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“ゲノム編集食品” 食べました

2019.09.25 :

目の前に置かれたのは、分厚いアメリカンステーキ。赤身が多い肉、焼き加減はミディアム。いい感じに焼き上がっています。いかにもおいしそうですが、ただ1つだけ、ふつうのステーキとは違うところがありました。肉を焼く油、それがゲノム編集で作られた油だったのです。ゲノム編集の油って何?食べても大丈夫なの?

ゲノム編集で新しい食べ物

おいしいお肉や野菜、誰でも食べたいですよね。人類はこれまで、食べ物を少しでもおいしいものにしようと、品種改良を重ねてきました。

その最も新しい手段が、「ゲノム編集」です。ねらったとおりに遺伝子を書き換えることができます。遺伝子の一部を変えることで、食中毒を起こさないジャガイモ、ビタミンを多く含むベリー、収穫量が多いイネ…。これまでなかった新しい機能をもった食品が、いま次々と生み出されようとしています。

「ゲノム編集食品」は安全なのか?食卓はどう変わるのか?この技術について取材してきた私たちは8月、一足早く流通が始まっているアメリカに飛びました。

見渡すかぎり…ゲノム編集大豆

向かったのはアメリカ中西部・サウスダコタ州。日本人はほとんど行かない農業州で、車で何時間走っても大豆畑の同じ景色が広がっています。

ここにゲノム編集した大豆を栽培している農家があると聞いたのです。私たちを迎えてくれたのは、農家のトム・モロッグさん夫妻。
トム・モロッグさん夫妻
モロッグさんは、畑を案内してくれました。地平線のかなたまで一面すべてが大豆。すべて、ゲノム編集された大豆でした。日本のメディアとして初の、ゲノム編集された大豆の畑の取材です。

日本で、研究室の一画で細々と作られているのを見たことしかなかった私たち。「もうこんなに進んでいるのか…」と衝撃を受けました。

“ノーベル賞確実!”ゲノム編集食品って?

ゲノム編集技術を使うと、遺伝子のねらった部分をピンポイントで書き換えることができます。2012年に「CRISPRーCas9」という、簡単に、安くゲノム編集ができる技術がアメリカなどの研究者により開発され、あっという間に世界中で研究が行われるようになりました。

やり方は、特殊な酵素を注入するだけ。「ノーベル賞は確実」と多くの研究者が認める画期的な技術です。
日本でも、京都大学などがゲノム編集の技術を使って、マダイのなかにある「筋肉の発達を抑える遺伝子」を働かなくさせ、通常より1.2倍ほど身の量が多い「肉厚のマダイ」を開発しています。しかし、まだ研究の段階で流通はしていません。

世界初の“ゲノム編集食品”

サウスダコタ州のモロッグさんの畑では、実際にゲノム編集で遺伝子を操作して、体によいとされる「オレイン酸」を多く含むようにした大豆が栽培されていました。

日本から来た私たちの取材を歓迎してくれたモロッグさん、夕食をごちそうしてくれました。それが冒頭に紹介したステーキです。
ステーキを焼く油は、モロッグさんの畑で栽培された、ゲノム編集大豆から作られた食用油です。(ステーキはゲノム編集されていません)

隣のミネソタ州にあるベンチャー企業が、「世界初、商業販売されたゲノム編集食品」という触れ込みで、ことし2月からレストランなどに販売を始めた油です。

モロッグさん夫妻はステーキを食べ、パンも油とバルサミコ酢をつけて食べます。「あなたたちもどうぞ!」と勧めてくださり、「いただきます!」とナイフとフォークを持ったとき、「日本人で最初にゲノム編集食品を食べることになるのかも」とか「この大豆のゲノム編集って、どの遺伝子を操作したんだっけ」などさまざまなことが頭をよぎりましたが、とにかく一口、ステーキをほおばりました。
ステーキはとてもおいしく、油をパンにつけて食べても、さらっとしていました。ただ、私たちはゲノム編集食品だとわかったうえで食べましたが、わからないまま口にするのは少し不安になるかもと感じました。ご夫婦の家では、この油を毎日使っているそう。製品になっている大豆油を見せてもらいました。
すると、ラベルには大きく「Non-GMO(遺伝子組み換えでない)」。たしかに、ゲノム編集はしているものの、遺伝子組み換え食品ではありません。アメリカの制度では、「ゲノム編集食品である」という表示は求められていないのです。

ゲノム編集食品?遺伝子組み換え食品?

「遺伝子組み換え食品」と「ゲノム編集食品」は何が違うのでしょうか?

遺伝子組み換え食品では、外から別の生き物の遺伝子を組み込んで新たな機能を持たせています。たとえばトウモロコシに、地中に住む「バクテリア」の遺伝子を組み込んで、害虫に強いトウモロコシを作る、といった具合です。
これに対して、いま開発されている「ゲノム編集食品」は、もともとある遺伝子の一部分を切断するだけです。遺伝子が切れることは自然に起きることもあり、品種改良にも利用されてきました。このため、安全性のリスクは変わらない、と多くの科学者は考えています。

ただ、消費者としては、食品がゲノム編集されているかどうかは気になります。ゲノム編集した大豆油を販売しているベンチャー企業、カリクスト社のジム・ブロームCEOに見解を聞きました。
カリクスト社 ジム・ブロームCEO
「消費者は、遺伝子組み換えではない食品を求めています。油は遺伝子組み換えではなく、体によいと表示することには何の問題もありません。政府が求める手続きにも従っています」

“届け出でOK” “表示義務なし”

日本でも、ゲノム編集食品の流通に関する制度が決まり、10月以降、流通が解禁されます。制度はアメリカと大きな違いはなく、ゲノム編集食品を開発した企業は国に「届け出」をすれば販売できます。

遺伝子組み換え食品の場合、国の「食品安全委員会」で安全性審査を受けることが義務づけられていますが、いま開発されているゲノム編集食品では、その審査は不要となりました。「品種改良で使われてきた育種技術とリスクに差がないため」というのがその理由です。

また、「ゲノム編集食品である」という表示は義務ではなく、表示しなくても販売ができることになりました。国は販売する企業に対し、できるだけ情報提供するよう求めています。
日本でも開発が進むゲノム編集食品。血圧を下げるとされる成分が多く含まれるトマトの販売が、早ければ年内にも始まる見込みです。アメリカの企業も、日本への輸出に意欲を示しています。

これから拡大するとみられるゲノム編集食品の市場。多くの科学者が「安全だ」といいます。日本でも流通が始まろうとしていますが、私たち消費者が安心して買うことができる環境の整備が求められています。

いつも行くスーパーにゲノム編集食品が普通に並ぶようになったとき、皆さんは選びますか?

科学文化部記者

水野雄太

平成25年入局。初任地・仙台局では、平成28年から2年間、気仙沼支局で勤務し、東日本大震災の犠牲者遺族や住宅再建の課題を取材。平成30年から科学文化部で、主に再生医療とゲノム編集の取材を担当。

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記事の内容は作成当時のものです

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