日本語で話しかけてほしい

(2019.6.5 取材:大分放送局・大室奈津美/ネットワーク報道部・玉木香代子)

3年前の熊本地震で、避難所になった体育館の写真です。奥で過ごす日本人と手前にいる外国人との間に、“溝”ができていました。

「日本語が通じない」という日本人の思い込みが、この“溝”を作り出していました。でも、居合わせた外国の人たちはこう思っていました。

「日本語でいいから話しかけてほしい・・・」

人生で初めての震度6弱

この様子を撮影したのは、大分県別府市に住むベトナム人留学生、ルオン・フー・ロックさん。平成28年4月、来日してわずか2か月後に熊本地震が起き、自宅アパートで震度6弱という「生まれて初めての揺れ」を経験しました。

アルバイトから家に帰って1時間後に地震がありました。家が揺れて、ヒーターとか鏡とか靴とか、いっぱい落ちたんですよね。怖かったんで、すぐ家を出ました。(ルオン・フー・ロックさん)

被災したルオンさんの部屋の写真です。

避難所で経験した“溝”

とりあえず家を出たルオンさん。でも、何をどうしていいのかわかりません。日本人と一緒にいたほうがいいと考え、あとをついて公民館に行きました。

ラジオから流れているのは日本語だけでした。一晩を過ごしましたが、中学校の体育館に留学生が集まっていると聞いたので、そちらに行くことにしました。

ルオンさんは体育館の“溝”にショックを受けました。

日本人が私たち留学生を 避けている感じがしました。 外国人とは話したくないという雰囲気を感じてつらかったです。日本の人からの情報があれば、もっと安心できたのにと思います。(ルオンさん)

浮かび上がった“ことばの壁”

実は、ほかの留学生たちも、ルオンさんと同じことを感じていました。ルオンさんが通う立命館アジア太平洋大学では、日本人と外国人留学生が当時どのように行動したのか、地震後に聞き取りをしていました。

調査した研究者のみなさん

(留学生の証言)
「友人や母国の情報は間違いが多いので、日本人から信頼できる情報を得たかった」
「日本語は少し読めるが、災害の情報は、知らない漢字ばかりで分からなかったので、日本人に教えてもらいたかった」

一方、日本人の側は“ことばの壁”を感じて声をかけられなかった人が多かったことも見えてきました。

(日本人の証言)
「言いたいことがあっても、日本語が通じるかわからない」
「英語ができないから話せない」

日本語で大丈夫!?

避難所での溝を再び生じさせないようにするにはどうしたらいいのか?
調査を行った日本語教育の研究者の1人、山内美穂さんに聞くと、意外な返事が返ってきました。

日本語で大丈夫。外国人だからと言って、必ずしも外国語で話さなければいけないわけではありません。日本に暮らす外国人の多くは、程度の差はあれ、日本語でコミュニケーションをとることができます。ただ、その時は“やさしい日本語”を使うとよいでしょう。

やさしい日本語とは?

日本語を学び始めた外国人に理解しやすいような、約2000の語彙と、主に短い単文でつくった、災害時に適切な行動をとるための表現にしたことばを指します。

平成7年の阪神・淡路大震災で外国人への避難誘導などが課題となったことから、多くの言語研究者たちが、研究・普及を進めてきました。

具体的に例示しましょう。例えば災害時に特有のことばを次のように置き換えます。

《やさしい日本語の言い換え例》
×避難所
○みんなが逃げるところ

×津波
○とても高い波

×炊き出し
○温かい食べ物を作って配る

こうしたことばを用いるとともに、できるだけ短い文章にすることで、やさしい日本語になります。

《やさしい日本語の文例》
「避難所・みんなが逃げるところは安全です。避難所はだれでも使うことができます。避難所に行ってください。ぜんぶ無料です。お金はいりません」

ちなみに外国人も知っておいた方がよいことば、この場合は「避難所」ですが、これはそのままで、同時に言い換えを添えるとよいそうです。

外国人は災害弱者

法務省によりますと、平成30年末現在で日本に暮らす外国人は、過去最高の273万人で、約50人に1人が外国人となる計算です。

出身の国や地域も195にのぼり、労働人口の不足などを背景に多様な言語を話す人たちが日本に暮らしているのです。

一方、やさしい日本語が生まれるきっかけとなった阪神・淡路大震災では、外国人が災害弱者になりました。死者や負傷者の割合を日本人と外国人で比較したところ外国人の方が高かったのです。

都市防災研究所の調査をもとに大学が作成

自治体などは災害マニュアルなどの多言語化を進めていますが、災害直後にマニュアルを配ったり翻訳したりしている余裕はありません。

でも「やさしい日本語」なら、隣の日本人が情報を伝えて命を守ることができるのです。

2020年に向けて活用を

やさしい日本語は、外国人観光客が大勢訪れる2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、総務省消防庁が避難誘導の手段のひとつとして活用を呼びかけています。

去年、作成したガイドラインには、スタジアムや駅、空港などで災害が発生した際に、避難誘導に生かせる9つの基本フレーズを載せています。

消防庁のパンフレットです

観光客に通じるの?

でも、日本語に不慣れな観光客にも、やさしい日本語は通じるのでしょうか?

それを確かめる実験がことし4月、青森県弘前市で行われました。

避難訓練の様子です

2週間前に来日したばかりのベトナム人に協力してもらい、大勢の観光客でにぎわう「弘前さくらまつり」の最中に地震が発生したという想定で、やさしい日本語を使った避難訓練に参加してもらったのです。

日本人が「大きな地震。体を守って」と身ぶり手ぶりを使いながらゆっくりと話しかけ、「避難所」を「逃げるところ」などと説明しながら、公園から100メートルほど離れた観光施設に誘導することができたそうです。

弘前大学の佐藤教授によると、うまく誘導できた要因には「ハーディング効果」があったといいます。

これは、周りと同じ行動をとることで安心する人間の心理現象を意味するもので、訓練では、観光客の中にいる少しだけ日本語を理解する人を誘導することで周囲の人たちも動きだし、全員が避難所へ移動したのです。

弘前大学の佐藤教授です

「シンプルな英語などとあわせてやさしい日本語を広めることが、災害時に外国人の命を守ることにつながる。国籍問わず地域で暮らす人たちの安全をどう守るのか、日本の人たちに考えてほしい」

ふだんからやさしい日本語で

熊本地震の際に避難所で生じた“溝”の原因を突き止めた山内さんたちは、その後、外国の人と地元の人の交流会を開くようになっていました。この交流会に参加する日本人は、やさしい日本語で話すための5つの約束事を守らなければなりません。

5つの約束事です

この日のお題の一つは、「サクラ前線が描かれた地図」をやさしい日本語で説明することでした。日本人は、外国の人たちにいろいろなことばを投げかけてその反応を確かめます。

例えば「予想」と話しかけると「ヨソウ?」と鈍い反応。では、「いつごろ咲きます」と言い換えてみると、「ああ」と納得の様子。こうしてできたやさしい日本語による「サクラ前線の地図」は、「サクラの咲く時を表す地図」となりました。

やさしい日本語で、
話しかけよう

交流会は地元の人たちにも変化をもたらしています。参加者の1人、岩田美佐子さんは、外国人と話す機会はまったくなかったものの、昔からたしなんでいる民謡を外国の人に聞いてもらいたいとこの交流会に通うようになりました。

英語はほとんど話せませんが、やさしい日本語でコミュニケーションできることを体験した結果、今では外国人の友人と一緒に出かけたりするまでになりました。

右が岩田さんです。

英語が話せなくても海外の人たちと話せるなんて思ってもみませんでした。今なら、知らない外国人にも、日本語で声をかけてみようかなと思えます。(岩田さん)

交流会を開催している山内さんも“外国語を話せないから、外国人は苦手”と決めつけないでほしいと訴えます。

“やさしい日本語”で気軽に話しかけてみたら、意外とコミュニケーションがとれるかも。そんな考え方が広まれば、日本人と外国人が歩み寄って、災害などの厳しい状況でも助け合える社会に近づくと思います。

そう、いざというときのために災害の時に頼りになるのは、隣のあなたの「やさしい日本語」なのです。

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