STORY

日野原さん「生きていくあなたへ」

2017.09.29 :

「(死ぬのは)怖いからね、聞くと嫌になるね」
「感謝に満ちた気持ちでキープオンゴーイング」

 

ことし7月、105歳で亡くなった日野原重明さんが、亡くなる半年前に残していた言葉です。
生涯現役の医師として活躍し、命の尊さについても積極的に発言してきた日野原さんの、最後のインタビュー映像が残されていました。
体力が落ち、ほかの仕事は断っていたにもかかわらず、「これだけはやりたい」と応じたインタビューは、合わせて20時間以上。
みずからの死を前にした日野原さんが命をかけて伝えたかったメッセージには、どんな思いが込められているのでしょうか。

20時間に及ぶインタビュー

このインタビューは、日野原重明さんの著書「生きていくあなたへ」のために行われました。
去年のクリスマスに日野原さんが出版社の担当者に「健康法や実用書ではなく、人生において何が幸せなのかという本を書き残しておきたい」と話したことがきっかけです。

年末からことし1月にかけて、11回にわたって自宅で収録されたということです。このころ、日野原さんはすでに講演などの仕事を断り、公の場にはほとんど出なくなっていました。にもかかわらず、このインタビューには1回2時間近くも応じ、記録された映像は合わせて20時間以上にも及びました。
1月初旬には自宅で転倒して骨にひびが入り、周囲が中止するよう促しましたが、キャンセルせずに臨みました。

率直に語った『死』への恐怖

インタビューを始めてまもない、ことし1月3日。「死ぬことは怖いですか?」と聞かれた日野原さんは、口元を手で覆いながら「怖いからね、聞くと嫌になるね。はっきり言われると恐ろしい」と、死への恐怖を率直に語っています。
このときのことについて、インタビューを見守っていた日野原さんの次男の妻、眞紀さんは「こういう人でもそうなんだと思って、なんとも言えない気持ちだった」と振り返ります。
医師として1000人を超える患者を看取り、子どもたちにも「命は巡るものだ」と繰り返し説いてきた日野原さんでさえも、みずからに迫ってくる死は恐ろしいものだったのです。さらに、骨にひびが入った直後に行った1月12日のインタビューでは、痛みに耐えながら「おろおろすること以外、何もできない自分を感じてね。おろおろする自分は、どうしたらいいかということを考える」と語りました。
パジャマ姿でベッドに横たわった日野原さん。映像からは、体が弱り、死に向かっていることに戸惑う自分自身をさらけ出しているように見受けられます。

死を恐れる自分との「新たな出会い」

しかし、恐れているだけで終わらないのが日野原さんの真骨頂です。死を恐れる自分の姿を冷静に見つめ、あることに気付いたのです。
「人間は病むことによって、本当の人間が現れてくるんだなと。人間、存在をおろおろする中にね、やっと気づいてくる」
床に伏し、おろおろする自分を冷静に見つめた結果、新しい自分自身を発見したというのです。

1月23日のインタビューでも、このときの心境を次のように語っています。
「最高のものです。自分との出会いが。みんな自分との出会いがあっても気が付かないの。自分との出会いがあって、初めて自分がわかる」

「未知の自分というものが、そこに存在しているけれども、自分との出会いで、私たちはこれこそ本当の自分だということに気付きがある」
死を恐れる自分自身をも、日野原さんは「新たな出会い」と前向きに捉えたのです。

次男の妻、眞紀さんは「最後まで好奇心旺盛な人でした。もう1回自分を遠くから見てみようと思ったのだろう。面白そうだ、楽しそうだ、次はどんな世界が待っているのだろうという気持ちになっていった」と話していました。

感謝の思いを伝えて

死を前にして、新たな自分と出会ったという日野原さん。「いろんな人と出会うこと自体が自己発見。1人でいると自己発見はない」として、仲間や家族の支えに対する感謝の言葉も発しています。
「みなさんと一緒になって、今日の日を迎えることができることに感謝」

「苦しみが強かっただけに、今の感謝は以前の感謝よりも何倍も何倍もね。大きな感謝」

「キープオンゴーイング!」

インタビューの最終日となった1月31日。この日はいつもの対話とは異なり、30分にわたって一人で語り続けました。

目を閉じ、車いすのひじ掛けにつけた腕で頭を支えながら、振り絞るように発した言葉は、これから生きていく人に向けた励ましのメッセージでした。
「いま私は、旅立ちの中に感謝の旅立ちの心意気を感じている」
「しかし、この旅の中には、思わないような旅の苦しみがあるに違いない。しかしそれはある。あって初めて、私の苦労の多い旅が報われるのではないか」
「辛さ以上に喜びはその中にある。あるんだなということを、私は考えるべきだといまさら深く感じ取る」
「感謝に満ちた気持ちで、キープオンゴーイング! キープオンゴーイング!さらに、前進また前進を私たちは続けなくちゃいけない」

生きることも死ぬことも喜びに

インタビューからおよそ半年、日野原さんは7月18日の朝に自宅で息を引き取りました。遺族によりますと、亡くなる1、2週間前から家族ひとりひとりと握手をして、感謝の思いを伝えたということです。

さらに亡くなる2週間前には、こんな心境を明かしていました。
訪ねてきた知人に、「自分がそのときを迎えたとき、どんな気持ちになるのか。そしてどんな光景が浮かんでくるのか。誰が手を携えてくれるのか。そういうものを見られることが今からとても楽しみ」などと笑顔で話していたというのです。

どんな苦しみも喜びに変え、前を向いたまま旅立った日野原さん。その生き方と、死を前にして残した言葉からは、悲しみや苦しみに直面しても諦めず、前に進み続けてほしいという強い願いが伝わってきます。

科学文化部記者

信藤敦子

平成21年入局。新聞記者を経てNHKに。平成23年から科学文化部。関心のある医療分野のほか、元芸能マネージャーの経験を生かして、主に文化全般・芸能取材を担当。性暴力被害や虐待問題、ジェンダーの取材も。

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記事の内容は作成当時のものです

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