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世界中の辞書が時代遅れに?発見!オス・メス逆転生物

2017.09.19 :

10月のノーベル賞の発表を前に、そのパロディーとして、毎年、ユニークな研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」。
ことしもハーバード大学で受賞式が行われ、北海道大学の吉澤和徳准教授らが日本人として11年連続となる受賞を成し遂げました。

「バナナの皮の滑りやすさの計測」や「キスによるアレルギー反応の抑制効果」など毎年、そんな研究あるの?!と笑いを誘うイグ・ノーベル賞ですが、ことし受賞したのは「世界初のオス・メス生殖器逆転生物の発見」というこれまでの生物学の常識を覆す研究成果。

「男性の生殖器は、男性のものと書かれた世界中の辞書は、私たちの発見によってすべて時代遅れになった」という今回の研究成果はいったいどのようなものなのか。そして私たちにどんなメッセージを投げかけているのか取材しました。

世界中の辞書が時代遅れに?

日本時間の9月15日にアメリカのハーバード大学で行われた「イグ・ノーベル賞」の授賞式。「生物学賞」の発表が行われると、会場からひときわ大きな歓声が沸き起こりました。受賞したのは北海道大学の吉澤和徳准教授らの研究グループによる「オスとメスの生殖器が逆転した洞窟に住む昆虫の発見」。メスがオスの生殖器を持ち、オスがメスの生殖器を持つというオス・メス逆転生物がブラジルの洞窟で世界で初めて確認されたというものでした。

「世界中の辞書には、男性の生殖器は男性のものと書かれていますが、私たちの発見によってすべて時代遅れになった」

吉澤さんたちが受賞のあいさつでこう述べると会場は笑いと拍手に包まれました。

オス・メス逆転の生物ってどんなもの?

(写真1)
今回世界で初めて発見されたオス・メス逆転の昆虫。実は「チャタテムシ」(写真1)という世界中に広く生息しているごくありふれた昆虫の一種です。私たち家の中でも、ちょっと湿った場所にお菓子をおいていたりすると集まってくることもあります。
(写真2)
こちらは今回、ブラジルの洞窟で見つかったチャタテムシが交尾している様子を撮影した写真です。(写真2)通常昆虫はオスがメスの上にのって交尾をします。が、この洞窟のチャタテムシは逆。メスがオスの上にのって交尾するのです。
(写真3)
さらにこちらの写真3は、交尾の瞬間を捉えた写真です。私たちの常識からすると左側がメス。右側がオスですが…。

実は、生殖器を相手の体に入れている右側がメスで、それを受け入れているのが、オスなのです。
雌ペニスが雄に挿入された状態の概略図。雌ペニスは赤く着色してある。

なぜオス・メスの逆転が起きたのか?

なぜこのようなオス・メス逆転が起きたのか。
研究を行った北海道大学の吉澤准教授らのグループは洞窟という環境に注目しています。洞窟は外部からの光が届かず、昆虫の餌も極めて限られた空間です。ブラジルの洞窟から見つかったオス・メス逆転のチャタテムシは4種類。詳しく調べるといずれも意外な行動をしていました。

交尾の際、メスがオスから精子を受け取るだけでなく、大量の栄養分も同時に受け取っていたのです。交尾の時間は長いときには70時間。その間、メスはその生殖器によってオスをつかまえ、精子だけでなく、体内に蓄えた栄養分も受け取っていました。餌が少ない洞窟の過酷な環境の中では栄養分を与えられるのは極めて貴重な機会です。栄養分を与えてくれるオスをめぐって、メスが争うようになった結果、メスがより積極的に行動できるようにオスとメスの生殖器の逆転が起きたのではないかと研究グループでは見ています。

誰にでも大発見のチャンスが

吉澤准教授(中)
世界初となった今回のオスメス逆転生物の発見ですが、北海道大学の吉澤准教授は「誰にでも同じような発見を成し遂げられるチャンスがある」と言います。吉澤さんによれば地球上の昆虫のうち、きちんと名前がついているものは2割か1割ほどしかないそうです。まだまだ大きな発見をできる可能性が大いに残されているのです。
今回対象となったチャタテムシも昆虫学者からは無視された存在でした。あまりに身近にいてありふれた昆虫のため研究対象になっていなかったのです。

吉澤さんは「自分は、チャタテムシ研究の第一人者と思っているが、それは、日本で研究しているのは、私ぐらいしかいないためで世界的に見ても数人しかいないのでは」と言います

このため吉澤さんが研究をスタートさせると国内外から新種のチャタテムシを次々と発見。小さな虫を徹底的に調べることが大きな発見につながったのです。

分類学という地道な学問の効用

吉澤さんが大きな発見を成し遂げた学問は分類学と呼ばれています。名前がまだついていない生き物の体の特徴を詳しく調べ、実際の機能も記録し命名していくものです。地道であまり表に出てきませんが、すべての学問の基礎となり、私たちの身近な問題にも通じることがあります。

例えば、ことし世間を騒がせているヒアリ。目の前にいるアリは、毒を持つヒアリなのか毒を持たない在来のアリなのか。専門家たちが区別をつけることができる背景にはその体の特徴が事細かに記述されている分類学の研究の蓄積があります。
九州大学の丸山宗利准教授は「形態をもとにした分類学はなかなか日の目を見ない学問です。でもヒアリのような問題が起きたとき、きちんと区別ができるのは、分類学のおかげ。分類学のさまざまな積み重ねがあって初めてそれが可能になっていることを多くの人に知ってほしい」と話しています。

ジェンダー論にも

分類学をベースに大発見へと結びついた吉澤さんたちの研究成果はオスとメスという、生き物の基本的な性の差、それぞれの性に特有な生殖器の機能がどう進化してきたのかを知る上で貴重な発見となりました。

生き物のオスとメスの差という問題は古くて新しい問題です。オスのクジャクにある美しい羽。オスのシカに見られる大きな角。こうした形質はオスどうしの競争とメスの選り好みから生まれてきたとする19世紀のダーウィンの進化生物学から、男女の社会での役割の差を考えるジェンダー論まで。吉澤さんの研究成果はいまさまざまな研究者の論文に引用され、議論を引き起こしています。
今回の授賞式も九州地方の洞窟での調査があり出席できなかったという吉澤准教授。受賞について「とても著名な賞ですし、すごくうれしく思いました。われわれの感じている性の差がどうして生じたのか、まだまだ分かっていない部分も多いのでこれからも研究を進めていきたい」と新たな研究目標に向かう意気込みを語ってくれました。

科学文化部記者

斎藤基樹

平成13年入局。沖縄放送局を経て平成19年から科学文化部で環境問題、生物多様性、文化などを取材。平成25年から3年間、和歌山放送局に在籍した後、平成28年から再び科学文化部で宇宙や先端科学分野を担当。“本業”の昆虫記者歴は30年超。

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記事の内容は作成当時のものです

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