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“ソウハク” 知っていますか?

2019.08.02 :

皆さん、“ソウハク”という言葉を聞いたことがありますか?

 

正しくは、「常位胎盤早期剥離」という、妊娠中の病気です。

 

聞き慣れないかもしれませんが、正常な位置にある胎盤が、出産前にはがれてしまうことで、場合によっては、赤ちゃんの命に関わる深刻な事態になることもある病気です。

 

安全に産まれると思っていた妊婦を突然襲う「ソウハク」。

 

この病気から赤ちゃんを守ろうと医師や研究者たちが動き始めています。

突然、おなかの子が…

「めったにならない病気、自分に起きるわけがないと思っていました」
大阪・吹田市で暮らす30代の女性です。

おととし、2人目の出産を間近に控えたころ、突然、おなかの痛みに襲われました。

それは、早朝、長女を保育園に送り届けたあと、買い物をしている最中に起きたといいます。
「当初は鈍い痛みで、規則的でもなかったです。痛みが徐々に強まってきたので、夫や病院に電話して、『たぶん陣痛だと思う、きょう産まれるのかな』などと話をしていました」
女性は、自宅でしばらく様子を見ることにしましたが、痛みはさらに強まり、昼ごろには激しい腹痛に襲われました。

おなかは板のように硬くなり、はってでないと動けないほどだったといいます。
まもなく帰宅した夫とともに急いで病院に向かいましたが、そこで、おなかの子が亡くなっていることを告げられました。

当時、病気について詳しくなかったという女性は、おなかに感じた異変を、もっと深刻に受けとめるべきだったと振り返ります。
「もう臨月だし正期産だし、あとは産まれるだけだと思っていました。自分で勝手に陣痛だと判断するのではなく、早く病院へ行って、赤ちゃんの無事を確かめるべきだったと思います」

予防や治療が難しい“ソウハク”

女性が発症したのは、ソウハク=「常位胎盤早期剥離」

出産を間近に控えた妊娠後期の女性が発症しやすいとされる病気です。
子宮にある胎盤が、赤ちゃんが産まれる前にはがれてしまうことで、赤ちゃんに酸素や栄養が送られなくなります。
進行すると赤ちゃんにまひなどの症状が残ってしまうことがあるほか、場合によっては命に関わることもあるため、一刻も早い治療が必要です。

常位胎盤早期剥離は、はっきりとした原因はわかっておらず、治療は簡単ではありません。

「妊娠高血圧症候群」や「切迫早産」など、常位胎盤早期剥離につながるリスク要因とされている症状もありますが、一方で、どんな妊婦にも突然、発症する可能性があります。

産婦人科医の金川武司医師は、医師にとっても対処が難しい病気だと話します。
「最も嫌な妊娠中の病気の1つです。1つは突然起こる、予測できないということ。もう1つは、病気のリスクがみられない妊婦さんにも起こってしまうことです」

啓発に乗り出す医師たち

ところが、この病気の認知度は、高くありません。
大阪府内の産婦人科医のグループが、平成28年までの3年間、大阪府内で1700人の妊婦を対象に調査を行ったところ、病気について知っている妊婦は4割ほどにとどまりました。

さらに、病気を知ったきっかけは「インターネット」や「本、雑誌」という回答が多く、「医療関係者」と答えた人は10%にとどまりました。
医療関係者から、正しく病気について、知ってもらう必要がある。
大阪の産婦人科の医師たちが、妊婦への啓発に取り組み始めました。

今年度から、府内の病院の産婦人科で、受診にきた妊婦にチラシを配り始めました。
チラシでは、性器の出血腹痛赤ちゃんの動きが少ないなど、病気の典型的な症状を紹介しています。

そして、1つでも当てはまる症状があれば、夜中でも病院に連絡してほしいと呼びかけています。
「病気については、まだわからないこともあるが、疑わしい症状がある場合に、早期に医師に伝えてもらうことで、助からない命が助かるかもしれない。まずは妊婦さんに、病気や症状について知ってもらうことが、この病気を克服する第一歩ではないか」

早期発見に向けた新たな研究も

病気をより早い段階で発見しようという研究も始まっています。

大阪大学の医師や研究者などのグループが開発を進めているのは、おなかに貼り付けるシート型のセンサーです。
およそ30センチ四方の伸縮性のシートに、子宮が収縮する際の弱い電気信号を捉える複数のセンサーが取り付けられています。

グループによると、常位胎盤早期剥離の典型的な症状の1つに、子宮の収縮が強まっておなかが板のように硬くなる「板状硬」という症状があるといいます。

この症状は病気が進んだときに見られますが、グループでは、センサーを使うことで、もっと早い段階で、この症状の兆候を捉えられるのではないかと考えているのです。
グループではこれまでに、出産前の健康な妊婦およそ100人にこのセンサーを貼り付けてデータの分析を進め、陣痛による子宮の動きを取り出すことに成功しました。
従来のセンサーでは、子宮の収縮の頻度しかわかりませんでしたが、開発中のセンサーでは、頻度に加えて、これまで調べることが難しかった子宮の収縮の強さやその変化を捉えることができました。

さらに分析を進めることで、子宮の収縮が正常なものか、それとも病気によるものなのか、見分けることができるのではないか。

グループでは、今後は、常位胎盤早期剥離を発症した妊婦からもデータを集めて、この病気特有の子宮の動きを突き止めたいとしています。
「子宮の収縮を細かく分析していけば、違いが見えてくるだろうと期待している。完成までの道のりは長いが、病気をできるだけ早期に、しかも正確に判断することで1人でも多くの方を救えるような装置にしたいと心から思っている」

“ソウハク”を知ることから

ソウハク」=常位胎盤早期剥離という病気をみなさんは、ご存じでしたか?

私は、恥ずかしながら、今回、取材をするまで、この病気のことを知りませんでした。

常位胎盤早期剥離は、それまでの妊婦検診で、異常がなかったとしても、突然起こってしまう可能性がある病気です。
性器出血
急な腹痛や持続的なおなかの張り
赤ちゃんの動きが少ない
妊娠後期に、こうした症状が見られたときには、「常位胎盤早期剥離」の可能性を疑い、たとえ、夜中であっても、病院や産婦人科に連絡を取ってください。

この病名と、その主な症状を知ることで、1人でも多くの赤ちゃんを救うことにつながればと願っています。

京都放送局記者

松原圭佑

平成23年入局。富山放送局を経て、大阪放送局では主に医療分野を担当。この夏から京都放送局所属。iPS細胞などの先端医療から、感染症や生活習慣病など身近な病気まで幅広く取材。

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記事の内容は作成当時のものです

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