COLUMN

日本人初!南極踏破を支えた3つの“秘密道具”

2018.02.16 :

先月、日本人として初めて、南極点への無補給・単独踏破を達成した冒険家の荻田泰永さんが、世界で活躍する冒険家に贈られる「植村直己冒険賞」の受賞者に選ばれました。
氷点下20度にもなる世界での50日間におよぶ単独歩行。偉業の達成までには、さぞかし苦労も多かったのでは?と思い尋ねると、荻田さんは意外にも、「困難はなかった」と話しました。いったいなぜ?実は、成功の裏には、日本の企業の高い技術力から生まれた3つの「秘密道具」がありました。

こんなに厳しい 南極点 無補給単独踏破

荻田さんは、日本時間の先月(1月)6日、冒険の開始から、ちょうど50日目に、南極大陸の海岸線から南極点までの1126キロを踏破することに成功しました。
南極は過酷です。氷点下20度を下回るだけではありません。南極点の標高は2800メートル。標高200メートルの地点からスタートし、2800メートルの高さまで登っていかないといけないのです。冷えた空気は、自らの重みで高い場所から低い場所へと流れ、時に激しい吹雪となります。「カタバ風」と呼ばれるこの風が、冒険者たちの体力を奪います。氷河や雪渓の深い割れ目「クレバス」も立ちはだかります。無補給のため、食料などはすべて自ら持ち運ばなければなりませんが、そりで引いて歩ける重さにも限界があります。
衰弱、凍傷、クレバスへの落下など、命を落とすリスクと常に隣り合わせの冒険。こうした厳しい自然環境を乗り越えるため、荻田さんは日本の企業に「秘密道具」の開発を依頼しました。

① 宇宙開発の技術から生まれた?開発段階から参加した南極用そり

荻田さんを支えた秘密道具。その1つ目は「そり」です。全長はおよそ2メートル。食料や寝袋などを運ぶのに欠かせませんが、ポイントになるのは、長距離を運んでも壊れない「強度」。そして一日中引いても疲れにくい「軽さ」です。世界の冒険家は、最高レベルの性能を誇る北欧製のそりを使っています。しかし、荻田さんは、別の形を選択しました。それは、そりの性能を徹底的に知ることです。荻田さんは、地元、北海道で宇宙ロケットの開発も手掛ける、高い技術力を持った中小企業にそりの製造を依頼。開発には荻田さん本人も参加し、そりの特性をゼロから徹底的に理解することで、世界でたったひとつの秘密兵器に仕立て上げたのです。そりが壊れれば、冒険を断念せざるをえません。冒険家にとって、そりは「命」といっても過言ではありません。荻田さんは冒険の途中にホームページで、「自分で作って手を入れた物は長所も短所も理解できている。ここまで全く故障もなく、私の命を運んできてくれた。南極点まで頼むぜ相棒!」と特製のそりへの思いを語っています。

② 汗を凍らせないジャケット

2つ目の秘密道具は寒さをしのぐ「ジャケット」。冒険の間、荻田さんが毎日着用するものです。冒険で苦労するのが「汗の処理」。荻田さんによりますと寒い中でも重いそりを引いて歩くと汗をかき、ジャケット内で凍りつくと急激に体が冷えることがあるということです。
そこで、東京・世田谷区の企業に、南極冒険用のジャケットを特注しました。特注のジャケットに使ったのは、通常は、耐久性が弱いため使わない吸水性のいい天然素材のコットンです。このコットンを高い密度で細かく織り上げた素材を使ったのです。荻田さんは、冒険の途中で企業に性能の高さを称賛するメッセージを送っていました。「南極の強い日ざしでぬれたジャケットが乾き、また汗を吸い出して外気に発散していく。非常に快適。現代の極地冒険で外に羽織るジャケットに天然素材を使っている冒険家など見たことはありません。強いてあげれば、植村直己さんがシロクマのズボンを使っていたくらいでしょうか」。

③ 氷点下20度でもやわらか 超高カロリー・高たんぱく“チョコ”

最後の秘密道具は、「チョコレート」です。ちょっと意外な印象があるかもしれません。冒険中は1日中そりを引きながら歩きます。荻田さんは、コンディションが保てるとして、移動中もチョコレートを食べながら、1日5000キロカロリーを摂取するよう心がけていました。しかし、普通のチョコレートではカロリーが足りない上、エネルギー源となるたんぱく質を十分に摂取することできません。また南極ではチョコレートが固まって歯でかめなくなるため、氷点下20度以下でも食べられるチョコレートが必要になります。
荻田さんから製造を依頼された大手菓子メーカーの開発担当者によりますと、カロリーを上げようとすると油を多く入れる必要がありますが、美味しくなくなるということです。タンパク質も入れすぎると味が薄くなり、高カロリーかつ高タンパクにしながら、おいしさを確保するのは容易ではありませんでした。そこで目を付けたのが、ドライフルーツやアーモンドといった風味や歯ごたえのあるものです。食べやすいよう細かく砕いたものを配合。その結果、味を損なわずに、100グラムで640キロカロリーと通常よりカロリーが3割高く、たんぱく質の量も3倍というチョコレートの開発に成功しました。それだけではありません。低温でも固まりにくい油を入れて、氷点下20度になる南極でもかみ砕けるやわらかさを実現しました。チョコレートは抹茶味と、ミルク味、それにホワイトチョコの3種類が作られ、荻田さんはそれぞれ10キロずつ、あわせて30キロの量を持っていきほとんど食べたということです。

乗り越えた壁

もちろん、これらの道具だけが、荻田さんの挑戦を成功に導いたわけではありません。「事前の想定を超える想定外な出来事に遭遇しなかった」と荻田さんは話していました。事前に氷河や雪渓の割れ目、クレバスの位置を入念に予測しルートを設定するなど、想定しうることはすべて想定して準備をしたということです。入念な準備があったからこそ、「困難はなかった」という言葉がうまれました。荻田さんは今回の冒険について、「目の前の一歩一歩を諦めずに積み重ねれば、どこまでもいけることを学んだ」と答えてくれました。この冒険から同じ日本人として何を学ぶべきか、しっかりと考えたいと思います。

科学文化部記者

鈴木有

平成22年入局。初任地の鹿児島放送局では、種子島のロケット取材などを経験。平成27年から科学文化部で文部科学省を担当。現在は、主に宇宙、科学分野を取材しています。

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記事の内容は作成当時のものです

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