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「この海の美しさにことばはいらない」…でも語らせて!だって「潜水アナウンサー」なんですからっ

極彩色のサンゴの群生やどこまでも透き通った湖に潜む生物など、神秘の世界を撮影するNHKの「潜水班」の中でも、小林将純のように「水中を語る」技術をもった「潜水アナウンサー」は少ない。

過酷な潜水取材の最前線、そして水中の情景を語る際の小林独特のテクニックとは?

小林のノートをのぞいた。

目次

伝説のダイバーの思いを受け継ぎ「唐津の海」を語る

俺、潜水アナウンサーになる!

「無理っす…」過酷な潜水班のトレーニング

こんなに大変、テレビの水中撮影

話す前に「息を吐け!」

アナウンサーの「描写力テクニック」とは?

ダメだと思ったリポートも…あれ?

伝説のダイバーの思いを受け継ぎ「唐津の海」を語る

ワイシャツとネクタイにスノーケル姿で解説しているこの男、NHK佐賀放送局アナウンサーの小林将純。

この日は小林が情熱を注ぐ九州北西部の玄界灘、佐賀県唐津市の海の魅力について、ニュース番組で語っていた。

「唐津の海は南から流れ込む暖流、海底に広がる砂地、入り組んだリアス式海岸。さまざまな要因が重なり、潜る季節によって、見られる魚や海の景色がまったく違う。魚やサンゴの仲間、ウミウシなど、多様な生き物を見ることができるんです」(小林アナウンサー)

(写真は小林が撮影。上は季節によっては沖縄などで見られる魚、ミナミハコフグの幼魚。下は日本固有種のエビ、ムギワラエビ)

ちなみに唐津の海は、映画「グラン・ブルー」の主人公のモデルにもなった故ジャック・マイヨールがこよなく愛したことでも知られている。

マイヨールは4歳から家族で定期的に唐津を訪れ、泳ぎや素潜りもここで覚えて、しだいに海に魅せられていった。ダイバーの現役を引退した後も唐津に足を運び、「唐津は楽園の一角だ」という言葉も残している。

(1994年4月ジャック・マイヨール氏 唐津市の七ツ釜にて 髙島篤志さん撮影)

世界的ダイバーに「楽園」とまで言わしめた唐津の海の魅力を、映像とことばの力で日本と世界に知ってもらうことが、今の小林の目標だ。

俺、潜水アナウンサーになる!

しかしふだんは画面を見ながら原稿を読んだり、陸上でリポートしたりすることがメインのアナウンサーが、なぜ潜るのか。潜ろうと思ったのか。

もともと水族館が好きだった小林がダイビングに魅せられたのは、前任地の島根県だった。

(出雲市近海で見ることができるトビエイ 岡本哲夫さん撮影)

よく晴れた8月上旬に初めて潜った日本海は、まるで快晴の青空のように果てしなく青い世界が広がっていた。水族館でしか見たことのなかったエイの仲間も、触れるくらいの間近な距離で迎えてくれた。

さらに小林を引き付けたのが、出雲市日御碕(ひのみさき)周辺の海底にある「謎の海底遺跡」だ。

人工物のような多くの岩は、数百年前の拝殿などが地殻変動で沈んだのではないかという推測もあるが、詳しいことはわかっていない。

(岡本哲夫さん撮影)

海には美しい、未知の世界が広がっている。この光景をみた自分の感動を、アナウンサーとして魅力的に伝えていきたい。小林はNHK「潜水班」の門を叩いた。

「無理っす…」過酷な潜水班のトレーニング

NHKには海中取材や撮影が専門のカメラマンを中心とする「潜水班」と呼ばれるグループがある。1966年、全日空機が羽田沖に墜落した際、水中での機体を捉えた映像や、記憶にまだ新しい世界で初めて生きたダイオウイカを撮影したのもNHKの「潜水班」だ。

ちなみに国内や海外のほかの放送局では、潜水番組はプロダクションなど外部と契約して制作することがほとんどで、放送局内に潜水撮影に特化したチームがあり、運用と育成も自ら行っているのはNHK以外、例がない。

「潜水班」は泳力やダイビング技術などの課題をクリアした者しか入ることは許されない。しかし潜水班の「研修」という名の訓練は、予想以上に過酷だった。

東京の伊豆大島で5泊6日で行われ、初日は25メートルのプールを「自由形で500メートル泳いで」から始まった。これくらいと思ったのもつかの間、続いてダイビングスーツを着てフィンをつけたまま、ペンギンのように100メートルをダッシュ。そして500メートル泳ぎ、また100メートルダッシュの繰り返しが6時間以上。

フィンワークに慣れたら次はダイビング機材を装着して、「地獄なべ」と呼ばれる5キロの重りを持って10分間の立ち泳ぎだ。

マスク以外のダイビング機材をつけて25メートルプールの水中を20周まわるトレーニングもあり、こちらは「旅」と呼ばれていた。

(「旅」をしている小林)

水中撮影は、陸上で撮影するカメラを海の中に持って入って撮影するだけではない。使用するカメラがこちら。精密機器を水圧から守るために銀色の「筒」に入っている。大人が2人がかりでようやく持ち上げられる重さだ。

このカメラを撮影現場に持って行く際は、タンクを背負って機材を身に着けた状態で、時には岩場をよじ登って運ばなければならない。水中撮影には人並み以上の体力が必要なのだ。

さらに陸上と違って潜水撮影では機材のトラブルが、ときには自分やクルーの命の危険を招く。だから潜水班の研修では、撮影に必要不可欠な知識や技能の講習も行われる。

こうしたハードな研修を3回経て2019年11月、小林は潜水班の一員になった。

こんなに大変、テレビの水中撮影

2020年10月。この日も小林はニュース番組のリポート制作のために、唐津の海に潜った。

潜水撮影には多くのクルーが必要だ。

まずは、「カメラマン」

そして光の少ない海の中で生き物本来の色を撮影できるようライトを当てる「照明スタッフ」

「アナウンサー」の小林。

そして小林とカメラマンとをつなぐケーブルが海中で絡まないように「ケーブルをさばくスタッフ」

最後に、海中での万が一の事態に対応する「安全管理者」

多くのスタッフの共同作業で撮影された画像がこちら。

「ネンブツダイ」の幼魚の群れが、周りの地形の色に映えて美しい。

このときの撮影の様子だ。カメラマンは、ネンブツダイの幼魚の群れに可能な限り近づいて撮影している。

海の中の撮影では、海そのものに色があったり浮遊物が漂っていたりするため、撮影対象と離れるほど写りが悪くなる。

なるべく魚に近づきながら魚が逃げないよう、細心の注意が必要だ。

そして撮影に欠かせないクルーがもうひとり、「ガイドダイバー」だ。

どこにどんな生き物がいるのか、どんな地形なのかを熟知したガイドダイバーは、言わばロケクルーの水先案内人。この日の撮影では唐津の海に潜り続けて50年になるベテランダイバーの髙島篤志さんに、ガイドしてもらった。

写真の左側にいる2人が、髙島さんと小林。2人を照明スタッフが照らし、カメラマンが撮影する。何かと苦労の多い水中撮影だが、陸上よりカメラのアングルやライティングを自由にできることはメリットのひとつだ。

話す前に「息を吐け!」

「水の呼吸」というわけではないが潜水アナウンサーには、独自の呼吸があるという。

経験を積む中で小林が学んだ潜水リポートのテクニックは「話す前に息を吐くこと」だ。

海の中で対象に向かって静止しながら話すことは、実は難しい。

通常、話す前には息を吸い込むが、そうすると肺に空気がたまって浮いてしまい、対象から遠ざかってしまう。

そのため話し始める前に、通常とは逆に息を吐く。肺にある空気をすべて出し切る。浮力が減って沈み始めたと思った瞬間にすっと呼吸して、浮力のバランスを保ちながら話し続ける。

カメラのフレームから自分が外れないよう、浮かず沈まず、浮力の微妙なバランスを保ちながらリポートするのは、結構難しい。

(潜水リポート用のマスクには、口元にマイクが仕込まれている)

アナウンサーの「描写力テクニック」とは?

アナウンサーには目の前の情景をとっさに、的確に描写することが求められる。そのために小林が日常的に行っているトレーニングが、1枚絵の描写だ。なんでもいい。例えば朝起きて、家の窓から見えた景色。

「佐賀市はきょうも青空です。日中の予想最高気温は16度ですが、朝は冷え込んでいます。コートを着ている人や、マフラーをしている人もいます。この時間、小学校に登校する制服姿の子どもたちもいます。赤や黒のランドセルを背負っています。そんな中、公園の前で立ち止まっている子どもたちもいます。目線の先、淡いピンク色の花が咲き誇っています。桜ですね。」

ラジオで聞いている人にもわかるように、具体的に、細かく。

夏の高校野球のアルプススタンドでリポートをした際、小林が先輩アナウンサーから言われたことばがある。

「マクロからミクロ。一番注目してほしいものをゴールに、だんだん的を絞っていくように描写していくんだ」

ミクロへの描写で大事にしているのが「色」と「形」と「規模感=大きさや広さ、長さ」など。

ダメだと思ったリポートも…あれ?

それでも単に映像を描写するだけなら、自然番組などでよくある、映像に合わせてアナウンサーがナレーションを入れるスタイルでもよい。

アナウンサーが自ら潜る意味として小林がテクニック以上に大切にしているのが、「現場のリアルな驚きと感動」だ。

こんなことがあった。

冬から春にかけて唐津の海で多く見られる「ウミウシ」をリポートするために潜った。鮮やかな色合いから「海の宝石」とも言われ、SNS映えでも人気を集めている。

写真の白い生き物がウミウシの一種の「シラユキウミウシ」だが、周りの砂粒と比べると、その小ささがわかる。多くは体長1、2センチほどで、なかなか見つからない。

この日も泥状の海底を探したが、いない。ここにもあそこにもいない。きょうの撮影は無理かとあきらめかけた時、視界の端に白いものが見えた。

ウミウシの一種「シロウミウシ」だった。

「ここ!ここ!わかりますか??」と、1センチほどの生き物に指をさして、ふだんの倍以上の明るい声を出していた。

「牛のように、白い体に黒い斑点が可愛らしい」とか、

「体を縁取る黄色い線が特徴的」とか、色や形の具体的な描写をするべきだったのに、よりによって「ここ!ここ!」とは。

「だめだった」

帰り道で悔やむばかりだったが、放送後の視聴者の反応は「臨場感にあふれていた」と、これまでにないくらい好意的だった。

アナウンサーならではのリポートとは、落ち着いた表現力豊かな描写と、素直な驚きと感情とのちょうどよいバランスから生まれる。潜水リポート時の呼吸のように。

「今後は海の生き物や風景美だけでなく、沖縄県与那国島にあるような海底遺跡や、長崎にある元寇当時の沈没船など、海の中の不思議な世界もリポートしたい。夢は、ギリシャにある紀元前の建造物が眠る海底遺跡パブロペトリなど、海外の海のロマンを伝えることにも携わりたい」(小林将純)

(編集部より)

小林アナウンサーが制作にあたった唐津の海の秋や冬の景色は、BS4Kで3月26日(金)午前7時から「KARATSU~ジャック・マイヨールが愛した海~」で放送予定です!

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