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招かれざる“青いサンゴ礁”

2018.12.19 :

藻場が広がる豊かな漁場として知られる日本の海。ところが今、九州や四国の各地でサンゴが急増し、海藻に取って代わろうとしている。一方で、沖縄の海ではサンゴが死滅し、サンゴ礁の減少が心配されている。日本の生態系に、いったい何が起きているのか。背景にあるのは、想像を超えるスピードで広がる気候変動の影響だった。

五島の海に何が…

「サンゴは招かれざる客」
そんな話を聞き、12月中旬、長崎県の五島列島に向かった。
朝5時、定置網の漁船に乗せてもらった。

気温は6度。手がかじかむほどの寒さだ。沖合はさぞかし寒いだろうと覚悟していたら、出港して5分ほどすると外気が急に暖かくなった。

「海の上の方が暖かい。電気カーペットみたいでしょ」

漁船を操る石田和広さんが笑いながら話しかけてきた。もともとこの海域は暖かい対馬海流が流れ、この時期でも水温は20度近い。
最初に目にした異変は、水揚げされる魚介類だった。12月のこの時期は、本来はスルメイカのシーズンだ。

ところが、定置網をあげてもあげてもいっこうに姿が見当たらない。

「いつもならスルメイカが20箱30箱100箱と捕れないといけない。それだけ時期がずれている」
結局、この日に捕れたのは3匹だけだった。
かわりに網にかかっていたのは、体長1メートルちかいシイラ。
本来は夏から秋の魚だ。石田さんが所属する、上五島の有川漁協では、スルメイカが冬の特産だったが、3年前から水揚げが激減しているという。
石田和広さん
「有川湾はスルメイカを捕ってなんぼなので大打撃。商売する価値がないくらいの死活問題だ」

サンゴは「招かれざる客」

スルメイカが消えた五島の海。海の中の変化を知ろうと、この町でダイビングショップを営む今田哲也さんを訪ねた。
見せてくれたのは、「三ツ瀬」と呼ばれる海域の海の底の写真だ。
1999年の写真
10年後の写真
かつては海藻が生い茂っていたが、1999年の写真では、岩肌がむき出しになっていた。さらに、その10年後の写真では一面が固いサンゴに覆われていた。わずか10年での変化に、思わず目を疑った。
急速に様変わりする上五島の海。いまや海藻はほとんどなくなり、サンゴが取って代わっていると今田さんは教えてくれた。
今田哲也さん
「昔は海藻が生い茂っていて、ジャングルのような場所もあったが、今は海のどこに行ってもない。自分が潜りだして25~26年たつが、海の中は激変しましたよ。めちゃくちゃ変わっている」

誰も経験したことのないサンゴの北上。その背景にあるのが、気候変動による海水温の上昇だ。

気象庁によると、五島列島周辺の海水温は、この100年でおよそ1.2度上昇している。これは、世界の海の平均の2倍以上だ。

この結果、海藻が枯れやすくなったうえ、魚による食害も増えて海藻が激減。そこに、高い水温を好むサンゴが定着した。種によっては、年に7センチ以上も成長するという。
サンゴといえば、美しい海の象徴であり、生き物を育む「命のゆりかご」というイメージが強い。ところが、上五島では「やっかい者」なのだという。
刺し網漁を行っている吉原浩之さんが見せてくれたのは、伊勢えびを取るための刺し網。広げると、およそ1メートル四方にわたって破れていた。サンゴに引っかかって、引き上げる際に破れてしまうという。サンゴの枝がついたまま上がって来ることも多く、取り除くのもひと苦労だ。
それだけではない。海藻がサンゴに取って代わられた結果、海藻をエサにしてきたサザエやアワビも激減していると、吉原さんは半ばあきらめ顔で語った。
吉原浩之さん
「サンゴは、漁場をダメにしている磯焼けの象徴だ。サンゴが生えてしまったらもうそこの漁場は終わったも同然。招かれざるお客さんですよね」

日本の沿岸がサンゴに?

近い将来、五島列島のみならず、日本の沿岸の広い範囲がサンゴに覆われる。今年8月、国立環境研究所は驚くべき試算を出した。水温や海流の変化の予測から計算した結果、今からわずか17年後の2035年までに、九州はもちろんのこと、東京湾を含む本州の太平洋側から能登半島などの日本海側までが、海藻からサンゴに置き換わる確率が高いという。ただちに沖縄のようなサンゴ礁になるわけではないが、日本の海の姿が激変することに違いはない。
愛媛県宇和島市沖
環境省の調査では、沖縄などでは2006年を境にサンゴが4分の3ほどに減っている。サンゴが白くなる「白化現象」が発生するなどして、その後、死滅したためだ。そのサンゴが、海水温の上昇とともに本州方面へと分布域を広げ始めている。

しかし、試算を行った国立環境研究所の熊谷直喜さんによると、サンゴさえない“死の海”が広がる最悪のシナリオとなる可能性もあるという。
国立環境研究所 熊谷直喜さん
「場所によっては、海藻が無くなった後、サンゴの分布の拡大すらも変化の速さに追いつけず、海藻もサンゴもなく生態系が崩壊する海域が拡大するおそれがある」

逃げ場のない生き物たち

顕在化する日本の生態系の異変。これは決して、海だけに限った話ではない。北海道の大雪山系では、主に山の中腹より下に生えていた「チシマザサ」と呼ばれるササが、近年、標高の高い場所まで分布域を広げている。

ことし10月、国立環境研究所の小熊宏之さんに連れられて雪化粧が始まった現地を訪れてみると、確かに、一面ササだらけだった。
2000メートル級の山々が連なり、「エゾノハクサンイチゲ」や「チシマノキンバイソウ」といった希少な高山植物の生息地として知られる大雪山系。
左)エゾノハクサンイチゲ  右)チシマノキンバイソウ
ところがいま、深刻な影響が懸念されている。

北海道大学の工藤岳准教授によると、この30年で、大雪山系の標高の高い場所の平均気温はおよそ1度上昇。雪解けが12日あまり早まって湿地の乾燥が進み、高山植物が育ちにくくなる。ここにササが進出する。さらに、ササの葉が光を遮ってしまうことで、高山植物の生育を脅かす悪循環に陥る。
高山植物の生育に適した場所(現在)
国立環境研究所の小熊さんがシミュレーションした結果、最悪の場合、今から80年後には高山植物の生育に適した場所はすべて消えてしまう可能性があるという。
高山植物の生育に適した場所(80年後の予測)
国立環境研究所 小熊宏之さん
「高山に生息する動植物は、それ以上高い場所がないため温暖化による変化が生じても逃げ場がない。何をどう守るのか、綿密な観測と予測を行って検討を急ぐ必要がある」


想像以上の速さで進む生態系の変化に、人間社会はついて行けるのか。国立環境研究所は、ある取り組みを始めている。農業や漁業、観光業など、生態系の急変に直面するさまざまな立場の人たちに話を聞き、今後の対応策の参考にしようというのだ。

海藻からサンゴへの置き換わりが進みつつある愛媛県の宇和海沿岸での調査に同行したが、現場から聞かれたのは変化を受け止めきれず、戸惑う声だった。

「生態系の変化への対応」と口で言うのは簡単でも、現実には決して容易ではない。しかも、生態系の変化の影響は農作物の生育不良や感染症の拡大など多岐にわたる。

「緩和」から「適応」へ

国立環境研究所の山野博哉さんは、社会全体で気候変動対策についての考え方を変える必要性が高まっていると指摘する。
国立環境研究所 山野博哉さん
「漁業の場合、漁獲する魚の種類を変えたり、サンゴが増えると観光面はおそらくプラスもあると思うので、観光業にシフトしたりすることも考えられる。温室効果ガスの排出を減らすなど温暖化の『緩和』はもちろん大事だが、『緩和』だけではいま起こっている変化に対応できない。変化に対して人間が『適応』していかないといけない」


「地球規模の環境の変化が目の前の景色や生活を変えるのは、何世代も後か、SF映画の世界の話」私もかつて、そう考えていた1人だ。

しかしさまざまな現場を歩くと、もはや後戻り出来ない変化が私の想像をはるかに超えるスピードで進んでいた。

「緩和」から「適応」へと発想の転換が迫られる段階まで至ってしまった気候変動。この先に何が起きるのか。人間社会は、生態系の変化に適応出来るのか。それは、社会のあらゆることが今までどおりにいかなくなるという自然からの警告なのかも知れない。

科学文化部記者

黒瀬総一郎

平成19年入局。岡山局、福岡局を経て平成26年から科学文化部。海洋や天文のほか、現在は、サイバーセキュリティーやAI倫理、ネット社会の問題を中心に取材。また、全国の水辺を巡って、ウナギやサンゴなど、生態系の保全や資源管理に関する取材を続けている。川で取ってきたニホンウナギを、長年、自宅で飼育し、体長は80センチに(すでに死亡)。

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記事の内容は作成当時のものです

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