”最初は誰も信じなかった”自己修復ガラスの舞台裏

2018.01.15 #

去年12月15日に東京大学の研究グループが発表した「割れてもすぐに直るガラス」の開発に成功というニュース。テレビやネットで大きな反響がありました。科学記者という仕事柄、日々多くの研究成果に触れていますが、私にとっても久々に面白い成果に出会えたと感じる取材でした。今回は、このユニークな研究の裏話をご紹介したいと思います。
成功の背景には、研究グループが大切にしてきたひとつの流儀があったのです。

今回の成果を発表したのは東京大学の相田卓三教授の研究グループです。本郷キャンパスにある研究室を訪ねると、午後7時過ぎという時間にも関わらず、まだ多くの学生や研究者が残って実験や議論にいそしんでいました。
写真提供:東京大学相田研究室
上の連続写真は、割れたガラス(「ポリエーテルチオ尿素」という高分子材料)の断面を通常室温で20秒間密着させるだけで、元に戻る様子を撮影したものです。こうした性質はゴムなどの柔らかい物質では知られていましたが、ガラスのような固い物質では高温にしなければ難しいとされてきました。
壊れても簡単に直せることで、繰り返し使える環境に優しい材料として、持続可能な社会の実現に貢献することが期待されています。

サイエンス誌が公開している自己修復ガラスの動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=VJCX0xgQFBE
「割れても直るガラス」を初めに発見したのは大学院生の柳沢佑さんです。柳沢さんは別の特殊な接着剤を開発する研究のさなか、偶然にこの不思議な物質を発見しました。柳沢さんは「ガラスの研究はしたことがなく、初めは半信半疑だった」と言いますが、相田教授に背中を押され、未知の分野に踏み込むことに決めたと言います。博士課程の研究をいったん白紙に戻す、研究者人生を左右するほどの思い切った決断でした。

実際、その道のりは平坦ではなかったといいます。3年に及んだ研究の成果をまとめた論文は、アメリカの著名な科学誌サイエンスに投稿されましたが、余りに不思議な性質ゆえに、査読にあたった各国の研究者から批判や指摘が相次いだということです。このため何度も追加の実験を繰り返すことになり、投稿から掲載までには1年がかりだったということです。
ただ柳沢さんは、「苦労を経たことで、かえって非常に確かな論文にすることができた」と話していて、今では寄せられた批判にも感謝していると言います。
柳沢さんと相田教授
相田教授は学生たちに「偶然の出会い」を大切にすることを伝えてきたと話します。想定した実験結果と異なる事象にこそ、予想を超える新しい発見があるという考えからです。柳沢さんもそれを心がけていたからこそ、未知の現象に挑み、解明することができたと言います。相田教授は「頭で考えた計画や目先の成果にとらわれないことが重要で、日頃からのそうした姿勢や思いきった方向転換が、セレンディピティ(偶然から予想外の成果が生まれること)を生んだのだと思う」と話していました。

成果を出そうと急いでいれば、ひょっとすると見落とされていたかもしれない偶然の発見。不安を感じながらも、思い切って新たな研究に飛び込んだ柳沢さんを支えたのは、研究室の持つ文化だったようです。

科学文化部記者
大崎要一郎
平成15年入局。平成20年から報道局科学文化部。主に原子力や科学分野の取材を担当。平成27年から2年間は福島放送局で原発事故の取材をしていました。現在は天文や海洋、先端科学など幅広く取材しています。
記事の内容は作成当時のものです

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