には、避難所までヨウ素剤を運んだものの、住民に配る判断ができなかったところもあるなど、混乱が生じた。

この反省から、国は5年前にガイドラインを見直し、原発から5キロ圏内の住民を中心に事前にヨウ素剤を配り、避難する際には速やかに服用することにしたのだ。
未配布は全国平均4割
“4割が未配布”の衝撃
原発事故の反省はいかされているのか。調べてみると、思わぬ実態が明らかになった。

NHKが、原発から5キロ圏内にかかる14の道府県に取材した結果、去年12月上旬の時点で、全国で対象となる住民の42%に、ヨウ素剤が配られていないことが分かったのだ。

内訳を見ると、
▼東海第二原発がある茨城県では対象となる住民の半数以上の64%に、
▼玄海原発周辺の佐賀県と長崎県でも37%の住民に配布されていなかった。
“日程の調整が大変で…”
佐賀県玄海町の説明会の様子
なぜ配布が進まないのか。
すでに再稼働している九州電力・玄海原発の地元、佐賀県玄海町を訪れた。

ヨウ素剤配布の説明会の会場に行ってみると、日曜日にもかかわらず、佐賀県の担当者や医師、保健師、それに薬剤師が待機していた。多くの住民は、仕事がある平日の参加は難しいのだという。

玄海町では、およそ3500人がヨウ素剤の配布の対象となっているが、このうち5人に1人は依然として配られていない。

佐賀県の担当者は、「医師、薬剤師、保健師、それに行政の日程、場所の確保などの調整に苦労しています。医師の説明だけでも30分ほどかかるため、住民の負担も大きい」と話していた。
子どもへの配布率が低い?
別の問題も見えてきた。全国で唯一、年齢別の配布率をまとめている新潟県のデータを見ると、10歳未満の子どもへの配布率が、他の年代を下回っていたのだ。

旧ソビエト・チェルノブイリ原発事故などのデータから、被ばくによる甲状腺がんのリスクは、幼いほど高いとされている。

なぜ子どもの配布率が低いのか。新潟県の担当者は、20代の配布率も低いことから、親世代の説明会への参加が進まないことが理由ではないかとしているが、仮に、ほかの自治体でも同じような実態があるとすれば、大きな問題となりかねない。
配布率低迷の責任は誰に?
そもそも事前配布を決めた段階で、国はこうした事態を想定できなかったのか。

ヨウ素剤を服用すると、おう吐や皮膚の発疹、それに体質によっては急性のアレルギーなどの副作用が起きることが知られている。

このため国のガイドラインでは、説明会には原則、医師が参加するとともに、薬剤師も立ち会って副作用などを説明し、服用しても問題ないか、ひとりひとり問診するよう求めているのだ。
その一方、事前配布の実効性を担保するのは、自治体の役割とされている。
独自の工夫を始めた自治体も
少しでも配布率を高めようと独自の工夫を始めた自治体がある。四国電力・伊方原発がある愛媛県伊方町だ。

町では、引っ越しや住民票の取得などの手続きで役場を訪れた住民に、説明会の開催を周知。そして、毎月第一木曜日に町立の診療所に行けば、必ずヨウ素剤を受け取ることができるようにした。

医師の説明は必要だが、毎月、決まった日に受け取れるようにすることで、配布率の向上につなげたいとしている。
伊方町危機管理室 吉本治 主任
伊方町の担当者は「なかなか難しいことですが、町民の安全安心のために1人でも多くの人に配布していきたい」と話していた。
国も見直しの議論始める
原子力規制委員会 検討チームの会合
原子力規制委員会も、ヨウ素剤の配布率向上に向けて検討を始めた。医師で作る検討チームを設置し、説明会の手続きをどこまで簡略にできるかなどを話し合っている。

しかし、慎重な声もある。検討チームのメンバーのひとり、日本医師会の石川広己常任理事は「『この人には適当、あるいはこの人は飲んじゃいけない』という判断は絶対に必要だ」として、一定程度の医師の関与は必要だという考えを示している。
原発事故の反省とは何か
東京電力・福島第一原発事故のあと、原発の規制基準は改められ、これまでに再稼働した原発は全国で9基にのぼっている。

その一方で、万が一事故が起きた時に住民の安全を守る取り組みをめぐっては、避難計画など多くの課題が残されているのが実情だ。

あの原発事故の反省とは何だったのか。優先して守るべきものは何なのか。事故から8年がたとうとしている中、今回明らかになったヨウ素剤の事前配布を巡る問題は、私たちに重い問いを突きつけている。
科学文化部記者
藤岡信介
平成20年入局。青森局・福井局を経て、平成29年から科学文化部で原子力分野を取材。前任の福井局では、原発の再稼働や廃炉、高速増殖炉「もんじゅ」などを取材し、現在は、原子力規制委員会を担当。
科学文化部記者
大崎要一郎
平成15年入局。平成20年から報道局科学文化部。主に原子力や科学分野の取材を担当。平成27年から2年間は福島放送局で原発事故の取材をしていました。現在は天文や海洋、先端科学など幅広く取材しています。
記事の内容は作成当時のものです

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