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シンガポールの「メイド」に見る
労働者の権利の保護

世界中から観光客や企業が集まり、摩天楼きらめくシンガポール。
独立からわずか50年余りで遂げた急成長の一端を担ってきたのは外国人労働者だ。
だが、様々な外国人に門戸を開いてきた一方で、その受け入れをめぐっては重い課題も抱えている。

シンガポールで働く

東京23区ほどの大きさの島国シンガポールは、世界でも有数の貿易や金融の拠点として経済成長を遂げてきた。だが、人口約560万人の内、永住者も含めると40%ほどは外国人だ。

1970年代の工業化を外国人労働者が支えた後、国の成長を押し上げられる、より技能の高い労働者の受け入れへと移行してきた。資源も人口も限られるなか、海外から投資や人材を幅広く受け入れることが発展の鍵となってきたのだ。

外国人労働者の受け入れは、シンガポール人が敬遠する低賃金の仕事から、最先端の技術を駆使する高技能職まで多岐にわたる。主な労働ビザは3種類ある。

1つ目は、「エンプロイメント・パス」。企業の管理職や高技能職など高収入者が対象で、月収3600シンガポールドル(日本円約28万8000円)以上。

2つ目は、「エス・パス」。中等度の技能を持ち、月収2300シンガポールドル(日本円約18万4000円)以上。専門的な技能があることなどが条件だ。

3つ目は、「ワーク・パーミット」。“低技能”労働者が対象で、建設現場の作業員やサービス産業の従業員などがこれに入る。収入の規定はない。

社会に浸透するメイド

「ワーク・パーミット」の約4分の1を占めるのが、家事や子どもの世話などを担う「メイド」だ。新規の受け入れ対象者は23歳から50歳未満の女性で、フィリピンやインドネシア、ミャンマーなど近隣のアジアの国々を中心に約25万人が働きに訪れている。

共働き世帯の多いシンガポールでは、実に6世帯に1世帯がメイドを雇っている。「仕事で帰宅が深夜になることも多く、家事や子育てを2人だけで行うのはとても無理」ーーそんな家庭がメイドに家事を任せるのは、中間層でも特にめずらしいことではない。

メイドの雇用主を探していたフィリピン人女性に話を聞くと「夫がいないので、私1人で子どもを支えるには高い給料が必要」と、シンガポールで仕事を探す理由を教えてくれた。

メイドの賃金の相場は1か月約4万円から6万円。母国の何倍も稼げることもあり、多くの人が出稼ぎに訪れて家族に給料を送金している。

  • 送金するメイドたちでごった返す窓口

社会に浸透している外国人のメイドだが、働く上では厳しいルールがある。実はメイドの賃金や労働時間は「家事をする時間や日にちなどを規制するのは実用的ではない」として決められていない。労働時間や有給休暇、解雇の事前通知などを定めた雇用に関する法律の対象外となっているのだ。

さらに、メイドはシンガポールでの結婚や出産も定住につながるとして厳しく制限されている。家族を呼び寄せることも禁じられている。あくまでも臨時の労働力と位置づけられているからだ。

家庭に潜むメイドへの暴力

深刻なのが、雇い主によるメイドへの暴力や給料の不払いなどの問題だ。メイドを支援しているNGOでは、雇い主から外出を禁じられた人や、暴力を受けてケガをした人など、去年、相談に訪れたメイドは800人に上るという。

  • 相談に訪れた女性

このNGOが運営するシェルターに身を寄せる女性は、荷物をすべてトイレに投げ入れられ、部屋に閉じ込められたこともあると話す。

こうした問題は少なくとも約30年前から認知され、シンガポール当局も通報窓口を設け、加害者の厳罰化も進めるなど対策をとっている。現在、被害者がメイドの刑事事件で有罪となった場合、罰金や刑期は通常の1.5倍となり、重傷の傷害罪ならば刑期は最大10年から15年に増える。

だが、家庭という閉ざされた空間で振るわれる暴力は顕在化しにくく、雇用者と労働者といういわば上下関係のある立場で声を上げることは簡単ではない。NGOの担当者は「メイドは立場が弱く、労働者と雇用者の双方が納得できる社会にしないといけない」と訴える。

  • 相談に応じるNGO担当者

大量の移民、財政負担への懸念も

改めて、メイドから視野を広げて移民全体を見てみると、労働ビザによって保障される環境は大きく異なる。

「エンプロイメント・パス」の保持者のうち、月収6000シンガポールドル(日本円約48万円)以上であれば家族の帯同は可能。結婚や出産は中等度の技能の「エス・パス」の保持者まで自由に出来る。

一方、“低技能”の労働者の場合、シンガポール人や永住者と結婚するには政府の許可が必要だ。シンガポール人や永住者の配偶者以外との間で子どもを妊娠すれば帰国しなければならない。

こうした低収入の外国人労働者の定住を回避するしくみにについて、シンガポール経営大学のユージーン・タン准教授は「定住するならば自分で生活を切り盛り出来る人でなければならない。シンガポールの財政負担につながるような移民政策は維持できない」と話す。

とはいえ、メイドのように社会に浸透した外国人労働者を抜きにして、シンガポールの人々の生活は成り立たないのも現実だ。人手の確保と労働者の権利の保障をどう両立させるかは、言うまでも無く、日本にとっても重い課題となる。