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チャイルドシートは何歳から前向きに?

2019.12.23 :

小さい子どもがいると、車でのお出かけに欠かせないのがチャイルドシート。6歳未満の子どもを車に乗せるときは、使用が法律で義務づけられています。チャイルドシートには子どもを後ろ向きに座らせるものと、前向きに座らせるものがあり、1歳3か月までは後ろ向きで使うことが国の規則となっています。

 

ところで、なぜ後ろ向きで座らせなければならないのか、考えたことはありますか?
そして、なぜ1歳3か月を過ぎたら前向きに座らせていいのでしょうか?

 

何歳で前後の向きを切り替えるのが安全なのか。いま、専門家から課題が指摘されています。

事故で思いがけないけが

取材のきっかけとなったのは、大阪府内で起きた交通事故をめぐる1つの研究発表でした。
平成29年10月、大阪・泉南市で、片側1車線の緩やかなカーブを軽乗用車が走っていました。飛び出してきた小動物を避けようとした軽乗用車は、道路脇の電信柱に衝突。後部座席に座っていた当時2歳半の男の子が、一時、意識不明の重体となりました。
この事故で、男の子は足や手など首から下の部分をほとんど動かすことができなくなりました。私が取材したのは事故から2年ほどたったときでしたが、男の子は、入院を続けて懸命にリハビリに取り組み、ようやく指先に動きが見られるようになった状態でした。

事故の様子を聞いて疑問を持った医師がいます。男の子の治療にあたった、大阪府泉州救命救急センターの安達晋吾医師です。私が目にした、研究発表をまとめた医師です。
事故当時、男の子は正しくチャイルドシートを着用していました。2歳半だったため、国の規則どおり前向きのチャイルドシートです。座席にしっかりと固定される最新の製品で、肩や腰のベルトもすべて装着していました。それなのになぜ、これほどの大けがをしたのか。安達医師は疑問に感じたのです。
安達さんが注目したのは、男の子の首から胸にかけての骨折です。脊椎の骨折や、胸椎のズレが確認できたほか、脊髄が損傷していることがわかりました。

車が正面衝突すると、衝撃で体は前に動きます。肩はベルトで固定される一方、頭だけが前に放り出され、首の周辺の神経が損傷したとみています。

安達さんは、仮に男の子が後ろ向きに座っていれば、もっと軽いけがで済んだのではないかと考えました。
大阪府泉州救命救急センター 安達晋吾医師
「今回のように、非のうちどころがない、これ以上の装着のしかたがないという状態で、これほどのけがをするのであれば、チャイルドシートの装着に関する規則自体に疑問をいだきました」

前向きと後ろ向きの違いは?

チャイルドシートに子どもを座らせる向きの違いで、事故による衝撃はどのくらい異なるのでしょうか。実験の映像です。

車の後部座席に、前向きと後ろ向きの2つのチャイルドシートを並べて、車を正面衝突させる実験です。前向きのチャイルドシートに座ったダミー人形は、首の部分が大きく揺れています。
子どもは頭が重く、骨の発達も未熟で、同じ事故でも大人と比べて大けがにつながりやすいと考えられています。後ろ向きで座っていると、衝撃を背中全体で受け止め、力が分散されます。このため、小さな子どもは後ろ向きのチャイルドシートに座るべきだとされているのです。

それでは何歳まで、子どもを後ろ向きで座らせるべきなのでしょうか。
日本が採用している「1歳3か月まで」という規則は、国連の専門部会がまとめた基準に従ったものです。ところが、この国連の基準には、なぜ「1歳3か月まで」なのか、はっきりした根拠がありません。

考え方は国によっても異なります。
アメリカは小児科学会が「2歳まで」を推奨しています。州によっては「3歳まで」とするところもあるということです。
また、スウェーデンは「3歳まで」としています。

子どもの安全のため 議論が必要

この状況をどう見ればいいのか。チャイルドシートに詳しい、国の交通安全環境研究所の田中良知主席研究員に聞きました。

国連の専門部会で基準作りにも加わった田中さんは、当時の状況を振り返ると、しっかりしたデータがないまま、議論が進んでいった面があると言います。
交通安全環境研究所 田中良知主席研究員
「後ろ向きに座るチャイルドシートをめぐる議論の中では、自動車メーカーが、限られた車両の空間を最大限活用するためチャイルドシートのサイズを小さくしたいと考え、チャイルドシートメーカーは、できるだけ大きい子どもを乗せるためチャイルドシートのサイズを大きくしようと考えていた。議論の末、両者のバランスをとったところでサイズが落ち着き、それが結果的に「1歳3か月」だったんです」
さらに田中さんは、子どもがどのようなけがをする可能性があるのかというデータも存在しないとして、研究を進める必要性を指摘しました。
「首や胸や頭がどのくらい障害を受ける可能性があるから、衝撃の度合いはいくつ以下に抑えましょうといった数値が、研究不足で定まっていない。これから調査しないといけない部分はあると思います」(交通安全環境研究所 田中良知主席研究員)
ただ、田中さんは、チャイルドシートを使うこと自体が危険というわけでは決してないので、チャイルドシートは必ず使用してほしい、とくぎを刺しました。そして、子どもの頭がチャイルドシートの背もたれからはみ出さない時期を目安に、なるべく長く後ろ向きチャイルドシートを使ってほしいと話していました。
1つの研究発表をきっかけに取材を進めた結果、見えてきたのは、チャイルドシートの切り替えのタイミングが、“関係者間の調整”で決まったという実態でした。科学的なデータによる議論が必要なのではないか、という声は、ようやく国連の専門部会でもあがり始めているといいます。子どもの安全を考えるならば、小児医療や自動車の構造の専門家などを交えた科学的な議論が求められていると感じます。

最後に紹介するのは、取材のきっかけとなった、交通事故でけがをした男の子の父親から医師を通じて寄せられた手紙です。
父親は、今回の事故をきっかけに、子どもが安全に車に乗るための研究が進んでほしいと、その思いをつづっています。
「今回、私の子供は交通事故が原因で頸髄損傷という大けがを負いましたが、交通事故というものはいつでも起こりえるものです。そして、事故の際、子供はチャイルドシートに乗っていました。
今回の事故は確かにコツンとぶつける事故ではなく、結構大きな事故だと思いましたが、その一方で、『何で、子供はこんな大怪我をしてしまったのか』とも感じました。子供が乗っていた後部座席のスペースには大きな損傷はなかったからです。『なぜ後ろにいた子供の方が大怪我をしたのか』という思いは解決することができません。
今後、同じような目に遭う子供が出ることは防ぐべきです。子供を守るのは親の役目、大人の役目です。しかし、一人一人では限界があります。
このような時こそ、一人一人が集まった『社会』というもので取り組むことが出来ればと思います。
今回の様な事故が少なからず起きていることを社会で認識した上で、車のことやチャイルドシートのことに携わる方々が研究・開発を進めて頂けるのであれば、大変心強く感じます」

大阪放送局記者

三谷維摩

平成21年入局。徳島放送局、金沢放送局を経て、平成29年から大阪放送局で医療、科学、文化を担当。最先端の研究や上方ならではのお笑い文化など幅広く取材。

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記事の内容は作成当時のものです

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