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太宰治の「お伽草紙」直筆原稿見つかる

2019.04.05 :

作家、太宰治の代表作の一つで、日本の昔話を題材にした短編集「お伽草紙」の直筆原稿が新たに見つかり、6日から東京で公開されます。

今回発見されたのは、太宰治の短編集「お伽草紙」の直筆原稿387枚です。

「お伽草紙」は、戦後まもない昭和20年10月に刊行され、「瘤取り」や「カチカチ山」など日本の昔話を題材にした4つの短編小説が収められています。

日本近代文学館によりますと、昭和20年7月、太宰が疎開していた甲府市の家が空襲で焼けた際には太宰自身が原稿を抱えて逃げたといわれていますが、長い間、所在が分かっていませんでした。

最近になって、個人が所有していたことが明らかになり、筆跡などを調べた結果、太宰の直筆の原稿と確認したということです。

発見された原稿は、作品の全文が入った完全原稿で、書き直した跡も残っているということです。

日本近代文学館の安藤宏理事は「完全な原稿が残っていることは全く知られておらず、まさかと思った。戦争をかいくぐった、時代を物語る原稿が残っていたことに深い感慨を抱いている」と話しています。

「お伽草紙」の直筆原稿は、東京目黒区の日本近代文学館で6日から始まる展示会で公開されます。

「お伽草紙」戦火をかいくぐり出版へ

日本近代文学館の安藤宏理事によりますと、今回、直筆原稿が見つかった「お伽草紙」は、太平洋戦争末期、アメリカ軍の空襲が激しさを増す中の昭和20年3月に、東京三鷹市の太宰の自宅で執筆が始まりました。

太宰が、防空ごうで幼い長女に童話を読み聞かせる中で着想したといわれ、作品のまえがきにはそのときの防空ごうの情景がつづられています。

しかし、4月に三鷹市の自宅が空襲で焼け、太宰は甲府市にある妻の実家に疎開し、そこで執筆を続けます。

さらに、7月には疎開先の家も空襲で焼け、太宰は原稿を抱えて逃げたということです。

太宰は、5歳の長女を背負いながら原稿も無事に持ち出したことを自慢していたという話も残されています。

こうして戦火をかいくぐった「お伽草紙」が出版されたのは終戦直後の昭和20年10月で、焼け野原となった東京ではなく、長野県伊那市で印刷され、読者のもとに届けられたということです。

記事の内容は作成当時のものです

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