元気な子どもがなぜ病院に?

親からの虐待が原因で入院し、元気になったあとも病院の中で“暮らしている"子どもたちがいます。私たちは取材班を作り、こうした子どもたちが存在する事情や背景を去年の夏から継続的に取材してきました。
その結果、このような現象が一部の地域に限らず全国に広がっている実態が明らかになりました。取材から浮かび上がってきたのは、急増する児童虐待に対応できない社会のひずみでした。


病院を走り回る男の子

私たちがある病院を訪ねると、飛び込んできたのは、小さな男の子が長い廊下を端から端まで全力で走り回っている姿でした。男の子は私たちを見つけると、「誰?何してるの~?」と話しかけてきました。その後もすれ違う人に、「おじさんどこいくの?」などと聞き続ける男の子。人がいなくなると今度はナースステーションをのぞき込んで、看護師に相手をしてもらおうと熱心に話しかけていました。

この男の子は親から虐待を受けた疑いがあり、児童相談所が今後の対応を決めるまで、親から引き離して病院でかくまうために1週間近く入院していました。担当看護師は「『自分は元気なのにどうして入院しているの?』と聞かれても、本当の理由を話せず、ごまかすしかありません。忙しくなると、じっくりつき合ってあげられないので、かわいそうになります」と話していました。

一日中ベビーベッドの赤ちゃんも

別の病院を訪ねてみると、もっと小さな子どもたちが治療の必要が無くなったあとも入院を続けていました。おもちゃを追いかけて院内をハイハイしていた赤ちゃんは、親から十分な食事を与えられていなかった育児放棄の疑いで、児童相談所に保護されました。

入院して栄養状態が改善するとすぐに元気になりましたが、親元へは帰せず、乳児院などの施設も見つからず、半年近く入院しているといいます。看護師などのスタッフが、仕事の合間にお風呂に入れたりご飯を食べさせたりしていますが、ほとんどの時間は高い柵のあるベビーベッドの上で1人で過ごしています。

なぜ病院に“元気な"子どもが?

なぜ、治療の必要が無くなった元気な子どもたちが入院しているのか。取材を進めると、背景にはさまざまな事情があることがわかりました。

病院は虐待の疑いがある子どもが運ばれてくると、入院させて治療する一方、児童相談所に通告します。治療が終わった子どもは、本来は退院しなければなりません。児童相談所が、再び虐待のおそれがあるとして「家庭には帰せない」と判断した場合は、乳児院や児童養護施設などへの入所を検討します。

一方、児童虐待の件数が年々増える中、施設には常に空きがあるわけではありません。こうした事情で行き先をなくした子どもは、入院を続けざるを得なくなります。私たちは、こうした入院を「虐待入院」と名付けました。今回の取材では「虐待入院」が数か月もの長期間、続いているケースもありました。

受け入れる病院も苦悩

「虐待入院」の子どもを数多く受け入れている病院が実情を話してくれました。

東京・東村山市の多摩北部医療センターでは、治療が終わったあとも入院していた子どもがこの1年間に、15人もいたといいます。年齢は0歳から14歳までと幅広く、児童相談所からしばらく預かってほしいと頼まれて受け入れたケースもあったということです。

小児科の小保内俊雅部長は「児童相談所が保護の必要性を判断するまでの間、病院にかくまってもらいたい場合や、退院後に子どもを受け入れる施設が見つからない場合に病院に頼ってきます。子どもの安全を守るために、病院が受け入れざるをえない事情もあります」と話しています。

この病院では、過去には半年も入院した子どもがいました。「虐待入院」が与える子どもへの悪影響について小保内部長は、「入院が長引くと友達からも切り離され、子どもにはストレスがかかります。どうすれば子どもが安心して社会に戻っていけるのか、医療と行政が話し合っていく必要があると思います」と話していました。

病院が“かくまう"場所に

私たちは、去年の秋からことしの夏にかけて全国の小児科病床がある病院に聞き取り調査を行いました。

「はじめから入院の必要はないが、児相に頼まれて入院させた」(関西の病院)
「元気なのに3か月も病院にいた」(関東の病院)

「虐待入院」が広がっている実態が浮かび上がってきました。また、医療機関の負担の大きさを訴える切実な声もありました。

「児童相談所には、もう入院は必要ないと何度も伝えているが、なかなか退院に至らない」(関西の病院)
「子どもの入院費を親が支払わないケースもあり、こういう子どもの入院は医療機関にとって負担になっている」(甲信越の病院)

急増する児童虐待の相談

「虐待入院」が増える背景には児童相談所側の事情もあります。厚生労働省によると、児童虐待の相談対応件数は年々増加しています。平成27年度には10万3260件(推計値)と、10年前のおよそ3倍に急増しています。
一方で、相談に当たる児童福祉司の人数はおよそ1.5倍しか増えていません。件数の増加に対して態勢の強化が追いついていないのです。

元福祉司が打ち明ける事情

神奈川県の児童相談所で児童福祉司として勤務していた経験のある千葉明徳短期大学の佐藤隆司教授は、取材に対し「退院に向けて調整を進める中で新たな課題が出てきてしまい、数週間から1か月、退院が延びてしまったケースは私の経験でもあります」と打ち明けます。
そのうえで「虐待が疑われると、学校や保育園からも話を聞いて総合的に判断する必要がありますし、子どもを施設に入れるにしても、保護者には丁寧な説明が必要です。児童相談所は強い権限を持っていて、一歩間違えば家族をバラバラにする危険性もあります。冷静に慎重に考えていく必要があるのでどうしても時間がかかってしまう」と説明しています。

子どもの発達にも悪影響が

「虐待入院」の長期化は子どもの発達にも悪影響を及ぼすと、専門家は警告します。

「虐待入院」を受け入れた経験があり、臨床心理士の資格も持つ公立福生病院小児科の五月女友美子医師は、「子どもは誰が自分を守ってくれて信頼できるのか、常に探し求めながら生きています。しかし、入院が長びくと、どの人をいちばん信頼したらいいかわからなくなり、精神の発達に悪影響がでるおそれがあります。行政や病院などの関係機関が、期限を決めて最速の決着を目指して子どもの処遇を決めるべきです。期限や目的があやふやなまま子どもを病院に長期間置いておくべきではありません」と指摘しています。

国は実態を把握せず

こうした実態について、厚生労働省はデータがないとしたうえで、これまで国会では「子どもの心や体の成長や学習面などで影響が出かねない」などとして受け皿の整備が必要だという認識を示してきました。
しかし、実態がわからない中で有効な対策が打ち出されずにきたのです。

病院は子どもが暮らす場所ではない

「虐待入院」の取材を進める中では、「暴力を振るう親元にいるよりは食事も出て安心して眠れる病院の方が子どもにとって良いのではないか」という意見にも接しました。しかし、実際に子どもたちと直接会い話を聞いてみると、やはり病院は元気な子どもたちが暮らす場所ではないという思いを改めて強くしました。

  • 社会部
    村堀等 記者

  • ネットワーク報道部
    野田綾 記者

  • ネットワーク報道部
    角田舞 記者

  • 大阪放送局
    西村敏 記者

  • 大阪放送局
    秋元宏美 記者

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