COLUMN

文化の灯を絶やさない 歌舞伎俳優 松本幸四郎さん

2020.07.09 :

「文化の灯を絶やさない」。今回は、歌舞伎俳優の松本幸四郎さん。豊かな演技力で知られ、舞台にテレビにと幅広く活躍する幸四郎さんは、6月27日から週1回、5回に分けてインターネット上で歌舞伎の有料ライブ配信を始めた。この“図夢(ズーム)歌舞伎”は、400年以上の歴史がある歌舞伎の世界で、新たなジャンルとなれるのか。

 

「ただ芝居がしたいという思いで」

幸四郎さんの発案で始まった“図夢歌舞伎”。歌舞伎の三大名作と言われる、赤穂浪士の討ち入り事件を題材とした「仮名手本忠臣蔵」の名場面を再構成して配信する。生の舞台が当たり前の歌舞伎界で初めてとなる試みに、不安はないか尋ねたところ、幸四郎さんは「正直どうなるか分かりません」と苦笑いをしながら答え、多くの舞台が中止となる中の切実な思いを語った。
「ただ芝居がしたいという思いで飛び込みました。芝居は相手がいることによってドラマが生まれますし、もちろん舞台を作るにあたっては、役者だけでなく音楽、衣装、かつら、道具など、あらゆるものが集まって1つの作品を作ります。今の状況はそうした人たちを、簡単に言えば誰も集められない状態ですし、だったらそれを逆手にとって、誰も集めないで多くの人で1つの作品を作って、誰も集めないで多くの人たちに見ていただく方法はないかと」

打ち合わせからリモートで

オンライン会議ツールを使って打ち合わせをする出演者とスタッフ
出演者やスタッフとの打ち合わせは、配信の4日前にウェブ会議システムを使って行われた。歌舞伎の舞台では、公演の4日前に顔合わせをして稽古に入るのは普通のことだが、元の題材があるとは言え、今回披露するのは新作の歌舞伎。途中、マイクをミュートにしたまま話し続けて何を話しているか分からないなどのハプニングもあったが、2時間あまりの打ち合わせで、演出から音楽の合わせ方まで、その場であっという間に決まっていったという。
「なにか困っていても画面ではあたふたしている顔しか見えないし、しかも家でやるんでインターネット環境も整えたりと、環境も作らなきゃ行けない状況でした。『どうなるか分からない』けれど、どれだけ人を巻き込んで作り上げていけるのかがテーマでしたね」

“半生歌舞伎”を模索して

ライブ配信用の歌舞伎を作る上で、幸四郎さんがこだわったことが3つある。
カメラテストをする幸四郎さん
①たくさん役者が出られないかわりに、自分が何役もやる
②録画と生の演技を組み合わせて作り込んだ生配信を
③歌舞伎座での上演と同じ“午前11時開演”
歌舞伎の手法を用いた映像表現は、20年来の夢だったと語る。
「リモートで演技をするとまでは思っていませんでしたが、映像作品としての歌舞伎はできればいいなと、それが1つのジャンルになったらいいなということは夢見ていました。何役も演じることになるので、すべて生にはこだわらずに録画の部分があったり、録画に対する生の芝居があったりという、“半生歌舞伎”と僕は言っていますけれども、そういう作りこんだ生配信という、画面を通して観る歌舞伎でないとできないものを、という方法を探しました」
新型コロナウイルスの影響で舞台が中止となる中、新しい方法に挑戦しようと思い至った背景には、400年以上続いてきたという歌舞伎の歴史にあるという。
「歌舞伎も400年以上の歴史がありますが、じゃあこの400年の間、ずっと平和であったかと思うと、そんなことはもちろんありません。時代も変わりますし、その間に災害も戦争も、いろんなことがありましたが、その中でも生き続けてきたのが歌舞伎だと思っています。いかなる時でも歌舞伎という物が人にとって必要である存在でありたいですし、だからこそ、こういう時に何ができるのかという行動が大事なんだという思いから、今回こういう形で歌舞伎を披露することができたのだと思っています」

いざ、本番

画面上で2人の幸四郎さんが共演する場面も
6月27日午前11時。1000人あまりが視聴する中、ライブ配信が始まった。幸四郎さんは将軍家の執権「高師直」と、執権に嫌がらせをされる「塩治判官」、嫌がらせに耐えかねて執権を切りつけようとした判官を止める「加古川本蔵」の3役を1人で演じた。
2人は別々の場所で撮影しているが、1つの舞台のように見える
ほかの出演者は幸四郎さんとは別の場所で撮影に臨んだ。執権が判官の妻「顔世御前」に言い寄る場面では、幸四郎さんと相手役の中村壱太郎さんは別々の場所で演技しているが、背景をそろえたうえで、それぞれの画面を左右に並べることで、まるで横長の同じ舞台にいるかのように工夫されていた。
幸四郎さんの演技を間近で見られる場面も
また、執権が判官に対して嫌味を言う場面では、カメラが判官目線で撮影され、いじわるそうに「鮒侍じゃ!」と叫ぶ幸四郎さんの表情を間近で見ることができるなど、普段の歌舞伎の舞台では味わえない体験をすることができた。

1回目の配信の直後に感想を聞いたところ、「皆様にどういうふうに映って届いているのか分からなかったので、本当に極度の緊張でした」と話した一方で、「図夢歌舞伎」のような新しい方法も1つのジャンルとして定着させたいと語った。
配信直後にインタビューに答える幸四郎さん
「僕自身もこの時期に初めてこういうシステムがあるんだと知ったので、勉強しなければなりませんが、いろんな可能性があると思います。『何ができるんだろう?』ではなく、『何をやりたいんだ』っていうことがしっかりあれば、それが実現できる魔法のシステムだと思うので、自分の想像力を豊かにすることが大切。舞台で生で見ていただくのが歌舞伎のあるべき姿だと思いますが、それだけではないというものをここで始めることができれば、歌舞伎の1つのジャンルとして続いていければいいなと思っています」

歌舞伎座での公演再開へ

8月から再開が決まった歌舞伎座
1回目の配信から2日後、歌舞伎座の公演が8月に再開されると発表され、幸四郎さんも出演することが決まった。また舞台に立てることをどう思っているか尋ねたところ、幸四郎さんがコメントを寄せてくれた。
「この日に向けて動いていただいた方々、待っていただいた皆様に、感謝の気持ちです。12か月歌舞伎公演ができるためのひと月目だと思っていますので、その責任を強く感じています。歌舞伎座で歌舞伎ができる幸せをエネルギーに、精一杯つとめたいです。皆様には、非現実の世界・ファンタジーと、いかなる時代にも生き続ける歌舞伎のパワーを堪能していただきたいです」

科学文化部記者

飯嶋千尋

2009年入局。札幌局などを経て、2017年から科学文化部で消費者問題を取材。2019年以降は芸能・舞台芸術・音楽などを主に担当。

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