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伝えるだけじゃ変わらない だから報道機関は「ハッカソン」を開こう
NHKと「コード・フォー・ジャパン」と共催で、10月に「ハッカソン」を開催しました。
テーマは「教育」×「シビックテック」×「ニュース」。約50人が参加して2日間にわたってネットで議論を交わし、手を動かして、8つのアイデアが形になりました。
今回仲間と一緒に初めてハッカソンを開いたことで得た知見を共有します。ちなみにトップの画像は、作業の合間にみんなで体操をしているところです。
なぜハッカソンを開いた?
NHKでテクニカルディレクター(TD)をしている斉藤一成です。
前回noteに、新型コロナの取材データをオープンデータにした経緯を書かせていただきましたが、
コロナ以外にもNHKが取材を通じて集めたデータはたくさんあります。日々のニュースだけでなく、過去に放送された番組で集めたデータも含めると、それはもう膨大な量です。
ハッカソンを開いたのは、こうしたNHKが集めたデータやコンテンツが、
・社会でカタチを変えて活用してもらうことで、困っている人の役に立つことができるか?
・それは私たちの思い過ごしなのか?
という感覚を肌で感じたいと思ったからです。
NHKはいろいろな社会の課題を解決しようと時間をかけて取材し、ニュースや番組を制作してお伝えしています。でも放送番組やWebコンテンツという形で伝えるだけでは、社会を変えるパワーとしてはどうも不十分ではないかと感じていました。
私たちが集めたデータや手法、それ自体をあわせて公開すれば、課題意識が同じ誰かにそれらを有効に使っていただいて、結果として社会を変える力がさらに広がるかもしれない。
実際、そうした例がありました。
新型コロナに関するニュースを伝えるNHKの特設サイトでは、日本の新型コロナに関する様々なデータも公開していますが、それをある時からアメリカのジョンズ・ホプキンス大学が定期的に取得して、世界の研究機関向けに公開していました。
報道機関が集めたデータを公開し、それが広く社会で活用されて何かの役に立っていく。そんな流れを当たり前にしていけないか…
ということでハッカソンをしてみました
参加したことはあっても主催のノウハウが乏しい私たちは、今回、一般社団法人コード・フォー・ジャパンさん(以下、Code for Japan)と共催という形にさせていただきました。
まずは「大事にすること」を考えました。
今回の目標は社会のためにNHKを「使ってもらう」こと。だからNHKはいわば「まな板の上の鯉」で、教育番組やニュースを取得できる「API」の提供に徹することにしよう。参加者のアイデアを最大限に生かして「NHKを料理してもらう」ことを大事にしようと、話し合って決めました。
参加者が制作したコードやデザインをどうするかも、大事なことです。NHKのためのハッカソンではないので、それらは「公開自由」にしました。
次にテーマ。今回は「教育」×「シビックテック」×「ニュース」としました。「教育」も「ニュース」もNHKの得意分野、使ってもらえそうな題材だと思ったんです。
コミュニケーションに用いるツールも大事なポイントです。今回用いたのは「レトロRPG風デザインのオンラインビデオ通話スペース」などと呼ばれる「Gather.Town」です。
準備を整え、WebやSNSを通じて参加を呼びかけました。普段は企業などで働くシビックハッカーや、デザイナー、機械学習の専門家、教育関係者、なんと小学6年生も参加してくれました。
まず「価値仮説シート」でアイデア出し
これが私たちが作ったタイムテーブルです。
1日目の前半は教育について感じる課題をみんなで出し合い、参加者たちに「価値仮説シート」というものを書いてもらいました。
「どんな人」が
「何を求めている」か
「何に困っている」か
「どうやって解決したい」か
「どんな価値を提供するか」という思いやアイデアを書いていきます。
各自が書いたシートを集めて、全員で見て、自分はどのアイデアに参加したいかを決めて、名前を記入してもらいます。
取り組みたいアイデアや課題に応じて8つのグループができました。
グループができたら、あとは自主性を尊重。実際にアイデアを形にした「プロトタイプ」をつくっていきます。
Gather.Townの機能でグループごとに作業する部屋を用意しました。部屋に入るとチームの会話しか聞こえません。
各グループで問題意識を共有し、
どんな解決方法があるかグループで調査したり、いままでの体験をシェアしたり、
アイデアを具現化するためには何が必要か、APIをどう活用するか、ディスカッションを重ねてもらいました。
運営としては、休憩時間も楽しんでもらおうと、「超ラジオ体操」と「ストレッチマン体操」で体のコリをほぐしてもらいました。
1日目の最後に「LT」でチームの方向性や開発進捗を共有
LTとはライトニングトーク、短い発表のことです。
登壇した小学6年生のウィリアムさんは、「日本語を第2母国語とする児童には漢字は難しい」という現状を共有してくれました。
ウィリアムさん自身も実体験として「漢字アプリは(とめ、はね、はらいの)チェックが厳しい」と話していました。
ほかにも各グループからは「学校で教わることと、日々のニュースがつながっていない」という課題がでたり、「教員は忙しすぎる。朝礼の時に子どもたちに何を話したらいいか、考える余裕がない」などの声があったりしました。
2日間でグループの成果は?
エンジニアや小学生など多様な人々が集まって意見やアイデアを交わすことで、多くのアイデアと実際に動くプロトタイプが生まれました。
運営としてうれしかったのは、「もっとこんなAPIをつくってほしい」「こんなデータはないのか」というリクエストがあったことでした。今回生まれたプロトタイプを、実際にサービスとして社会に公開できないか検討したいと話すメンバーもいました。
2日間のハッカソンでどんな「プロトタイプ」ができたか、紹介していきます。
「教育クエスト」
課題:日本語を第2母国語とする児童には、漢字が難しい
つくったもの:選択式で漢字を学んでいくゲーム
「しゃべる壁新聞」
課題:ニュースの「分からない」をなくしたい
つくったもの:子どもにやさしい双方向の新聞をつくりタブレットに配信
「NHK for School Pro」
課題:学んだことと世の中のニュースがつながっていない
つくったもの:学びの動画に関連したニュースが表示される検索サービス
「職業ちゃんねる」
課題:「夢が見つからない」と考える中学生
つくったもの:仕事を紹介する「プロフェッショナル」などの映像をランダムで表示するウェブサイト
「ニュース・アイランド」
課題:小学生は日々の勉強と「ニュース」がつながらない
つくったもの:RPG風の空間で、ニュースと教科を学びながらストーリーを進めていくゲーム。
「小ネタガチャ」
課題:教員が朝礼で話す小ネタに苦労している
つくったもの:「ガチャ」を回すとニュースや子ども番組がランダムで出てきて話のネタを提供してくれる
この「小ネタガチャ」チームに入ったのが、ネットワーク報道部の藤島新也記者です。
記者がハッカソンに参加した
私(藤島)はニュースに向けて取材をして原稿を書く「記者」です。プログラミングもコードもかけません。
でも「NHKだけで取材データや映像を抱えているのはモッタイナイ」と常に感じていました。
例えば私は10年近く「災害」をテーマに取材をしてきましたが、災害の発生直後にNHKのヘリコプターが撮影した映像や、現場で多くの記者やカメラマンが撮影した映像を、災害対応や救助活動にあたる自治体や住民などに活用してもらったらどうだろう、などと思っていました。
ニュースでは報じられなかった映像も、地域の人にとっては大切な情報かもしれません。研究者なら映像にある建物の壊れ方から川の流れの強さや方向を推定したり、住宅内で流された家具の場所から注意が必要なシチュエーションが見えてきたり。取材で得たデータについても同様です。
おととし神奈川県逗子市で、道路脇の斜面が崩れて歩いていた18歳の高校生が巻き込まれ、死亡する事故がありました。
このとき、同じようなリスクを抱えた場所がどの程度あるのか、人口が多い横浜市で調査しました。
「土砂災害警戒区域」のデータを横浜市内の地図と重ねたところ、市内1000か所近くにリスクがあることが見えてきました。このデータはすべてwebサイトに公開して、地図で見たい場所を選ぶとリスクが表示されるようにしています。記事はこちらです。
取材データを公開することでより具体的なリスクを伝えたり、解決方法を考えたり、新たな価値を生み出したりすることにつながるという体験でした。
みんなで「小ネタをつくるシステム」を議論
そんな私が今回選んだのは「学校の先生が朝の会などで子どもたちに話す“小ネタ”を探すのが大変」という課題を解決するグループでした。面白そうだったからです。
チームでは、メンバーが教育実習で感じた経験を聞きながら、どんなものを作れば課題を解決できるのかを議論しました。
多忙を極める先生に役立ててもらうには、「短時間でわかる」「調べなくても勝手にレコメンドされる」ことが大事。さらに「ガチャガチャ」のように何が出てくるか分からないようにすると、楽しみながら使えて面白いのでは、などと意見を出し合いました。
アイデアが固まってきたところで具体的に作っていくため、「そもそも小ネタって何だろう?」ということから考えていきました。
ネットで例文を探しだし、要素に分解してみた結果、「小ネタ」とは
①イントロダクション(きょうは何の日?的な話のきっかけ)
②Key Wordを深掘り(テーマを深掘りして展開)
③身近なテーマ・教訓に展開(オチをつける)
という構成に分けられるという仮説を立て、そして考えた「小ネタの生産ライン」がこちらです。
ガチャガチャを回すと、NHK NEWS APIから24時間以内のニュースをピックアップします。「このニュース見た?」と導入できるようにするためです。
ピックアップしたニュースは形態素解析を行い、key wordを抽出します。そして、そのkey wordに合致するコンテンツをNHK for School APIから引き出すという仕組みです。ここまで整理したところでDay1が終了しました。
翌日のDay2はアイデアを実際に具現化していきます。
なんと前日の夜のうちにメンバーのkazukiさんが「ざっくりAPIを叩く実装をやってみました」と、仕組みを具現化してくれました。プロトタイプを見ながらイラストやプレゼン資料の作成を分担し、どんどん作業を進めて完成したのがこちらです。
ハッカソン、いいかも
NHKの持っているデータやコンテンツを多くの方に使っていただくことで、困りごとの解決につながる可能性がある。
私たちが放送やネットで伝えているのは当然かもしれませんが、私たちが「伝えたい」「伝えなければならない」と感じていることです。
ですから取材してもそこに合わないデータや映像は眠ったままです。
でも視聴者の中には、「いや、そこじゃないんだよな知りたいのは」とか「もっとこういう情報を知りたい、別の視点で見たい」と思われることもあるでしょう。
取材したデータや映像を広く使っていただく環境を整えれば、今回のハッカソンのように、アイデアを具現化する人たちに使っていただいたり、一緒に社会の課題を解決するお手伝いができるのではないかという可能性を再認識しました。
技術的に補足を
最後に今回の取り組みをエンジニアリングの面からご紹介します。
今回のハッカソンではクローズド環境でデータ取得可能な2つのAPIとして
・NEWS API
・NHK for School用API
を、ご利用いただきました。
どちらのAPIもAPIKeyを参加者に発行し、有効期間やアクセス制限を設けたうえでエチケットを守ってご利用いただくということにしました。
NEWS APIはNHKニュース・防災アプリで使用しているAPIです。IaCで構築しているので、社内外で活用できるような別環境も複製できます。
NHK for SchoolではNHK内の専用ページで番組や動画クリップを検索することができます。
しかし利用者が自由に扱えるNHK for School用APIはありませんでしたので、今回のハッカソン用にアドホックなプロトタイプを開発しました。
NEWS APIのシステム設計思想をNHK for Schoolのメタデータに応用できないかと考え、約3週間でAPIを開発し、これらのAPIをハッカソンでご提供したわけですが、、、正直なところAPIをご使用していただいている最中が最も緊張しました。
・利用しにくいAPIだったらどうしよう
・思っていた値が返却されないって言われたらどうしよう
・そもそも使いにくく開発が思うように進まなかったらどうしよう
とか不安いっぱいで。
でもそんな不安とは裏腹にハッカソンでみなさんの開発はどんどん進んでいき、素晴らしいアイデアがカタチになっていきました(涙)
あらためて、「公共性に富んでおり社会的価値の高いコンテンツやデータ」は「社会に利用されやすい形で公開していくこと」が求められます。
今回1度キリのハッカソンで終えたくありません。複数回実施して、参加者からのご意見やフィードバックで改善を図り、よりオープンな形での開催を目指したいと思います。
NHKとして情報公開するためには「利用規約」を議論し「データ基盤」を整備することが必要ですが、想いをカタチに、社内外の同志とともに、ちょっとずつちょっとずつ、前に進んでいきたいと思います。
斉藤一成 メディア開発企画センター
2004年入局。ソリューションアーキテクト、プロトタイパー、システム設計、データビジュアライズ。NHK NEWS WEB、NHKニュース・防災アプリ、AIリポーター・ヨミ子も。テレビを持たない生活5年目突入。
井上直樹チーフディレクター 人事局
2021年2月入局。NHKに入る前は、熊本日日新聞、西日本新聞、グーグルなどでデジタル技術を使った調査報道や報道機関がコラボしたプロジェクトの企画・運営に携わる。
藤島新也 記者 報道局ネットワーク報道部
2009年入局。盛岡局→社会部→ネットワーク報道部。災害・防災、都市政策、GIS、オープンデータ。ツイッターの @shinyahoya で防災の話題を発信中。