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「卵子凍結」と女性の生き方

2018.02.13 :

女性が将来の妊娠と出産に備えて、卵子を事前に採取し保存する卵子凍結。「卵子の老化」が広く知られるようになり、仕事とプライベートを両立させたい独身女性たちの間でも関心が高まっています。
千葉県にある順天堂大学浦安病院は、女性が希望した場合、原則として、理由にかかわらず卵子の凍結保存に応じる事業を来年度から単独で実施する方針を決めました。この決定の背景にはどのようなことがあるのでしょうか。(科学文化部記者 池端玲佳)

終わる卵子凍結事業

順天堂大学浦安病院は、千葉県浦安市と3年間の共同事業に取り組んできました。この事業は、浦安市に住む女性が希望した場合、原則として理由にかかわらず、順天堂大学浦安病院で卵子を凍結し、浦安市は助成金を出して支援するというものです。
女性の卵子は、年齢とともに質が低下し、妊娠の可能性が低くなることが知られています。

いわゆる「卵子の老化」です。晩婚化が進む中、子どもを産む時期まで若い時の卵子を保存したいというニーズがあるとして、浦安市が少子化対策の一環として始めました。

一方、日本産科婦人科学会の委員会は、妊娠や出産は適切な年齢で行われることが望ましく、健康な女性が卵子凍結することは「基本的に推奨しない」としていて、これまで、大学病院や自治体は特別な理由がある場合を除き、積極的に取り組むことはありませんでした。
そのため、大学病院と自治体が協力して行うこの事業は、珍しい取り組みとして当初から話題になってきました。その事業も、これまでに29人の女性が利用し、来月の今年度末で終わることになりました。

「パートナーの都合」で卵子凍結も

順天堂大学浦安病院はこの事業を利用した女性のデータを分析しました。すると、これまで考えられていた以上に、さまざまな理由があることが見えてきました。
卵子凍結をした29人の女性の中で、「健康な女性」が行ったケースは20件ありました。このうち、「女性の仕事の都合など」は14件。全体のおよそ半分で、順天堂大学浦安病院の医師は「仕事のキャリアを優先して妊娠・出産を遅らせるために行うケースがもっと多いのではないかと思っていたので、予想以上に少ない」と感じたということです。

残り6件はどのような理由だったのか。それは、女性のパートナーの都合でした。女性自身は現時点での妊娠や出産を希望しているのですが、交際相手が海外出張している、夫が病気で長期の入院をしているなどの事情でした。

医師たちにとっては、女性のパートナーの都合による凍結があるとは思ってもみない驚きだったということです。

病気を理由にした凍結も

さらに、新たなニーズがあることもわかってきました。病気の女性が、生殖機能の低下のおそれがあるとして卵子凍結したケースが9件あったということです。

この事業を利用して卵子の凍結保存を行った33歳の女性です。女性は24歳の時に「ターナー症候群」という病気であることを知らされました。この病気は一般の女性よりも早く月経が終わり、子どもができなくなるおそれがあります。
女性は「いつ閉経して子どもが産めなくなってしまうのか、自分にも医師にもわからず、常に不安を抱えていました。今はパートナーがいませんが、今後、結婚したときのために卵子を保存しておくことで、子どもをつくれる可能性を残しておきたい」と考えていました。

しかし、希望を受けて凍結保存を実施してくれる医療機関は決して多くありません。日本産科婦人科学会は、がん患者が抗がん剤などで卵巣にダメージを受けるおそれがある場合に限って、治療前に卵子を採取して凍結保存することを推奨しています。

がん以外の、卵巣の機能が低下するおそれがある病気の患者が卵子を凍結保存することについては、「患者によって、凍結の必要性が異なる」として学会の見解は示しておらず、こうした患者に対応している病院は少ないのです。

女性は、浦安市に住むようになってこの事業のことを知り、応募する決意をしました。そして、去年、市の補助を受けて卵子凍結を行いました。

排卵誘発剤を投与して卵子を2つ採取。
病院の液体窒素の中で凍らせて保存されています。

女性はパートナーが見つかったら、閉経していたとしてもこの卵子を使って妊娠と出産をしたいと考えていて、「私のように病気のリスクに備えて保存する人もいるので、卵子の凍結保存を行ってくれる施設が増えてほしい」と訴えていました。

単独で事業を行う大学病院

さまざまなニーズがあることを改めて認識した順天堂大学浦安病院は、新年度以降も、単独で、この卵子凍結事業を行う方針を決めました。
浦安市の補助はなくなるため全額自費で受けることになります。1回で70万円程度はかかるとみられています。それでもニーズはあるはずだといいます。

というのも、学会が推奨していないケースは、大学病院や公的な病院は基本的に行わないため、小さな一部のクリニックでしか行われていないからです。 長期間にわたる卵子の保管などを考えて大学病院に卵子を預けたいという要望があると見ています。

順天堂大学医学部附属浦安病院の菊地盤医師は、「卵子凍結のさまざまなニーズがあることがわかった。大学病院として長期的な管理システムを構築し、幅広いニーズに応えていきたい」と話しています。
順天堂大学医学部附属浦安病院 菊地盤医師
卵子凍結では、卵子の採取の際に、卵巣の出血や感染症を引き起こすリスクがあります。
また、日本産科婦人科学会は「妊娠や出産は適切な年齢で行われることが望ましく、その代替方法として卵子凍結を用いるべきではない」ともしています。
さらに、若い時に凍結した卵子を体外受精しても、必ずしも妊娠・出産できるわけではありません。

適齢期に自然妊娠し、出産するほうが体への負担が少ないとわかりながら、仕事のキャリア形成やパートナーの事情、それに持病のリスクなど、さまざまな事情で卵子を凍結する女性たち。卵子凍結は簡単に選ぶべき選択肢ではありませんが、現代の女性の前向きな生き方を後押しするものであってほしいと感じました。

科学文化部記者

池端玲佳

平成22年入局。2局目の金沢放送局で、発達障害の子どもをめぐる研究を取材して医療に興味をもつ。平成28年から科学文化部で、生殖医療や周産期医療を中心に取材しています。

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記事の内容は作成当時のものです

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