「子どもの社会的入院」とは?
調査をした石崎優子医師に聞く。

虐待によるけがなどで入院し、治療が終わったあとも家庭に戻ることができない子どもたちがいます。再び虐待されるおそれがあり、児童養護施設や乳児院などに空きがないといった理由で居場所をなくしてしまった子どもたちです。医療の現場では「子どもの社会的入院」と呼ばれています。実態調査を行った大阪小児科医会の石崎優子医師に大阪放送局の秋元宏美記者が話を聞きました。

「子どもの社会的入院」とは?

秋元記者:

「子どもの社会的入院」とは、どういう状況のことを言うのですか?


石崎医師:

虐待が原因でお子さんが入院する場合、けがや栄養失調など身体的に何らかの問題があります。入院して治療を受け、体の状態が落ち着いてよくなると、当然、退院することになります。ところが、そのまま家庭に戻すと、再び虐待される危険性がある場合があります。病院としては、児童相談所や行政機関などに連絡して、退院させるとリスクがある旨を伝えます。そうした子どもは本来、児童養護施設や乳児院などに受け入れてもらうのですが、施設がいっぱいで入れないことがあるのです。そうした場合、治療が終わっていても、退院はできないということになります。中には入院期間が長くなってしまうお子さんもいて、医療現場で、また小児科の医師の間で、非常に問題になっています。

秋元記者:

入院期間が長くなる子もいるということですが、どれくらいの期間なのでしょうか?


石崎医師:

児童相談所に通告したあと、調査や事務的な手続きに通常2、3日かかります。この期間を除いて、およそ1か月間入院が続いているケースもありますし、私が知っている例では、入院がおよそ3年間に及んだケースもありました。


秋元記者:

なぜ、そこまで入院が長期化してしまうのでしょうか?


石崎医師:

理由はさまざまです。本来の受け入れ施設としては、児童養護施設や乳児院のほかに、障害があるお子さんの場合は、重症心身障害児施設などがありますが、どの施設もいっぱいで空きがないため入院が長期化するケースがあります。また、虐待かどうかがわかりにくい場合、行政機関が情報を集めて対応するまでに時間がかかります。その間、入院が長引くといったケースもあります。

背景に増え続ける児童虐待

「子どもの社会的入院」の背景にあるのは、増え続ける児童虐待です。ことし(H28年)3月までの1年間に、全国の児童相談所が把握した児童虐待の件数は10万3260件で、初めて10万件を超え、過去最多になりました。中でも大阪府は、1万6581件と全国で最も多くなっています。件数が増えたのは、行政機関などが積極的に対応するようになったことも要因のひとつとみられていますが、そうしたことを考慮しても、今も多くの子どもたちが虐待を受けている実態が浮かび上がっています。

秋元記者:

治療が終わった後も入院を続けることの問題は何でしょうか?


石崎医師:

小児科の医師として最も懸念していることは、やはり、病院は医療の場であって、子どもが育つ場ではないということです。病室では四季の移り変わりや天候の違いもわかりません。一定の温度で一定の湿度で、医療的なモニター音が鳴り響く中で日々過ごすことは、子どもが成長する場として適切ではありません。
小学校に入学する前の女の子が何度も虐待されて入院し、最終的に、病院が退院させられないと判断したケースがありました。この子は結局、受け入れ先の施設が決まるまで、およそ5か月間入院していました。本来なら外で元気に遊んだり勉強したりする年齢ですが、病院は生活や育児の場ではないので、そうしたことに気を配るだけの人手はありません。
赤ちゃんの場合は、おむつを替えたりミルクをあげたりしなければなりませんが、今は多くの病院で、看護師やスタッフがボランティアで行っているのが実情です。みんな本当は、もっといろいろとしてあげたいと思っても、本来の仕事を抱えながらなのでとても十分とは言えません。

秋元記者:

病院本来の機能に影響が出ることもありそうですね?


石崎医師:

医療者の立場からすると、社会的入院によって、本来入院する必要があるほかのお子さんの受け入れに支障が出てしまうことも考える必要があります。小児科はどこの病院も潤沢な数のベッドがあるわけではありません。入院する患者が増えると、その分だけ、新たな患者を受け入れるベッドを確保できなくなります。小児医療の現場では常に大きな問題です。
また、治療の必要がないお子さんは、日本の保険診療の枠組みでは、本来、病院に入院することはできません。ほかに行き先がないお子さんの安全の確保を最優先に考えて、居場所が見つかるまでの間、やむを得ず何らかの病名をつけて治療していることにするといった話は、現場ではよく聞きます。これも大きな問題だと考えています。

秋元記者:

問題の解決に向けて、何が必要なのでしょうか?


石崎医師:

まずは、こうした問題が起きているという認識を共有する必要があると思います。子どもの虐待はプライバシーの問題もあって、オープンな議論がしにくい面があります。今は、医療者、特に小児科の医師や看護師が、どうしたらいいんだろうと悩みながら、自分たちだけで問題を抱え込んでいるのが実情です。
問題をオープンにして、解決に向けた方策を社会で議論していくことが重要だと考えています。行政機関や医療機関、教育機関などが情報を共有し、連携して取り組む必要があります。私がいる大阪府では、虐待の件数が全国最多ということもあるので、大阪から先陣を切ってこうした問題を発信していく必要があると感じています。

詳しい実態は今もわからず

「子どもの社会的入院」の問題が社会に認識されにくい背景には、外部からは通常の入院と見分けがつきにくいことがあります。行政機関などは、あくまで通常の入院と認識し、社会的入院とは認識していないため、対策をとるところまで話が進まないという「認識のズレ」を指摘する声も、医療関係者から聞かれました。
これまでに、全国的な調査が行われたことはなく、社会的入院の状態にある子どもがどれくらいいるのか、詳しい実態はわかっていません。

秋元記者:

虐待の件数が多い大阪はもちろんですが、全国的にも、議論が必要ということでしょうか?


石崎医師:

そう思います。虐待の件数が多い都市部だけでなく、ほかの県でも同じような問題が起きていると考えられます。まずは現状を把握するため、しっかりとした調査を行い、現場からも声を上げていく必要があります。私は、医療者の立場ですが、国などとも連携して議論を前に進めていけたらと考えています。



大阪放送局
秋元宏美記者

取材を通して、「子どもの社会的入院」にはさまざまなケースがあることを知りました。入所施設がいっぱいで、受け入れ先がなかなか決まらないために起きていることが多いものの、それだけではありません。
例えば、児童相談所などが、親の暴力やネグレクトの可能性を見極めることができないまま、子どもを退院させて家庭に帰すよう求めたのに対し、病院が再び虐待されるおそれがあると主張して、退院させるのを拒んだケースもありました。
また、障害や虐待の後遺症で、たんの吸引などのケアが必要な子どもの場合、受け入れが可能な乳児院などが限られるため、社会的入院になりやすいといった事情もあるようです。
病院は子どもが生活する場ではありませんが、現状では、虐待されて行き先のない子どもの居場所は、病院しかありません。
取材した医師の多くは、子どもを守りたいという思いから、やむをえず入院させる一方、生育や教育の場としては、決してよい環境とは言えないことも感じていて、思い悩んでいました。何より、みずから声を上げることのできない子どもたちが、社会の目の届かないところで置き去りにされていることは、大きな問題だという声が聞かれました。
子どもの事情や状況に応じた対応をするためには、石崎医師が指摘するように、病院だけで問題を解決しようとするのではなく、国や自治体、児童相談所、入所施設などが連携して知恵を出し合い、対応にあたる必要があると感じました。

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