コミケでエスカレーターを取材してきた件

(2019/8/23 取材:ネットワーク報道・玉木香代子)

ことし3月、こんなメールが届きました。

「エスカレーターの上を歩かない運動の件、いわゆるオタクの間では『エスカレーターのコミケルール』と呼ばれています。エスカレーターの歩行禁止に関して10年以上の実績を持つコミックマーケット準備会への取材を意見具申します」

コミケとは、愛好家たちが創作した漫画やアニメなどの同人誌を販売する大規模なイベント「コミックマーケット」のこと。開催を待つこと5か月、取材に行ってきました。

そこはエスカレーター改革“先進地”だった

ビッグサイトに来た!

取材に行ったのは8月9日、4日間にわたって開かれた「夏コミ」の初日です。コミックマーケットは現在、夏と冬に開催されていて、それぞれ「夏コミ」「冬コミ」と呼ぶのだそうです。

この暑さはこたえるなぁ、、そう思いながら会場の東京・江東区の東京ビッグサイトに入ると、心の中でこう叫んでしまいました。

「あっ、ほんとだ!2列乗りしてる!」

ほんとだった・・・

確かにメイン会場に向かうエスカレーターでは、左右とも立ち止まって乗っていました。

手作りのポスターや看板も目立っていました。

私は先日、鉄道会社などの乗り方改革キャンペーンを取材しましたが、ここはその「先進地」でした。

コミケファンに聞いてみた

「紫式部」にふんするコスプレイヤーの20代の女性

「エスカレーターに止まって乗ると、衣装やグッズを入れた重たいキャリーケースを自分の近くでしっかり持てますし、混んでいても安心して乗車できます」

こう語るのは、スマホのソーシャルゲーム「FGO」に登場するキャラクター、紫式部にふんするコスプレイヤーの20代の女性です。
買い込んだたくさんの同人誌を入れたり、コスプレ用の衣装を会場に持ち込んだりするためにキャリーケースは欠かせないもので、そのためにもエスカレーターに止まって乗ることが安全なのだそうです。

また、10年間コミケに通い続ける30代の男性は「歩くと将棋倒しになりかねないですし、みんなでルールを守ることが大事だと思う」と話していました。


「20年間の議論と実践の結果です」

なぜ、コミケでエスカレーターの正しい乗り方が浸透しているのか。

40年近くコミケの運営に携わっているコミックマーケット準備会の共同代表の市川孝一さんに聞くと、会場を今の有明に移してから20年もの間、大勢が集まるイベントの安全で効率的な運営を議論・実践してきた結果だと言います。

共同代表の市川孝一さん

「コミケは、1日に多いときで20万人ものファンが訪れます。大きな荷物を持った人もいます。その中で、安全で効率的なエスカレーターの乗り方を考えると、片側を開ける1列ではなく、2列で並んで前後を1段あけるスタイルが最も適しているのです」

歩かない安心感

ただ「正しい」だけでは、ルールは広まりません。利用者が納得する理由があるはずです。
その点について、市川さんはこう説明してくれました。

市川孝一さん:
「コミケの会場でなぜ急ぐのか。それは、お目当てのものが手に入るかわからない焦りから来るものです。でもエスカレーターにみんなで2列で止まって乗ると、自分の隣の人も抜け駆けせずに同じように立ち止まっていることになる。
すると、安心して整列しようという気持ちが生まれます。しっかりと並んで乗ったほうが、みんながスムーズに移動できて、結果的にもすみやかにお目当てのものが買えるという安心感ができていったんだと思います」

さらに、この会場で行われた別のイベントで起きた事故も、エスカレーターのコミケルールを定着させるきっかけの1つになったと言います。
それは2008年8月に東京ビッグサイトで開かれていた、フィギュアを販売するイベントで起きました。

警察の現場検証

ホールに設置された1階と4階とを結ぶ長さ30メートル余りの上りのエスカレーターが突然停止し、その直後に下り方向に逆走したもので、乗客約50人が転倒し10人がけがをしました。

この事故について国土交通省の事故調査部会は「設備などにボルトの緩みや施工不良があったうえ、ブレーキの力も十分ではなかったため、正常に働かなかったと考えられる」とする報告書をまとめています。

事故の原因はその設備にありました。ただ、この事故を見た多くのコミケファンの間で、会場のエスカレーターで万が一事故が起きれば、イベントそのものに批判が集まりかねないという危機感が広まったのです。

自分たちで作ったルールを守る

さらに会場を歩いて感じたのは、エスカレーターの乗り口付近で2列乗りを呼びかけるなど、ルールを徹底させるスタッフの存在です。

Vサインで呼びかけるスタッフ

聞けば5年や10年などと長くボランティアとしてコミケの運営に携わってきた人が多いそうです。安全に運営することで、この楽しいイベントがいつまでも続いて欲しいと思っているのです。

今回、エスカレーターの乗り方とは別に、面白い光景をいくつか見つけました。そのひとつが、「最後尾札」です。

最後尾の札を受け継ぐ

人気の本などを売っているブースには長い行列ができます。その行列の最後を示すのが最後尾札ですが、コミケでは最後に並んだ人が、それまで最後だった人から札を受け取り、高々と掲げるのです。

デパートなどでは係の人がやることですが、コミケでは参加者が「係の人」になるのです。
コミケは、もともとマンガ好きの人たちが、自分たちの作品の発表の場として運営を始めたイベントです。その人気が高じて、ことしは4日間で73万人と過去最高の参加者数を記録する大イベントに成長しました。
その中で、どうしたら皆が快適で安全にイベントを楽しめるかを、自分たちで考えながら対応してきたのだと実感しました。

2020年のその先を見据えて

最近では、アジアやヨーロッパなど、海外から訪れるコミケファンも増えたコミケ。共同代表の市川さんは、来年はオリンピックの関係で開催規模が一時的に小さくなるものの、その先はさらに多くの人が訪れ、さらに世界的なイベントになると考えています。

市川孝一さん:
「東京オリンピックで、この有明の街もクローズアップされるし、大会のあとは会場が広がるため、より多くの人たちが集まってくると予想しているんです。新しい国内外のファンの人たちも、古くからのファンがみんなで築いてきたモラルやマナーを守って、一緒にイベントや街を盛り上げてくれるひとりになってほしいんです」

コミケを巡ってはその人気ぶりから、禁止されている開場前の徹夜が後を絶たないことや、炎天下の行列で体調不良になる人など、課題も指摘されています。
それでも、自分たちのイベントを自分たちで育て守るという熱い思いがあれば、これからも新たなアイデアが出てくるように思いました。
それが、エスカレーター乗り方改革先進地を作り出したように。

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