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石室に「辰」の壁画の痕跡か キトラ古墳 奈良 明日香村

2019.03.22 :

奈良県明日香村のキトラ古墳で、修復を終えた石室の壁の一部をエックス線で撮影したところ、黒い描線のような影があることが確認され、文化庁は、十二支の「辰(たつ)」の可能性があるとしています。

キトラ古墳では、「四神(しじん)」と呼ばれる神獣や天文図などの壁画が石室内部に残されていましたが、傷みが激しかったことから、下地のしっくいごと剥がし取られ、10年余りかけて修復が行われました。

文化庁によりますと、このうち、東側の壁をエックス線で撮影したところ、黒い描線のような影が写っていたことが分かりました。

キトラ古墳では、寅(とら)や午(うま)などえとの動物を人に似せて描いた「十二支」がこれまでに6体確認され、東西南北の壁に合わせて12体が描かれたと考えられています。
「午」の像
今回撮影した場所は、このうち「辰」の場所にあたることから、文化庁は「辰」の壁画の痕跡の可能性があるとしています。
黒い描線のような影(文化庁の資料より)
一方、同時に撮影した「巳(へび)」と「申(さる)」にあたる部分では、壁画の痕跡は確認できなかったということです。

文化庁は今後、絵が描かれたしっくいや使用された絵の具を再現する実験を行うなどして、壁画の状態をさらに詳しく調べることにしています。

キトラ古墳の壁画は飛鳥時代に描かれたと考えられ、古代の絵画の歴史を考えるうえで不可欠だとして、今月18日の国の文化審議会で一括して国宝に指定されることになりました。

壁画はどう描かれていた?

えとの動物を人に似せて描いた「十二支」が見つかった古墳は、国内ではキトラ古墳だけで、石室の東西南北の壁の「四神」の下の部分に、そのえとが示す方角に合わせて描かれていたと考えられています。

ネズミの「子(ね)」を北の壁の真ん中に描き、次いで「丑(うし)」「寅」などと、時計回りに描かれていたと考えられ、北の壁に「子」と「丑」、それにイノシシの「亥(い)」が確認されています。
「寅」の像
さらに、東の壁には「寅」、南の壁には「午」、それに西の壁には「戌(いぬ)」と合わせて6体がこれまでに確認されていて、いずれも袖の広い服を身につけ、右手に武器のような赤い棒を持っています。

「十二支」は古代中国の思想に基づくもので、専門家からは、死者を邪悪なものから守るために描かれたのではないかという見方が示されています。

キトラ古墳の経緯

墳丘整備後のキトラ古墳(キトラ古墳壁画保存管理施設のHPより)
キトラ古墳は、奈良県明日香村にある高松塚古墳と同じように、石室の内側に極彩色の壁画が施されています。

昭和58年に行われた調査で、方角の守り神、「四神」の1つ「玄武」が北の壁に描かれているのが見つかり、全国的に注目されました。
四神「玄武」の像
さらに、南の壁には、高松塚古墳では失われていた「朱雀」が良好な状態で残っていて、真っ赤な鳥が大きく羽を広げた躍動感あふれる筆遣いで表現されています。
四神「朱雀」の像
天井には東アジアで最古とされる天文図も残されていました。

一方、埋葬された人物は、石室内で見つかった人骨や歯の鑑定から、「50代から60代の男性の可能性が高い」との結果が出ていますが、特定には至っていません。
四神「白虎」の像
壁画はカビなどによる劣化のため、平成16年から10年余りかけて石室から剥がし取るという前例のない作業を行ったうえで修復され、現在は古墳近くの施設に保存され、定期的に公開されています。

検討会の座長は…

壁画の保存などについて議論している文化庁の検討会の座長で、兵庫県立考古博物館の和田晴吾館長は「十二支が新たに見つかれば、キトラ古墳では七番目の発見になり、そういうものがそろって壁画を構成していることが確認されれば本来の姿がよりよく分かる。今後は、あのような絵がなぜ描かれたのか、古墳、石室、そして壁画をひっくるめて研究し、東アジアにあるほかの遺跡と比較することで歴史的な状況が分かってくる。大きな期待を寄せています」と話していました。

記事の内容は作成当時のものです

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