入院中に虐待被害の子ども65人

入院中に付き添いの親から骨を折られるなどの虐待を受けた疑いのある子どもが全国の病院で少なくとも65人いたことが小児科医で作るグループの調査で分かりました。「病院にいるなら安全だ」と思われがちな空間で、子どもが傷つけられるケースが相次ぐ実態に、驚きの声が広がっています。





この調査は、全国の小児科医などで作るグループが、ことし1月までに全国900か所あまりの医療機関を対象に実施し、およそ半数の454施設から回答を得ました。
それによりますと、けがや病気で入院中、付き添いの親などから虐待を受けた疑いのある子どもが、これまでに少なくとも65人いたことがわかりました。

虐待の種類では身体的な虐待が22人で最も多く、親が付き添ったあとに子どもの足の骨が折れていたり、脳内で出血が起きていたりしたケースがあったということです。

また子どもをわざと傷つけて熱心に看護するふりをして周囲の注目を集めようとする「代理ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれる精神疾患のある親から、虐待を受けたと見られる子どもも22人にのぼりました。
この中では子どもの点滴に異物を混入し、子どもの体調が悪化したケースもありました。
このほか、親などから虐待を受けた疑いで入院したにも関わらず、病院で再び被害にあった子どもが少なくとも16人いました。

調査した医師によりますと、虐待が強く疑われる場合は、児童相談所が子どもを親元から一時的に引き離す「一時保護」の措置を取り親に入院先を知らせず面会を防ぐことができますが、虐待を疑う根拠が弱い場合は、親の付き添いを拒みきれないケースが多いということです。

調査を行った前橋赤十字病院の溝口史剛医師は、「今回の調査結果は氷山の一角に過ぎず、病院も決して安全な場所とはいえない。
児童相談所は積極的に子どもを保護し、病院側も虐待のリスクがある場合は、病棟の看護師などによる監視を強化するべきだ」と指摘しています。

体験した医師は

東京・福生市の公立福生病院の五月女友美子医師は、自分が担当していた子どもが病室内で知らぬ間に骨折するという経験をしたといいます。

2歳の男の子は、自宅で父親から殴る蹴るの暴行を受けたとして母親と一緒に救急車で搬送されてきました。五月女医師が診察すると、男の子は歩くことができませんでした。
レントゲンには異常が認められませんでしたが、父親からかくまうために、母親と一緒に入院させました。父親が子どもを捜しに来た場合に備えようと、病院では父親の面会や問い合わせに制限をかけ、病室に掲げる名前に偽名までつけて、警戒していました。

しかし、入院4日目。男の子の足が大きく腫れ上がり、痛い痛いと泣き出したため、五月女医師は再びレントゲンを撮りました。すると、男の子の太ももの骨が折れていたのです。五月女医師は、「入院時には骨折していなかったのに、あれほどの折れ方をするとはと思いませんでした。全身鳥肌が立って、大ごとだと思いました」と話しました。

男の子に付き添っていた母親は、「自分はやっていない」と関与を否定しましたが、法医学の専門家は、50キロから60キロの重みが上から加わったことで骨が折れたとみられると分析しました。
相談を受けた児童相談所が男の子を母親と引き離すことを決め、別の病院に転院させたということです。

五月女医師は「病棟内で、折れるほどの力が加わることは他に推察できず、一緒にいたお母さんが何らかの力を加えたと強く疑いました。
保護者の付き添いをすべてダメだとは言いにくく、安全な方針を決めるのはとても難しいと感じています」と話しています。

代理ミュンヒハウゼン症候群

今回のアンケートで最も多かったのが、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という精神疾患があるとみられる親からの虐待です。
「代理ミュンヒハウゼン症候群」の親は、子どもをわざと傷つけて熱心に看護するふりをして周囲からの注目や同情を集めようとします。
兵庫県尼崎市の病院で小児科医をしている毎原敏郎さんは、3歳の女の子が入院したときに、カーテンの影に隠れて、母親が女の子に睡眠薬を飲ませようとした疑いのあるケースの対応にあたりました。
普段は、子供のことを熱心に看病していて、代理ミュンヒハウゼン症候群のケースだとみられています。
毎原医師は、「熱心なお母さんにみえるので、巧妙に演技される場合は、非常に発見が難しく、気をつけないといけない」と話しています。

どう防ぐか

毎原医師は、虐待のリスクを少しでも減らそうと、医療スタッフによる院内の見回りを強化するとともに、保護者の心のケアにも取り組んでいます。
診察の際、子どもの症状だけではなく、保護者の様子にも注目。育児の悩みや、ストレスをためていないかなど丁寧に聞いています。
毎原医師は「不適切な養育環境から子どもを守ることは医者としての仕事だと思うので、子どもを守ることを一番に考えていきたい」と話していました。

取材して

入院していた病室のベッドで、お見舞いの親に骨を折られた?そんなことあるの?最初に聞いた時には驚き、極めて珍しいケースではないかと思いました。しかし、取材を進めると複数の病院の医師が「病院内での虐待」を体験していることがわかりました。全国調査でも少なくとも65件もの院内虐待が発生している実態が明らかになりました。
見舞い客の出入りがあるオープンな空間、しかもカーテンなどで死角が多い病院の構造上、病院内での虐待を完全に防ぐのは難しい部分もあります。
しかし、子どもを虐待してしまう親が抱える「子育てでの孤立」や「精神疾患」などの“リスク"にも対応しながら、虐待対応に当たっていく、1人1人の事情に応じたきめ細かな対応が必要だと感じました。

  • ネットワーク報道部
    角田舞 記者

  • 大阪放送局
    西村敏 記者

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