汗をかけない人を知ってほしい

(2018/9/14 ネットワーク報道部 玉木 香代子)

2018年夏、暑さは災害ともいえるほどでした。そうした中で「汗をかけないので、暑さが怖いんです」と話す人たちがいます。2020年の東京パラリンピックに向けて聞いてほしいことです。

汗が出てこない人、いますか?

8月下旬に大分県別府市で開かれた、車いすテニスのジュニアキャンプ。将来のパラリンピアンを目指す中学・高校生など、20人が参加しました。

この時期のスポーツでこまめに休憩をとって水分補給をすることはもはや当たり前ですが、ここではさらに入念な取り組みが行われていました。

運動しても、汗がなかなか出てこない人いますか?

指導にあたっている看護師がこう尋ねます。実は脊髄損傷や脳性まひで車いすを利用している人の中には、体を冷やす役割を担う汗をかけない人がいるのです。

看護師は体温を下げるために、冷たい飲み物やかき氷で体の中から冷やすことや、氷の入った袋を首やももなど太い血管の通っている場所にあてたり、汗の代わりに霧吹きで水を全身に吹き付けたりする方法を教えていました。

車いすテニスでは選手の1割

そのうちの1人が、高校2年生の吉川千尋さん。脳性まひで十分に汗をかくことができず、体に熱がこもりやすくなっています。

かつてはテニスに熱中しすぎて体温が上がって熱中症になってしまい、めまいや吐き気におそわれたこともありました。
また、握力が弱くてペットボトルを開けるのに手間取ることから、ついつい水分補給をおろそかにしてしまったこともあるそうです。

でも今は、テニスを上達するために体を冷やすことは忘れません。

「将来の夢はパラリンピックに出ることです」と明るく話してくれました。

日本車いすテニス協会によりますと、国内の選手の約1割は、脊髄損傷や脳性まひなどが原因で汗をかきにくいということで、決して珍しいことではないのです。

汗をかけない人とは

なぜ汗をかけないのでしょうか?
熱中症に詳しい帝京大学医学部附属病院高度救命救急センターの三宅康史センター長によると、ヒトの体では「暑い」という感覚を、皮膚の表面に広がる末しょう神経が感じて脊髄を通って脳に伝わると、今度は脳から、汗をかいたり血管を拡張させたりする指令が出て、体にこもった熱を逃がす体温調節が行われています。

こうした情報や指令を伝える「回路」の脊髄が傷つくと、個人差はありますが、体温調節の機能が十分に働かなくなってしまうのです。脳性まひの場合は、体温を調整する脳の機能が損なわれてしまっているためだと考えられています。

「東京はアテネより厳しくなる」

では、厳しい暑さが懸念されている2年後の東京パラリンピックはどうなのか?
これまでの中でも特に暑い季節での開催となった、14年前のアテネパラリンピックに出場した経験のある當間寛さん(52)は、「朝晩は結構涼しく、からっとしていたアテネより、東京の方が暑さはさらに厳しくなると思う」と指摘します。

14年前のアテネパラリンピックに出場した経験のある當間寛さん

体温が「38度5分」に

當間さんは、交通事故で脊髄を損傷したため汗をかくことができません。
この時期の練習は、早朝か夜の時間帯に限っているそうですが、それでも体温の上昇は避けられません。
午後6時すぎ、30度近い気温の中で激しいラリーの練習をしていて、15分が経過したあとに体温を測ってもらうと、体温計に表示された数字は「38度5分」。

當間さんはすかさず園芸用の霧吹きを取り出して、全身に霧を吹き付けました。

体温が39度を超えてしまうと、ひどいときには手がしびれてしまい、プレーを続行することができなくなってしまうということです。
また、日ざしが厳しい日中では肌がからからに乾燥してしまうため、霧吹きを使わないとやけどのような状態になってしまうそうです。

東京大会は4年に一度の大きな大会なので、つい無理をして体調を崩してしまう選手が出ないか心配です。本来は暑さの心配をしない状況で行うのがいいのですが、それが無理でも朝とか夕方の試合にするとか、待っている間は冷房の効いた部屋を用意するとか、できるだけの準備をしてほしい(當間寛さん)

“暑さが怖い”観客も

暑さに不安を抱くのは選手だけではないんです。

取材を進める中でそう教えてくれたのは、アメリカ人の父を持つ日本人のオルソン・ジュリアさん(28)。競技施設が建ち並ぶ東京・豊洲に住んでいて、ぜひパラリンピックを観戦したいと思っています。

パラリンピックへの期待

その理由は9年前にあった交通事故とその後のリハビリにあります。

事故で脊髄を損傷して首から下が動かなくなったジュリアさんは、「少しでも自分で動けるようになりたい」という思いで、リハビリに取り組んできました。

トレーナーの手助けを受けながら行うリハビリを見せてもらいましたが、内臓を支える筋肉が弱く、立つ姿勢をとるだけでも呼吸が苦しくなるそうで、その大変さが伝わってきました。

「リハビリを続ける中で、本当に体の動きが改善するのか考えてしまい、落ち込むこともあった」と語ります。

それでも今では、寝返りをうったり、腕で体を支えられるようになりました。その経験があるからこそ、パラリンピックへの思いが人一倍強いのです。

だって選手たちはこの舞台のために、努力を重ねてきてるんでしょう。自分の持つ可能性にかけることとか、あきらめない気持ちとか、間違いなく通じ合う部分はあって、『これからもリハビリを頑張ろう』と思えると思うんです。(ジュリアさん)

観戦したいけど…

しかし、ジュリアさんも汗をかけない人です。ふだん外出する時は霧吹きを持ち歩き、外出先に涼める場所があるかどうかを必ずチェックします。

それでも直射日光があたる外に長時間いると、熱中症になって頭痛やめまいにおそわれるため、自分が本当にパラリンピックを観戦できるのか、自信を持てずにいます。

パラリンピックは見たいし、体調崩すだけだったら頑張っていこうかなと思うかもしれないけど、倒れて入院したり命の危険もある暑さだったら、簡単には行けないです(ジュリアさん)

別の危機感も

ジュリアさんをはじめ、障害者のリハビリを支援しているユニバーサルトレーニングセンター代表の菅原瑞貴さんは、別の危機感を抱いています。

いちばん心配するのは、蒸し暑い夏に慣れない観客や選手が倒れた時に『障害者はやっぱり外に出ないほうがいいよね』という発想が広がってしまうことです。そうなれば、せっかく障害者の社会参加や活躍を掲げるパラリンピックの意義をも揺るがしかねません。暑さ対策は本当に真剣に考えてほしい(菅原瑞貴さん)

知ってほしいこと

大会の組織委員会では、選手と観客双方の暑さ対策を計画しています。
例えば選手向けには、各競技会場に専用の休憩所を設け体を冷やすための氷などを提供する一方、入場を待つ観客が最も暑さの影響を受けるとして、仮設テントを設置したりする予定です。
そうした対策をより充実させると共に、どこでどんな対策が行われているのか、必要な人たちに確実に届くような情報提供の在り方を考えることも必要です。

そして何より「汗をかけずに暑さが怖い人たちがいる」ということを、多くの人が知ることが大切ではないでしょうか。

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