COLUMN

文化の灯を絶やさない バレエ 吉田都さん

2020.07.02 :

「文化の灯を絶やさない」。今回は、ことしの秋から新国立劇場の舞踊芸術監督に就任する吉田都さん。イギリスの名門・ロイヤルバレエ団で最高位のプリンシパルを22年にわたって務め、「ロイヤルの至宝」とも言われた吉田さんは、去年8月に現役を引退。引退公演直後のインタビューで、「今までバレエに育ててもらったので、後進のために今度は私ができることをやっていきたい」と語っていた。後進の育成に本腰を入れようとしたやさきにコロナ禍に見舞われてしまった吉田さんに、ヨーロッパと日本の文化に対する意識の違いや、吉田さんが目指す日本のバレエのあり方について、話を聞いた。

公演も練習も3か月間できず

吉田さんに話を聞いたのは、新国立劇場が新作バレエ「竜宮 りゅうぐう」の公演を7月に実施すると発表した次の日。中劇場の舞台では、振り付けが行われていた。
感染症対策として劇場に入る人数が制限されていたため、なかなか劇場に来られなかったという吉田さんは、舞台いっぱいに踊るダンサーの姿に、うれしそうな表情を浮かべていた。

「現役時代に同様のことが起こっていたらどう思いますか?」という問いかけに、「もう考えられないです!」と答えた吉田さん。笑顔から一転、真剣な表情でダンサーたちの抱える苦悩を語った。
「お稽古を1日休むと、それを取り戻すのに倍ぐらいかかります。そのため、これからが本当に大変だと思います。みんなエクササイズなどをして維持をしていたと思いますが、一日中リハーサルをすると、細かい筋肉が鍛えられるんです。それに、どれほどお稽古やリハーサルを重ねても、1回の本番にはかなわないくらい、生の舞台というのは学ぶところが多いんです。こうしたことから、これから舞台に立つ上で肉体的にも大変な試練が待っていると思います。また、精神的にどれだけダメージを受けていたかについても、すごく気にしています。ダンサーにとっては、表現する場がないという、自分たちのアイデンティティーを失ったような気持ちになっていたでしょうから、みんなそれぞれよく耐えてくれていたなと思います」

世界で感じた文化への意識の差

現役時代の吉田都さんの舞台写真
苦境に立たされるダンサーたち。20年以上ロイヤルバレエ団に所属し、公演で世界各国を巡った吉田さんに、日本のダンサーが置かれている現状をどう思うか聞いたところ、ドイツの文化行政を担当するグリュッタース国務大臣の言葉を挙げた。
「文化は豊かな時代のぜいたくとして楽しむものではなく、人生にとって必要不可欠なものです」
この言葉に「本当にうらやましく思いましたし、大きかったですね・・・」とため息をつくとともに、ロイヤルバレエ団など海外のバレエ団と日本のバレエ団では、支援のあり方が大きく違うと指摘した。
「私がいたロイヤルバレエ団は、公演が中止になってもお給料の80%が支払われますし、アメリカでは国からお金が出ていなくても、バレエ団によっては100%のお給料が出ていたと聞きます。ダンサーとして生活していく上での支援はしっかりしていると思いましたね。その一方で、新国立劇場のバレエ団もそうですが、元々お給料が出ていない状況なので、それに加えて公演がキャンセルになるということは、本当に痛かったと思います」
その上で、ダンサーの立場についても危惧していると話す。
「イギリスでは、ダンサーの社会的地位が高いというのをすごく感じていました。『ロイヤルバレエ団で、オペラハウスで踊っているんですよ』と伝えると、『うわ~、すごいね』とすぐに反応があるんですが、日本だとなかなか認めてもらえないな、と感じて少しさみしくなります。バレエダンサーという職業が成り立っていないところがまず第一ですね」
このダンサーを支える環境の違いには、芸術が日常にどこまで溶け込んでいるのかが影響していると吉田さんは続けた。
「ヨーロッパでは劇場に行くとか美術館に行くとか、自然と行っているなと感じます。『きょうは特別な日だから行こう』というのではなく、本当に日常に組み込まれているんです。芸術が日常に溶け込んでいるからこそ、芸術や芸術家はみんなで守っていかなきゃいけないという共通認識が生まれているんではないかと思います。日本の人たちは真面目だから、観に行く前に勉強しなくちゃと気負ってしまうと思うんですが、気楽に楽しんでもらってもいいんじゃないかな、とも思いますね」

吉田さんが目指す“ジャパンスタイル”

マスクをしたままレッスンを受ける新国立劇場バレエ団のダンサー
ことしの9月から新国立劇場の舞踊芸術監督に就任するやさきにコロナ禍に見舞われた吉田さん。世界中を巡って吸収してきたことを、日本の若手ダンサーたちに還元したいという。その上で、作りたいと話すのが日本人のよさを生かしたバレエだ。
「日本人のよさはやっぱり真面目なこと。日本のダンサーのコールドバレエ(群舞)は、ぴしーっとそろって、その美しさといったらないんです。ロイヤルバレエだったら群舞でも1人1人が主張するので、あり得ないこと。ただ、ロイヤルバレエで長く踊っていた身からすると、やっぱり自分たちの個性も出してほしいなと思うところもあるので、両方のよさを生かしたものを考えていきたいですね。
これまでにいろんな方にサポートしてもらってイギリスで頑張ってこられたので、日本で恩返しがしたい。本当にできることは何でもやっていきたいと思っています」

芸術は“生きる力”

最後に、“芸術とはなにか”という質問に、吉田さんは悩みながらも思いを語った。
「生きていることそのものというか、生きる喜びや悲しみ、挫折などを表現する魂の叫びみたいなものじゃないかなと思います。いかに人間が人間らしくあるために芸術が必要かというのが、ちょっと触れてみれば分かってもらえると思うんです。
新型コロナウイルスの影響で家にいる間、知らず知らずのうちに私も気持ちが沈んでいたことがあったのですが、クラシック音楽を聴いてふわっと気持ちが軽くなったことがあったんです。私自身も芸術に助けられて生きていると思うので、励みになったり、“生きる力”になったりするのが芸術の力だと思いますね」

科学文化部記者

飯嶋千尋

2009年入局。札幌局などを経て、2017年から科学文化部で消費者問題を取材。2019年以降は芸能・舞台芸術・音楽などを主に担当。

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記事の内容は作成当時のものです

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