戦跡 薄れる記憶国策で姿を消した幻の魚(2017/08/15 放送)

世界中で秋田県仙北市の田沢湖だけに生息していた幻の魚、クニマス。約70年ぶりに500キロほど離れた山梨県で生息が確認され、大きなニュースになりました。なぜクニマスがふるさとの田沢湖から姿を消したのか、背景にあったのは、戦争の時代の国策でした。

“富国強兵”が運命を変えた

生息の確認から7年。ふるさとの地に戻ってきたクニマスを心待ちにしていた男性がいます。田沢湖のそばに暮らす三浦久さんです。三浦さんの家は代々クニマスに関わってきた家系で、父の久兵衛さんは最後のクニマス漁師でした。「父の代でクニマスがいなくなってしまった」と話します。

日本で最も深い湖、田沢湖にだけ生息していたのがクニマスです。サケ科ながら一生を湖で過ごす珍しい魚で、地元の人たちにとっては重要な生活の糧にもなっていました。しかし時代は日中戦争のさなか、富国強兵を進める国策がクニマスの運命を変えました。

不足する電力を確保するため昭和15年、田沢湖の水を利用する発電所が建設され、軍需産業を支えた発電所は大量の水を必要としました。そこで上流部の温泉を水源とする近くの川から強い酸性の水を田沢湖に引き込んだのです。その結果、流れ込んだ大量の水で田沢湖は急速に酸性化が進み、クニマスはまもなく湖から姿を消し、今もクニマスがいたころの環境は取り戻せていません。

執念のクニマス探し

地元の誇りでもあったクニマスを守れなかった久兵衛さんは当時の手記で「戦争に入って居り、国策遂行に逆らう事は国賊」と時代にあらがえなかった無念さをつづっています。戦後、後悔に突き動かされた久兵衛さんは、残された先祖の資料からクニマスの卵が山梨県の漁業組合に分けられていたことを突き止めて現地を訪ね歩き、報奨金まで用意してクニマス探しのキャンペーンも行いました。久兵衛さんの執念は亡くなった4年後、ようやく実りました。山梨県の西湖でクニマスの生息が確認されたのです。

「父の行動がクニマスの再発見につながったということは確かなことだと思いますし。誰もやらないことをやったというかね、これがきっかけになったというのはすごいなと思います」(三浦久さん)

クニマスの歴史を伝える

父の遺志を継いだ三浦さんは、クニマスが歩んだ歴史を子どもたちに伝える活動を行っています。「田沢湖は酸性の強い、言葉がちょっと変ですけど、魚のすめない死の湖になってしまいました。人間が壊してしまった、残念ながら壊してしまった環境を人間の手で取り戻さなければいけないと思います」(三浦久さん)
戦争の時代、尊い自然が失われたことを忘れてはならないと三浦さんは考えています。 田沢湖には、今も強い酸性の水が引き込まれていますが、これを簡単に止められない事情もあります。田沢湖の水と混ざったことで酸性度が薄まった水が、発電所の下流域で広く農業に利用され、人々の生活に欠かせなくなっているからです。クニマスと、人々のくらしが両立できる方法はないのか、地域の模索が続いています。