NEWS

結婚、仕事…がんと向き合う「AYA世代」をどう支える

「AYA(あや)世代」とは、英語の「思春期と若年成人(Adolescentand Young Adult)の頭文字からつくられたことばで、10代後半から30代の人たちをさします。今、AYA世代のがん患者は2万人以上いると推計され、この世代の患者をどう支援するかが課題になっています。

結婚後の将来の家庭に不安抱く

東京都内に住む、会社員のみち子さん(仮名・31歳)は、去年、持病のめまいを詳しく調べようと精密検査をしたところ、脳に腫瘍が見つかりました。まだ若い自分がなぜ…と、現実を受け入れることができなかったといいます。
「あまりにもショックで病院で倒れてしまいました。これから結婚や仕事がどうなっていくのか不安がよぎりました」(みち子さん)。

みち子さんには、当時、結婚を前提に交際していた男性がいました。家族と話し合ったうえで、その男性に腫瘍が見つかったことを伝えました。すると翌日、「病気を理由に別れてほしい」とみち子さんのもとに連絡が入ったといいます。みち子さんは、「病気を告げられても、彼の存在があるから私は大丈夫だと考えようとしましたが、別れてほしいと言われ身を投げてしまいたいと思いました」と辛い気持ちを打ち明けました。

今は定期的に検査を受けたり、経過を観察したりする生活を送り、職場や家族の支えで少しずつ元気を取り戻していますが、周りの女性たちと同じように結婚や幸せな家庭を持てるのか、不安は尽きないといいます。

がんと向き合い
前に進もうとするAYA世代

東京国立市に住む白石大樹さん(31歳)は、介護施設で働き、お年寄りの体力を維持する訓練をサポートしています。白石さんは27歳のときにがんの告知を受けました。当時、白石さんは機械加工の職人になることを夢見て、工場に勤めていました。しかし働き始めて4か月、年の瀬が近づくある日のこと、持病の腹痛の治療を受けるなかで、甲状腺がんが見つかったのです。
リンパ節に転移も見られ、年明けには手術が必要だと告げられました。治療して仕事に戻ろうと考えていた白石さんでしたが、思いがけない会社側の対応に愕然としました。会議室に通され、目の前で自分の名前が書かれた退職願いの用紙を示されたといいます。気持ちを整理出来ないまま退職願にサインしましたが、ちょうど仕事納めの年末で、事情を知らない同僚のひと言に感情がこみあげたといいます。
「『来年もよろしくな』と言われたときに、来年、俺はいないよと思い、急に悲しくなりました。病気に対しても怖くなり、むなしさなどいろいろな思いが入り交じりました」(白石大樹さん)

手術を受け、徐々に体力も回復した白石さんは仕事を探し続けましたが、なかなか働き口が見つかりませんでした。あきらめかけたころ、ハローワークで介護ヘルパーの仕事をすすめられ、新たな希望が見いだしました。三鷹市のデイサービスで介護施設で働いて3年、病気の通院にも理解がある職場で、お年寄りを支える仕事に新たなやりがいを感じているといいます。白石さんは夜は専門学校にも通い、作業療法士を目指しています。
「がんになっても自分たちの世代が持つ夢や将来を閉ざさないでほしい」というのが白石さんの願いです。

AYA世代に理解を

いまはがん医療も進歩して、多くの人が、がんと共存する形で社会生活を送っています。一方で、まだ若い世代のがんは知られていないのが現状で、専門家はこうした世代の悩みを知り、支援につなげる必要があると指摘しています。
AYA世代のがん医療に詳しい国立がん研究センター東病院の小児腫瘍科の細野亜古医長は、「AYA世代のがんは患者本人も周りの人も認識が少なく、これからのがん医療の課題になっています。周囲の理解が進み、患者さんが社会に属しいてる一員として、社会の位置を保ちながら治療を行うことが大事です」と話していました。

国立がん研究センター東病院では、AYA世代の診療やケアを行うためのホットラインを立ち上げることにしています。体調管理や治療については専門医が相談に乗り就職や働き方には社会労務士なども連携して対応するということです。
また35歳以下の患者で作る若年性がん患者団体「STAND UP!!」も、交流イベントの開催や情報誌の発行などを通じて悩みを共有し、支え合う活動をしています。
AYA世代は、まだ若く進学や就職や結婚など、人生のさまざまな転機を経て将来を歩む世代であり、治療を受けた人たちが安心して社会に復帰出来る支援策を真剣に考えていく必要があります。