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報道ヘリは救助の妨げになっていないのか? NHK航空デスクに聞いてみた

東日本大震災の発生直後に、凄惨な被害を撮影したNHK仙台の報道ヘリ。搭乗した鉾井カメラマンと小嶋カメラマンの体験を、3月に「取材ノート」に掲載したところ、多くのメッセージをいただきました。

ネットでは報道ヘリについて厳しい意見を目にすることもあり、正直、記事を書く前は賛否が分かれると思っていました。しかし報道ヘリの役割について考えるきっかけになったというコメントが多く寄せられ、撮影した2人に届けさせていただきました。コメントを送っていただいた方、記事を読んでいただいた方に、改めて感謝申し上げます。

さて、記事にはたくさんの質問も寄せられました。

「報道ヘリって救助の妨げになっているのでは?」

「救助を求めている人の様子をテレビで伝えて、それで終わりなの?」

「NHKの報道ヘリ態勢ってどうなっているの?」

確かに、災害報道の際「報道のヘリの音で、現場で救助を求める人の声が聞こえなくなるのではないか」などという批判が上がります。

私も記者になって18年が経ちますが、今回、カメラマンの2人に取材するまで、ヘリ取材の詳しい仕組みについて知りませんでした。

そこで今回、NHK航空取材のトップに聞いてきました。

「航空デスク」という仕事があるのです

取材を受けてくれたのは、大井淳司デスクです。

同期の小嶋カメラマンからのメールには、

「鬼デスクとしてヘリ当番カメラマンを震え上がらせる人ですが、緊急報道を支え続けているすごい人で、リスペクトしています」

と書いてありました。

「リスペクトしています」は社交辞令かもしれないので、きっと「怖い人だ」ということを伝えようとしているのだと思いながら、少し緊張しつつオンラインで話を聞きました。

「はじめまして。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

第一印象は物腰のやわらかい上司という印象です。全然、鬼じゃなさそうだ。さっそくNHKのヘリの態勢について説明してもらいました。

365日24時間態勢で

NHKの取材ヘリは全国で15機。

北海道、仙台、新潟、東京、静岡、名古屋、大阪、高松、広島、福岡、鹿児島、沖縄。全国12の基地があります。東京には2機あり、残りは点検などもあって、全国の機体を回しながら運用しています。

東京と大阪は24時間態勢。そのほかの基地もヘリポートの運用時間や機体の運用に合わせ、フライトの体制を組んでいます。

NHKの報道カメラマンは、入局から半年後にヘリ取材の研修を始めます。全員がヘリでの取材に対応できるように訓練することで、365日飛べる態勢を支えています。各地方のカメラマンが交代で、ヘリの基地でスタンバイしています。

飛行可能時間は、小型機で2時間弱、中型機で3時間ほど。大きな災害の際には、エリアをカバーし合いながら撮影を行っていて、例えば2019年の台風19号の時は、静岡のヘリが長野や北関東に投入されました。

「だいたいの災害現場には、ヘリが一番最初に着くんです。何が起きているのか、全体状況を知りたいので、映像を通じた取材ですね。いろんな現場をどんどん確認して状況を把握したい。テレビの現場としては、そのまま同じ現場で生放送を続けたい場合はあるけれども、カメラマンとしては、他に伝えるべき現場は無いか、もっと取材をしたい」

人命救助をまったくできないわけじゃない

「一番優先しているのは、人命に関わりそうな現場です。誰かが助けを呼んでいるとか、そういう現場を優先するようにしています」

「早く伝えるということは、極めて重要な話で、人命救助につながったり、被害を抑えたり、避難行動につながったりするんです。なるべく早く継続的に航空取材ができる態勢をつくれるように常に考えています」

災害時に自衛隊や消防のヘリよりも先に着くことも多いNHKのヘリ。撮影した映像によって支援が入りやすくなったり、行政が動いたりすることも。このため、現場の状況をいち早く伝える事を優先しています。

しかし救助のヘリではないので、救助を求める人を直接助けることはできないのではないか。寄せられた疑問をぶつけると、こんな答えが返ってきました。

「報道のヘリが、人命救助をまったくできないというわけではないんです」

実はヘリが飛ぶときは、上空でお互いに無線で連絡を取り合いながら飛んでいます。震災の直後は難しかったものの、放送を通して伝えるだけでなく、周辺にいる救助のヘリに無線で場所を伝えたり、放送局内でモニターを通じて映像を見ているデスクが救助要請されている場所を調べて関係機関に通報したりということを、行っているそうです。

東日本大震災の時も、2人のカメラマンが知らないところで、要救助者がいる現場を伝え、消防ヘリが吊り上げ救助を行ったり、SOSサインの現場へ救助が差し向けられたりした例がいくつかあったといいます。

でも、報道のヘリが飛んでいると、実際に救助活動する際の妨げになるのではないか?

それについても、報道ヘリは配慮しているといいます。

人命救助のヘリは、人を吊り上げて救助するので、その分低い高度で飛んでいます。現場の状況にもよりますが、だいたい1000~1500フィートくらいだそうです。一方で報道のヘリは、さらに高い高度、2500フィート以上で飛ぶそうで、300~400メートル離れた高さですみ分けしているそうです。

近くで飛んでいるように見えるのは、高倍率の望遠レンズで撮影しているからで、その倍率は42倍。原発の放水作業の様子も、30キロ離れたところから撮影したそうです。

「映像で父が救われた」という人も

「父が助かったのは鉾井さんの、あの時の映像があったからです」

今回の記事には、読者からのこんな声も寄せられました。入局1年目だった鉾井カメラマンが撮影した津波の映像。テレビで生中継を見て、とっさに連絡したといいます。

「あれがなかったら私は父に焦って電話をかけなかったかもしれません。自分だけ安全なところから撮影して救助活動ができなくて申し訳ない気持ちになどならないでほしいのです。報道の力で救えた命が確実にあったのです。どうか、そのことを鉾井さんに伝えていただきたいです」

当時、都内の会社にいたそのかたは、慌てて仙台の家族に電話したそうです。しかし父親にはなかなか電話がつながりません。ようやく通話できたとき、父親は沿岸近くの道を車で家に向かっていましたが、道路が混雑し動けなかったといいます。

「津波が来ている、かなり広範囲なので今すぐに高台に避難してほしい」

そう伝えたそうです。

その後、海側から人が走ってくるのが見えたため、父親は津波が迫っていることを理解し、車を乗り捨てて避難を始めます。どうにか近くのマンションに避難して助かりましたが、マンションにたどり着いたとき水は膝ぐらいまで迫っていたといいます。

「鬼デスク」と呼ばれるその理由

危険な現場にも数多く立ち合う報道ヘリ。安全管理はどうなっているのか。そう質問したとき、それまで穏やかだった大井デスクの表情が一変しました。

「実は、NHKのヘリって以前、沖縄で墜落していて、我々の先輩がお亡くなりになった。もう2度とヘリコプターでの犠牲は出さない、ということで安全確保を第1にやっています」

大井デスクが話したのは、1990年8月20日。沖縄県勝連町のホワイト・ビーチ地区で起きたNHKのヘリ墜落事故です。当時は、湾岸戦争が起きていて、米軍基地で中東に向けての軍艦の積み込み作業の取材中でした。

この事故により、記者、カメラマン、機長、整備士の4人が犠牲になりました。

事故調査では、強風の中、低い高度でホバリング(空中での停止飛行)を行ったのが墜落の原因だとされています。

「機長がこの天候では危ないと言えば引き返しますし、飛べないと言ったら飛びません。もし無理をして市街地の上空で墜落したら、何人が巻き込まれるんですかって。自らの安全が確保できないのに、人の生命を伝える事はやっぱりできないと思うんです」

NHKでは、このほかモンゴルでの国連ヘリ墜落事故や静岡での事故などで同僚や仕事仲間を亡くしている。墜落事故以降、事故を教訓に、高い高度から撮影ができる機材の開発を続けるなど、ヘリ取材での安全確保は何よりも優先しているそうです。

東日本大震災当日、仙台放送局のNHKヘリは北上を試みましたが、視界不良により引き返していました。どれだけ現場の状況が知りたくても、安全を確保できないなら向かわせない。判断はすべて機長に委ねているということです。

大井デスクが、ヘリに搭乗するカメラマンに厳しくあたり、鬼デスクと呼ばれるのも、一歩間違えれば命に関わる仕事だからということなのだと感じました。

危険と背中合わせの仕事、それでも自分たちがやらなければならない。その気持ちが、カメラマンたちを突き動かしています。

記録し続けることの意味

「私は神戸の地震の経験者で、被害はたいしたことがなかったものの、当時、取材のヘリが自分の真上をホバリングしているのがとても嫌で、それは今でも嫌です。高みの見物を全国中継されているんだ、ととても嫌な気分になりました」

そんな率直な感想を寄せてくださった方もいました。

「けれどそれがあったから、援助の手がたくさん届いたのも事実です。科学的なことも含めてありのままを記録することはとても大切です。あのときも私と同じように不快な思いをされた方も多かったかもしれませんが、それは有益となることでもあったので、許してもらえるのではないでしょうか。感情的にならず、客観的に、大切な記録をし続けていただければと思います」

一方、ヘリの映像が心の支えになっていると伝えてくださった方もいました。

「私の実家は、閖上にありました。津波で家は流され、母も亡くしています。この映像は、この10年の間、何度も観ました。ショッキングな映像ですよね。 怖い辛い悲しい怒り…そんなネガティブな映像です。

だけど、不謹慎かもしれないけれど、私にとってはこの映像が宝物です。この映像に救われました。だって母がこの映像のどこかにはいるんですから。あんなひどい惨状でも、お母さんがいるんだと思うとなんだか嬉しかった。これからもずっと心の支えになると思います。撮影してくださったカメラマンさんには、感謝しかありません。

どうぞご自分を責めないでください、こうやって支えになって生きている人間が一人でもいることを知っていただきたいです。ほんとうにありがとうございました」

多くの方が犠牲になった映像なので、見るのが辛い、二度と見たくないという方もいらっしゃることも承知しています。私たちも津波の映像を使うときは必要最小限にするよう心がけていますが、このように感じてくださる方がいることを知ると、改めてきちんと記録し続け、伝え続けなければと、背筋が伸びる思いです。

これからも報道ヘリは24時間態勢で飛び続けます。温かく見守っていただけると、幸いです。

大井 淳司 映像センター 航空デスク

・東日本大震災の発生時は東京の映像取材総合デスクとして、カメラマンの取材調整にあたる

・震災後に被災地入りし、福島局にも応援に入り、津波を撮影した鉾井カメラマンも指導

・去年まで小嶋の直属の上司 

・デスクになる前は明石の歩道橋事故(2001年)、新潟中越地震(2004年)など数多くの現場上空から取材・ヘリリポート中継を行う。

・Teamsのアイコンはもちろん、NHKのヘリコプター

聞き手:成田 大輔 大阪拠点放送局 コンテンツセンター第2部

・福島県いわき市出身。2016年~2019年仙台局を経て、ネットワーク報道部。この春から大阪に。大阪局では4月から、報道部が「コンテンツセンター第2部」と改名しました。DXなの!?

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