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お宝発見!ビートルズ未公開写真

2018.06.29 :

今から52年前の1966年6月29日、世界を席巻していたザ・ビートルズが日本にやってきた。滞在わずか5日間、日本中をにぎわせた彼らの来日公演は、時代を象徴する出来事として人々の記憶に刻まれている。この“旋風”のさなか、ひとりの写真家が、冷静なまなざしで彼らの様子を記録していた。このとき撮影され、そのまま封印されていた60点もの写真が、ことし偶然見つかった。そのほとんどすべてが未公開というから驚きだ。これらの写真に何が写っていたのかー。そして半世紀もの間、お蔵入りしていた理由はー。専門家が「歴史的発見」とうなる写真が物語る、ビートルズ来日の真相とは。

“お宝”ごっそり60点

世界ツアー中だったビートルズは、昭和41年、1966年6月29日に初めて来日。日本武道館で計5回の公演を行った。

見つかった写真は、モノクロ56点、カラー4点の合わせて60点。羽田空港では、タラップを降りた4人が迎えの車に乗り込むまでを連続撮影していて、映像をコマ送りで見ているようだ。
また公演では、当時流行したサングラスをかけてギターを手に歌うジョン・レノンをはじめ、マイクに向かってコーラスを加えるポール・マッカートニーとジョージ・ハリスン、それに一段高いステージでドラムをたたくリンゴ・スターが、大観衆に囲まれて演奏する様子をさまざまなカットで捉えている。
専門家は、1点を除くすべてが未公開の可能性が高いと分析。ビートルズの未公開写真は海外では高値で取り引きされるケースもあり、正真正銘の“お宝”だ。

熱狂と喧噪の武道館公演

ビートルズの来日公演は、新聞や雑誌が特集を組むなどして人気を後押しし、若い世代を中心に多くのファンを生んだ。

公演が近づくにつれ熱気はピークに達したが、「長髪にエレキ」というスタイルになじみが薄かった年配の世代は彼らを不良とみなし、さらに、日本武道館をロックコンサートの会場として使った例がなかったこともあって、保守的な立場の人たちは公演中止を求める声をあげていた。

熱狂と喧噪が渦巻く中、合わせて5万人が公演を楽しんだとされている。

ビートルズは日本公演のわずか2か月後にコンサート活動をやめてスタジオワークを中心とした楽曲作りに専念し、数々の名曲を世に送り出していく。

著名なジャズ写真家が撮影

写真を撮影したのは、1950年代からジャズミュージシャンのレコードジャケットやポートレートの撮影を続けた写真家、阿部克自さん。
戦後、進駐軍が持ち込んだジャズの文化に親しみ、独学で身につけた写真の腕を生かして、ピアニストのデューク・エリントンやサックス奏者のジョン・コルトレーンなど、モダンジャズの巨匠と呼ばれるアーティストの撮影を手がけ、世界で活躍した。

2005年にはジャズ写真家の最高の栄誉とされている「ミルト・ヒントン・アワード」を日本人として初めて受賞。2008年に78歳で亡くなった。

まさか親父が…

写真は偶然、見つかった。

阿部さんの仕事場だった自宅の暗室で、長男の昇さんが遺品の整理をしていた時のこと。無造作に山積みされた封筒の中から、羽田空港に到着したビートルズを写した1枚の写真が出てきた。かろうじてメンバーが写っているとわかる数センチ四方のフィルムもある。

「親父からはビートルズを撮影したなんて聞いたことがなかった」という昇さん。当初、ほかの写真家が撮影したものが紛れ込んでいるだけだと思ったという。
しかし、フィルムを収めていた包み紙には、見覚えのある父の筆跡で「The Beatles 羽田到着 ‘66」、「The Beatles 武道館 JULY2 ‘66」と記されている。

昇さんは音楽出版社を通して専門家に鑑定を依頼。阿部さんの撮影による未公開写真とわかった。

気に入らずに封印?

「父は好きなものしか撮影しない性格で、ジャズしか撮ってこなかったと思っていたので驚きました」
自身もビートルズのファンだという昇さんにとって、衝撃の事実だった。世間が大騒ぎしていたビートルズの来日公演に立ち会ったにもかかわらず、写真を封印したのはなぜか。

昇さんは、亡き父をしのんで次のように語る。
「当時はビートルズの人気でジャズがロックに押されていたため、不本意だったのかもしれません。誰かに依頼されてしかたなく撮りに行き、必要なもの以外は封印したんだと思います」
ビートルズの来日時の動向に詳しく、写真を鑑定した大村亨さんは、封印された経緯は時代の空気を表していると指摘する。
「女の子や若者のアイドル的な存在だったビートルズを冷ややかな目で見ている人たちも少なくなかった。プロ意識の強かった阿部さんにとってはそれほど魅力的ではなかったのかもしれません」

新資料出ること自体が奇跡

見つかった60点の写真のうち、大村さんが特に注目しているのが、7月2日夜に行われた最終公演を記録した37点だ。

最終公演は、鑑賞した音楽評論家やファンの間で、当時の公演の中で演奏の完成度が最も高かったと伝えられているものの、音源はなく、写真も数点しかないとされてきた。

ビートルズの動向は、熱心なファンの間でいまだに研究が続けられていて、大村さんは「出尽くしたと思われていたビートルズの資料が新たに出てくること自体が奇跡。資料としての価値も高く、歴史的な発見です」と話す。

初回公演は多くの写真と映像の記録があり、2回目はテレビ放送もされている。ファンや評論家が絶賛しているにもかかわらず、最終公演の記録がほとんどない理由について、大村さんは、回を重ねるにつれてニュースバリューが下がり、最後はほとんどメディアが集まらなかったためと推測している。

「ブドーカン」再評価も

最終公演の写真からは、4人のメンバーのリラックスした様子が伝わってくる。

ジョン・レノンとポール・マッカートニーが顔を見合わせてほほえむ1枚は特に印象的だ。
また、前列に座っているファンの影が画面いっぱいに映り込んだものもあり、1万人近くが熱狂したコンサートの雰囲気を生々しく伝えている。
ビートルズの来日公演は、機材トラブルなどで散漫になった初回の印象が定着してしまい、演奏の評価は必ずしも高いとは言えなかった。

しかし、大村さんは、今回の発見が再評価につながると期待している。
「最終公演の写真に記録されていたメンバーの表情は実に穏やかで、演奏を楽しんでいるように見えます。最後の演奏は出来がよく、お客さんは熱狂し、ビートルズも気持ちよく演奏して日本を去ることができたと想像すると、ファンとして、日本人としてうれしいです」
52年ぶりに封印を解かれた今回の写真はまるで玉手箱で、ビートルズファン歴20年以上になる筆者も、撮影者の阿部克自さんがくれたプレゼントのように感じている。
来日公演に思いをはせてきたファンに、どんな楽しみをもたらしてくれるのか。写真をめぐる研究の進展に期待したい。

科学文化部記者

国枝拓

新聞記者を経て平成21年に入局。松山局を経て、平成26年から科学文化部で原子力分野を担当。3年間、主に福島第一原発事故の検証、廃炉の進捗状況などを取材し、平成29年から文化取材班へ移り、将棋・音楽・歴史・サブカルなど幅広い分野を担当。

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記事の内容は作成当時のものです

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