戦跡 薄れる記憶戦争体験を受け継ぎ伝える医師(2017/08/14 放送)

戦争を知る世代の高齢化が一段と進む中、記憶をどう語り継いでいくのか。戦争を体験した人の思いと、ある医師の取り組みを取材しました

15歳、長崎で被爆

前橋市に住む矢野留惠子さん(87)は15歳のときに長崎で被爆しました。学徒動員で、爆心地から1.5キロの造船工場で働いていた矢野さんは8月9日、突然すさまじい光と爆音に包まれ、気を失いました。建物の奥で一命をとりとめましたが、大勢の同級生が命を落としました。

矢野さんは夫の出身地の群馬県に移り住んで以降、40年にわたって県内の被爆者の会に参加してきました。かつての会員は300人。頻繁に被爆体験の講話などを行ってきましたが、高齢化で会員は急速に減り、去年、長年まとめ役だった男性が亡くなったことで休会状態になってしまいました。健在な会員がいれば、ともに若い世代に語りたいところですが、今では消息が分からない人ばかりだといいます。

これからも伝えていきたいけれど

この夏、矢野さんは地元の人に頼まれて1年ぶりに体験を語りました。戦争を知らない20代の若者たちも矢野さんの話に聞き入りました。矢野さんは被爆直後、必死に逃げるときに見た光景は今も目に焼き付いているといいます。

参加した若者は「戦争の怖さを学ぶことができるので、実際に話を聞くことは大事だと思う」と感想を話しました。矢野さんはこれからも体験を伝え続けたいと考えていますが、「超高齢者でしょう、本来ならちゃんと歩けたのにきょうは気候のせいか、とてもふらつきますのよ。そういうことがあるから、いつまでそんな考えでいけましょうかね」と、一人での活動は難しいと考えています。

介護施設で戦争体験を聞き取る

戦争をいかに語り継ぐか。いま大きな曲がり角を迎えている中で、高崎市の介護施設で、ある取り組みが行われています。医師で施設長の松崎茂さん(78)は、13年前に大学教授を退職したあと、この施設に来て、入所者の多くが過酷な戦争体験を伝えたいと考えていることに気づきました。「実際の経験した人が、本当に切実な思いで、感情こもってますからね」と話します。

今を逃せばこれらの話は永遠に失われてしまう。危機感から、診療の合間に体験談を書き留めるようになりました。これまでに話を聞いた人は80人にのぼり、いずれも克明に体験を語りました。松崎さんは一部を冊子にまとめ、県の図書館などに寄贈。今も仕事の合間を縫って聞き取りを続けています。

きょうも高齢者の元へ

松崎さんがこの日話を聞いた92歳の男性は、18歳のときに航空隊に入りました。アメリカ軍の艦載機と空中戦になって撃墜され、生死をさまよったといいます。「意識がなかったのは、10日も?」(松崎さん)。「10日もなかった。それでね、同年兵が、よく生きて帰ってきたなって」(92歳の男性)。細かく状況を聞き取っていきます。「自分たちで戦ったにもかかわらず、こんなむごい戦争はするもんじゃないという感想を伝えてくれましたよね。実際の経験者がそういうふうに話すと強く迫ってきますよね」(松崎さん)

松崎さんは、6歳のときに終戦を迎えました。戦争を知る最後の世代として、これからも体が許す限り聞き取りを続けていきたいと考えています。72年を経ても、なお伝えたい戦争への思い。残された時間が少なくなる中、その思いをどのように受け止め、残していくかが問われています。