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台風19号 浸水した歴史資料を救え

2019.12.18 :

「両親の教えのままに特攻へ行き、お国のために盾となります」
太平洋戦争で戦死した、21歳の青年の遺書に込められた思いです。10月の台風19号では河川の氾濫によって多くの家屋が浸水する中で、実は、こうした歴史を語る資料も大きな被害を受けていました。自宅で代々受け継いできた古い書物や、戦時中の記録などが被災したら、あなたならどうしますか?

台風被害は歴史の資料にも

台風19号による大雨で複数の河川が氾濫し、大きな被害が出た茨城県。11月のある日、久慈川の氾濫により浸水した常陸太田市の被災地を改めて訪ねると、民家の軒先に、たくさんの写真がつるされていました。
中には、太平洋戦争中の軍隊を写したものも。写真の持ち主は、江戸時代から先祖代々この土地で暮らし、農業を営む鈴木洋一さん。
写真の中には、太平洋戦争中に21歳の若さで戦死した、伯父・典信さんの姿もありました。今のつくば市にあった谷田部海軍航空隊の隊員だった典信さんは、特攻隊員として出撃し、帰らぬ人となりました。
鈴木洋一さん
わが家にとっては神様のような人なので、なんとか復元させようと思って乾かしています。それでも、写真の復元は難しいようで、かなり色あせてしまいました。
鈴木さんの自宅と蔵は、近くを流れる久慈川の氾濫により2メートル近い高さまで浸水し、家財道具や衣類がすべて水につかりました。被害はそれだけにとどまらず、大切な典信さんの遺書や写真、ノートなどの250点を超える資料にまで及びました。
蔵の浸水高を示す鈴木洋一さん
貴重な資料を湿気から守るため、高床式の蔵にお米と共に大切に保管していましたが、まさかここまで水につかってしまうと思わなかったです。典信の資料をどうすればよいか悩んでいました。
頭を抱えていたやさき、鈴木さんは被災地を歩いて回っていた「茨城史料ネット」と出会いました。

浸水資料をボランティアがレスキュー

「茨城史料ネット」の活動の様子
「茨城史料ネット」は、一般の民家で保管され、行政の指定を受けていない古文書や美術品を中心に修復するボランティア団体です。こうした歴史資料を守るボランティア団体は、東日本大震災のあと全国で増え、現在は各地に20を越える団体があります。「茨城史料ネット」は茨城大学の教員や学生などを中心に500人あまりがメンバーとなっています。
「茨城史料ネット」 添田仁事務局長
自宅で保管している古文書などの資料は、行政が指定する文化財とは違って、今回のような大きな災害が起きても誰も助けに行く人がいない状態になってしまいます。ですが、その地域に暮らす人たちにとっては欠かすことができない大事な文化財なので、私たちの手で守っていこうとしています。

過去の災害の記録もよみがえる

修復の様子
被災した資料は1枚1枚丁寧に乾かしたあと、泥などの汚れをブラシで取り除き、カビを防ぐためのエタノールを吹き付けて修復していきます。
修復活動を通して、過去の災害の記録といった貴重な資料も相次いで見つかっています。4年前の関東・東北豪雨の際には、常総市内の民家で保管されていた古文書を修復したところ、およそ250年前の水害の記録が明らかになりました。常総市の川沿いのある地区は周辺の地域よりも標高が低いことから、江戸時代にはおよそ3キロにわたって集落を囲むようにして堤防が作られていましたが、氾濫で決壊してしまったというのです。添田さんは、こうした資料は今後の私たちの暮らしにも生きていくといいます。
これまでも地域が経験をしてきた災害であるとか、災害から復興の過程、そして、水と付き合ってきた歩みが刻まれている大事な文化財を修復してきました。地域の特質を示す貴重な資料であり、それが今後の防災教育であるとか、地域作り、まち作りに生かされていけばいいと考えています。(添田仁事務局長)

特攻隊員の思いがよみがえる

鈴木さんの資料は、「茨城史料ネット」が10日間かけて水けや汚れをとる作業を行いました。その結果、典信さんが出撃前に家族にあてた遺書もきれいに修復されました。
「たらちねの 御親の教 そのまゝに
 征きて御国の 盾たらむ」
両親の教えのままに特攻へ行き、お国のために盾となります、という典信さんの思いがよみがえりました。
本物には本物の価値があると思うので、資料が修復されて本当に助かりました。命日や終戦記念日には広げて目を通すだけでなく、他の人にも見てもらい特攻について知ってもらって、あとの時代につなげていきたいです。(鈴木洋一さん)

失われた資料は戻らない

常陸大宮市の災害廃棄物置き場
修復される資料がある一方で、被災地ではある問題も起きていました。同じく河川が氾濫した常陸大宮市の災害廃棄物置き場。そこに衣類や日用品などと一緒に捨てられていたのは、江戸時代の書物や、戦時中に兵士が衣類を運ぶのに使った「軍用行李」と呼ばれる入れ物です。
修復中の軍用行李
茨城史料ネットのメンバーで、市の文書館に勤める髙村恵美さんが、市内を回って歴史資料の保全を呼びかけている時に発見しました。
常陸大宮市文書館 髙村恵美さん
持ち主が資料の価値を知らないまま、捨ててしまったんだと思います。災害が起きると、みなさんまずは自分の生活をどうするのかということになるので、なかなか古い資料を保全しようという考えには至らないと思うんです。
常陸大宮市文書館が呼びかけたチラシ
歴史資料の価値に気づけずに捨ててしまう事態を防ごうと、髙村さんは、自宅でもできる濡れた資料の修復方法などを伝えるチラシを作って住宅を回りました。新たにツイッターも開設して、発信しています。分からないことがあれば、市などに相談してほしいと呼びかけています。
失われた記録や資料は二度と戻らないので、まずは捨てずに相談して下さい。私たちも、今後はみなさんが持っている資料がどういう意味で貴重で、どんなことが書いてあるのかということをなるべく具体的にお伝えして、長く持っていただけるような努力をしていかなければならないと思っています。(常陸大宮市文書館 髙村恵美さん)
個人が保管し、地域の歴史や人々の思いを伝える資料をどう守っていくのか。はからずも、災害がその課題を浮かび上がらせたようにも見えます。

水戸放送局記者

齋藤怜

2016年入局。
水戸局が初任地で、東日本大震災からの復興や原子力問題、非正規公務員問題などを取材。台風19号でも茨城県の被災地の取材に当たる。祖父は予科練生で特攻兵器「回天」の搭乗員。

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記事の内容は作成当時のものです

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