"児相"と里親の深い溝

虐待や経済的な理由で実の親と暮らせない子どもたちに話を聞くと「自分のように、里親のもとで暮らせる子どもが増えてほしい」という答えが返ってきました。しかし、日本で里親のもとで暮らしている子どもはわずか20%弱(イギリス・アメリカは70%以上、オーストラリアは90%以上)。なぜなのか、児童相談所の職員に「ホンネ」を聞くと、里親の気持ちとの間に深い溝があることがわかってきました。




預けることをためらう里親もいる

取材に答えたのは、首都圏近郊にある児童相談所の職員。これまで多くの里親と接してきたベテランです。

里親への委託率が上がらない理由として、職員はまず、「実の親」側の事情をあげました。


「実の親の多くは『今は育てられないけどいつか自分が育てたい』と考えている。親権を捨てきれないし、里親に預けられることを許可しない」

養育に困難を伴う子どもが多いことも委託をちゅうちょする理由になっているといいます。

「虐待を受けた子どもを育てるのはそれほど簡単なことではない。心を開かなかったり、里親を試したり、赤ちゃん返りしたり。『こんなはずじゃなかった』と感じる里親も多い」


今回、NHKなどが行ったアンケートでも、80%以上の里親が子どもを養育するうえで困難を感じたと回答しました。

そして、職員が言葉を選びながら口にしたのが里親側の問題でした。

この職員の経験上、里親登録をしている人の大半は子育て経験がなく、不妊治療をして子どもを授からなかった人も多いといいます。

実際、アンケートで、里親になったきっかけを複数回答で聞いたところ、「実子がいなかった」という回答が42.9%。「不妊治療を断念したから」と答えた人も30.7%いました。

「困難を伴う子どもを子育て経験のない人に預けることはためらう。子育てに夢を持っていると思うが、結果的に里親も子どもも傷ついてしまうおそれがある」



「よほどのことが無ければ登録」

里親になるためには、いくつかのステップを踏むことが必要です。

 <登録までの主な流れ> 

1.児童相談所に問い合わせ。

2.家庭訪問調査。

3.研修を受講。

4.認定部会等で審議。

5.認定・登録。



このうち、家庭訪問調査は、家庭環境に問題はないか、収入は十分あるか、コミュニケーション能力があるかなどに加え、自身が幼少時に虐待を受けた経験がないかなどについても細かく聞きます。


地域によって事情は異なりますが、基準を満たしている場合は、登録を拒むことは難しく、よほどのことが無ければ里親に登録できるといいます。


「『登録したから、子どもを紹介してもらえるだろう』という里親の認識と、預ける側の児相の認識は大きく異なる。登録が完了しても『この人には預けられない』という人は多くいる。児相の職員に攻撃的な態度を取る人などは無理だなと思う。子どもに対しても感情的に対応するおそれがある」



子どもと"出会えない"絶望

確かに、児童相談所の職員が証言するように、なかには、子どもを預けるのは難しいと感じる里親もいるかもしれません。

しかし、里親に登録した人からNHKに寄せられたメールを読むと、そのつらい心情が伝わってきました。


「里親登録をして2年がたちましたが、いっこうに委託の話はありません。登録をした頃はすぐに話が来るのかと胸を躍らせて待っていましたが…。我が県では委託率がかなり低く、また実親が里子ではなく施設を希望しているため、委託につながらないとのことでした。いったい何人の里親が委託を待ち、委託がないことに絶望感を持っているのか。なるべく早いうちに、乳幼児のうちに家庭的な環境に置いてあげることがまず大切なのではと感じています」



日本では、児童相談所が子どもの問題全般に対応し、人手も足りず、里親や里子へのケアに十分手が回らないのが現状です。


今回、取材に答えた職員は、児童相談所が虐待の認定から子どもの居場所探し、里親とのコーディネート、委託後のフォローアップなど全てを担う今のシステムは、すでに崩壊していると断言しました。


もっときめの細かい対応をするため、児童相談所の一部の権限を市町村に移すという選択もありますが、市町村は猛反対するだろうと。今の日本では、問題を解決する有効な手だてはなかなか無いのです。



溝をどう埋めるか

児童相談所と里親の間の深い溝。本来なら協力し合うことが子どもたちのためになるのにどうして埋められないのか。

この疑問を、元大阪市中央児童相談所所長で里親でもある、NPO法人児童虐待防止協会理事長の津崎哲郎さんに聞いてみました。

「児童相談所の職員はだいたい3年から4年周期で交代する。だから里親と一緒に長い期間、子どもをフォローすることは難しい。問題が発生しても表面的な知識しか持ち合わせない職員もいるため、『委託』か『引き上げ』かという簡単な措置で済まさざるを得ないんです」


「里親の方も、養育上の困難を感じても『こんなこと相談したら子どもを引き上げられてしまう』と警戒して、ぎりぎりまで我慢してしまう。このため、相談に至るときはすでに手遅れで、児相も引き上げざるを得なくなってしまっているのです」


児相側、里親側の課題を指摘し、立場の違う双方の溝を埋めるのは容易ではないといいます。


「里親が子どもの措置権限のある児童相談所になかなか相談しづらいのは当然のこと。だから里親仲間やNPO法人など民間の支援機関が増えて、里親がぎりぎりまで追い込まれない体制を整えることが重要なんです」


民間の支援団体と役割を整理し、里親のニーズに応えていかなくてはいけないと指摘しています。



求めているのは『子どもの幸せ』

取材を通して感じたのは児童相談所も里親も、「子どもの安全と幸せを守りたい」という思いは共通しているということです。


ただ、それぞれの立場があり、すれ違ってしまうことも多くあります。


一人でも多くの子どもたちが安心して家庭的な環境で健やかに成長できるよう、同じ社会で子どもたちを見守る私たちひとりひとりにも子育ての悩みを聞くなど小さな手助けはできるかもしれないと感じています。

  • ネットワーク報道部
    野田綾 記者


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