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東電裁判 “見えた新事実”

2019.09.23 :

9月19日。未曾有の被害をもたらした福島第一原発の事故について東京電力の旧経営陣の責任を問う刑事裁判の判決の日。被告は勝俣恒久 元会長(79)、武黒一郎 元副社長(73)、武藤栄 元副社長(69)の3人。

 

東京地方裁判所は「巨大な津波の発生を予測できる可能性があったとは認められない」などとして全員に無罪を言い渡した。一般の市民で構成する検察審査会が2度、「起訴すべき」と議決し強制的に起訴されて始まった注目の裁判も、個人の刑事責任までは問えないとして無罪判決で幕を閉じた。

 

しかし、37回におよんだ公判からは、これまで知られていなかった“新事実”が次々に明らかになった。例えば、その1つ。首都圏唯一の原発、茨城県にある東海第二原発では、運営する日本原子力発電が東日本大震災が起きる3年前からすでに巨大津波への対策を進めていたことが初めてわかったのだ。さらには東京電力の現場の担当者たちは、巨大津波への対策を進める考えだったことも明らかになった。「本当に津波による原発事故を防ぐ手立てはなかったのだろうか」。 公判を見続けてきたNHK取材班は、この疑問を胸に、公判の証言と資料を分析、関係者への接触も試み真実に迫るため、取材を展開した。

 

(東京電力刑事裁判 取材班)

第23回の公判

2011年3月11日に起きた東日本大震災。およそ15メートルの津波に襲われた福島第一原発は、原子炉を冷やすための非常用電源などが水没し、3つの原子炉がメルトダウンをおこした。事故の深刻さを示す国際的な基準による評価では、チェルノブイリ原発事故と並びもっとも深刻な「レベル7」とされ、文字どおり史上最悪レベルの原発事故となった。
今回の裁判。原発事故の原因だけでなく、背景につながる証言や資料が明らかにされた。中でも2018年7月27日の第23回公判で示された、ある事実に衝撃が走った。法廷に立ったのは日本原子力発電の元社員。会社として震災前に巨大な津波に備えた対策に着手していたことを初めて明らかにしたのだ。
「津波対策工の検討については、推本津波(長期評価)を考慮した対策工事について引き続き検討を進めると」

“長期評価”分かれる見解

日本原電が巨大津波への対策を始めたきっかけは2006年、当時の国の原子力安全・保安院が指示をした安全性の再評価、通称「バックチェック」だった。大きな地震に加えて「極めてまれではあるが発生する可能性がある」「適切な津波」への対策を電力事業者に義務づけたのだ。この「適切な津波」とはどんな津波なのか。これを巡って電力各社の間で対応が違っていくことになる。
津波の高さの予測をする際に焦点となった評価がある。2002年に政府の地震調査研究推進本部が示した、いわゆる「長期評価」だった。岩手県沖で発生した「明治三陸地震」と同程度の津波地震が、三陸沖から房総沖の日本海溝沿いのどこでも発生しうると初めて指摘。この評価に基づくと多くの原発で従来の想定を上回る津波が襲来することになる。電力会社にとっては追加の対策が必要になる厳しい評価だ。

ただし、この「長期評価」、過去に地震の発生が確認されていないエリアも対象にしたことから、一部の専門家からは異論も出されていた。この「長期評価」を取り入れるか、入れないか。2007年12月、太平洋岸に原子力施設をもつ東京電力と日本原電、東北電力と日本原子力研究開発機構の4社が集まった。

われわれはそのときの資料を入手した。そこには、「考慮しないと言えれば助かる」「否定する材料がない」などと意見が分かれたことが記されていた。なんとこの時、東京電力の担当者の発言は、「取り込まざるをえない」と前向きなものだったのだ。現場の土木グループは積極的に対策を進めようとしていた事実が明らかになったのだ。

“御前会議”

では、なぜ東京電力は東日本大震災の際に福島第一原発で巨大津波に対応する対策を施していなかったのだろうか。

この疑問も公判の証言と取材から徐々に明らかになってきた。現場の担当者たちは長期評価に基づいた対策の検討を開始。上の写真は2008年2月の東京電力の資料だ。長期評価にもとづいた津波を想定したポンプの対策案などのほか、福島第一原発に押し寄せる津波の高さが従来の想定を上回ることが示されていた。

さらに詳細に評価をすると、より大きな津波がくるおそれがあることもわかったのだ。現場の担当者は、この内容をある重要な会議に報告し、会社全体として話を進めていこうと考えていた。
「御前会議」。2007年の新潟県中越沖地震で被害を受けた柏崎刈羽原発への対応のために設置された会議だ。その後、地震や津波など他の原発の対策に関わることもこの会議にはかられていた。

当時経営トップだった勝俣社長が参加するため「御前会議」と呼ばれ、原子力部門をまとめる武黒本部長、武藤副本部長といった幹部など約40人が一堂に会していた。

津波対策の担当者たちは、この場で長期評価を取り入れるかどうか、経営幹部の意向を確認したいと考えていたのだ。

御前会議が会社の意思形成の場、大きな方向性を確認する場だと認識していたからだ。かつてこの会議に出ていた元社員が会議について取材に答えた。
「正式な決定の場は、もちろん取締役会。御前会議はその意思形成を担う場だった」
「御前会議で諮られれば、その後、上司に反故(ほご)にされることはなかった」
そして2008年2月の御前会議。いよいよ津波の予測と対策案をまとめた資料が提出された。現場の担当者は会議後、出席していた上司から特に異論はなかったとの報告をうけたと振り返る。現場はこれで御前会議の幹部と方向性を共有できたと思ったのだ。ところが経営幹部の認識はそうではなかった。

御前会議 認識のズレ

裁判の中で、この資料について経営幹部はこう証言した。
弁護人:「書かれている内容が報告されたのでしょうか?」
武藤:「いや報告されていません」。「そもそもこの会議は何かを決めるというような会議ではありません。情報共有する場でした」
経営幹部は、現場の担当者が提出した資料について報告されたとの記憶はなかった。

いったいどうしてなのか。私たちは、この会議のメンバーだった元幹部を取材した。するとこんな答えが返ってきた。
「大きな会議で資料も大量に提出されます。一つ一つの案件を覚えているかと言われると覚えていない。しっかりと何かを議論をするような感じの場ではなかった」
対策は進める方向で認められたと認識していた現場の担当者。そうではなかった経営幹部。双方の間で認識のずれが起きていたのだ。

「予想外で力が抜けた」

このあと、認識のずれはさらに広がる。

方向性が認められたと思っていた現場は、分析を進め、最大で15.7メートルの巨大な津波が襲うとの想定も計算していた。被害を防ぐための防潮堤も検討。建設に数百億円、およそ4年の期間かかるとする試算もはじき出した。現場の担当者たちはこの結果を、原子力本部のトップに伝える。

ところが当時、武黒原子力・立地本部長は新潟県の柏崎刈羽原発の地震対応で忙しく不在が多かった。留守を預かっていたのが武藤副本部長だった。
武藤副本部長への説明がされたのは、資料を提出した御前会議から数か月あとの2008年6月と7月。

15メートルをこえる津波の予測も示された中、現場の担当者たちは対策を進めなければ国のバックチェックの審査を通過することは難しいと考えていた。

ところが、武藤副本部長の返答は意外なものだったと担当者は証言する。
「検討のそれまでの状況からするとちょっと予想していなかったような結論だったので。分かりやすいことばで言えば、力がぬけたというか。残りの数分の部分のやり取りは覚えておりません」
専門家の間から異論も出ていた長期評価。武藤副本部長は、信頼性に疑いがあるとして、土木学会に改めて検討を依頼する考えを示したのだった。

武藤氏の証言はこうだ。
「これまでは土木学会の規格でもって(津波に対する)安全性を確認してきた。ところが、政府の地震本部は、それとは違う評価をいったと。土木学会にいま一度検討をお願いして、その扱いについて答えを出してもらう」
これが一定の結論だと受け取った現場の担当者たち。会議の直後、社内や他の電力会社の担当者に送ったメールを入手した。「長期評価の即採用は時期尚早」「経営層を交えた現時点での一定の当社の結論」と伝えていたのだ。

ところが、ここでも認識のずれが明らかになる。裁判で武藤元副本部長は次のように証言し反論したのだ。
「私は決定権限がない副本部長だったわけでありまして、それが大きなことを決められるわけもない」
だれがどの場で意志決定をするのか、社内で現場と幹部の間の認識がずれたまま、東京電力の津波対策は具体的には進まなかったのだ。

「まずはできる対策を」

福島第一原発から南に約110キロ、茨城県にある東海第二原発。日本で初の100万キロワットを超える発電量をもつ原発だ。運営するのは日本原子力発電、通称日本原電。日本原電は、電力各社が出資してつくられた会社で新しい原子力技術の導入や開発などを期待されていた。

裁判から日本原電が「長期評価」に基づいた巨大津波への対策を震災前から進めてきたことが明らかになったのだ。
去年7月の第23回公判。日本原電の元社員が証言した。
「津波対策工事の検討については、地震推進本部(長期評価)を考慮した対策工事について引き続き検討を進める」
私たちが取材で入手した日本原電の資料には、長期評価に基づいた対策を「平成22年度完了目途に実施」と記されていた。東京電力が信頼性に疑いがあると考え、土木学会に検討を依頼した長期評価を日本原電は、取り入れ対策を進めていたことが初めて公になったのだ。

なぜ、費用も手間もかかることになる長期評価を取り入れる判断ができたのか。私たちは日本原電の関係者に取材を試みた。すると日本原電の社風ともいうべき背景があることがわかってきた。
「日本原電は、保有する原発は福井と茨城に4つと少なく、東電に比べれば全然小さな会社。それだけに収入源となる原発の運転をできるだけ止めないようにしたいという意識が強い。だから、もし津波のリスクがあるなら、事前に対応しておいて万一津波が来ても、大丈夫なようにしておきたいと」
「長期評価などをもとに、津波がいつかくるというリスクは社内で共有されていたと思う。まずはできる対策をとっていき、大規模な工事は今後順次やっていけばいいという考えだった」
長期評価に基づく対策を進めることに大きな反対はなかった日本原電社内。対策の検討は「耐震タスク」という組織横断的なチームで行われたことが分かった。

長期評価に基づく東海第二原発の津波の予想は最大12.2メートル。建屋まで遡上(そじょう)する高さだ。横断的に土木、機械、建築などのさまざまなグループが参加した耐震タスクは、それぞれが専門的な知見から津波が襲ったときの影響やあるべき対策について議論を重ねたと言う。
そしてまとめた対策は、比較的時間をかけずに費用も抑えられる方法を複合的に実施する対策だった。海に沿って大規模な防潮堤をつくる代わりに津波の威力を弱める盛り土を実施。また、建屋の扉に防水を施し、建物の中に水が入らないようにもした。このほか、非常用の発電機も水没を防ぐため高い場所に設置しなおす対策も。

動き出した東電、しかし…

一方、土木学会に検討を依頼した東京電力。あれから2年後の2010年8月。土木学会の結論がでる前に、なぜか動き始めることになる。日本原電で長期評価に基づく対策が進んでいることを知ったのがきっかけだった。関係者が振り返る。
「上司がかなり危機感を持ったというか、東電の検討がだいぶん、遅れているなという風に感じて、対策の検討を進めなきゃと」
ここで東電も各部が参加した横断的なワーキンググループを立ち上げる。そして巨大津波の対策を検討、建屋の防水対策など具体的な検討が進み始めたのだ。
ところがその途中。あの日を迎えることになる。3月11日。福島第一原発をおよそ15メートルの津波が襲い、原子炉が次々とメルトダウンしていったのだ。

事故が起きたときの心境について対策を進めようとしてきた現場の担当者は裁判で次のように証言した。
「とても残念な気持ちだったといいますか、ショックを受けたということを覚えています」
「何かできたんじゃないかなというのは、当然思いましたかね。個人か、集団か、何か、規制か、東電か、一体どこで間違ったのかなということは、一生、気にはなるという点です」
ワーキンググループが予定していた4月の打ち合わせは開催されなかった。

対策を進めた日本原電。しかし、新事実が

一方で、この裁判では、電力業界全体が抱える構造的な課題も浮かび上がってきた。

「長期評価」に基づいて先進的に対策を進めていた日本原電。しかしなぜか、こうした取り組みを一切、社外には公表をしていなかったのだ。理由を探ろうと取材をすると、業界の「横並びの意識」が妨げになっていることがわかってきた。

NHKが入手した2008年に4社が集まった会合での資料。土木学会に検討を依頼した東京電力の方針に問題はないと、日本原電も含めた4社が合意した旨の内容が記されていたのだ。

さらに日本原電は、国に対して、「長期評価」に基づいた対策を取っていることを気づかれないようにしていたことも裁判の中で判明した。
公判で示された社外秘の想定問答集の資料。建屋まで津波が遡上する試算が出ていたにもかかわらず、資料には「遡上しない」と記されていた。

さらに対策工事については「万が一」のための「自主的」なものにすぎないと答えるようにしていたのだった。

いったい、どうしてここまでして隠さないといけなかったのか。私たちの取材に匿名を条件に日本原電の元幹部がインタビューに答えてくれた。
「他の電力のことも考えながら対策をやるというのが原則でして。東京電力とかに配慮をしながら、物事をすすめるという習慣が身についている。対策をやってしまえば、他の電力会社も住民や自治体の手前、安全性を高めるため対策をとらないといけなくなる、波及するわけです。だから気をつけている」
生活や経済活動を支える重要なインフラである電気。電気は全国一律で同じサービスを提供することが求められ、電力会社は電気事業連合会という組織のもと、さまざまな対策や対応で足並みをそろえてきた。

そして業界の中でも最も規模が大きく、リーダー的な存在である東京電力。各社、その意向は無視できないという。

しかし、こうした体制や考え方が先進的な取り組みを公にすることを阻んでしまったのではないか。

公表されていれば、国や自治体も知るところとなり、原発で津波の追加対策を行う機運が高まり、環境がもっと整ったかもしれない。いつ起こるかわからない自然災害に向き合うには業界の構造的な問題も解決していく必要があると強く感じる取材となった。

安全性を高めるには文化、習慣を変える

37回におよんだ公判から見えてきた、これまで知られていなかった事実の数々。

シンクタンクの代表も務め内閣官房参与として福島での原発事故の対応にも関わった多摩大学大学院・名誉教授の田坂広志さんに日本の原発の安全性を高めるには何が必要か聞いた。
「原発が事故を起こすとその影響は甚大です。それだけに電力会社にはほかの業界以上の安全への意識と取り組みが求められています。そのうえで安全を技術的な安全と文化的な安全の2つで見てみると、世界で起きている原発事故のほとんどはヒューマンエラーや組織の判断の失敗など文化的な安全の欠如です。例えば東京電力は民間会社です。利益を出さないといけない。そうなると起きるかわからない不確実なリスクに対して巨額な出費ができるかというと株主などに説明できない、それは難しい訳です。また東京電力はトップ企業で、業界全体のスタンダードをつくる役回りがあり、どうしても全社が納得、または準備ができるまで待つ姿勢があります。本当に民間企業が原発の安全を守れるのか、ということを検討する必要が出てきます。そこには国や規制機関がしっかりと電力会社の安全を監視することも必要になります。一方、その規制も日本では電力業界と近いことが原子力安全・保安院の時は課題になりました。規制と電力会社は完全に切り離す、アメリカでは当然のことを日本でも徹底する必要があります。さらに業界の横並び。合理的な面もありますが、原発の安全という点では最高水準のものにあわさず、低い水準のものにあわす形になってしまいます。こうしたことを国民が見たとき果たして安心と思えるか、信頼できるかということです。日本の技術的な安全はかなり上がってきています。しかし構造的、文化的な安全はまだまだだと思います。再稼働が進む中、この点を真剣に考えないと再び大きな原発事故が起きると私は心配しています」
東京地裁での刑事裁判は終わった。しかし、公判で示された新たな証言や資料は膨大にある。安心・安全に一歩でも近づくために必要なことは何か。私たちは今後も取材を続けていく覚悟だ。

記事の内容は作成当時のものです

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