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19のいのち

65歳の男性

65歳の男性

更新2020年03月 更新

法廷で読まれた兄の調書から

テレビのニュースで事件を知り、電話で話した職員に弟が無事かどうか尋ねたら職員は一瞬黙ったあとで「亡くなりました」と言いました。自分の感情がなくなったようでした。そして「何で亡くなったんだ、そもそも何でこんな事件が起きたんだ」と疑問があふれ出てきました。施設に着いても説明のないまま時間が過ぎていきました。隣の部屋にあった名簿を見てみると、名前の横に「死亡」とだけ書いてありました。「文字だけでは分からないから、早く会わせてくれ」と思いました。その後、面会室のようなところに通されました。弟の遺体はそれほど冷たくなく寝ているだけなのかなと思いました。しかし何度名前を呼んでも返事はなく、亡くなったのが現実のことなのだと、この時やっと気づきました。

弟は生まれつき障害があり、生まれてすぐに施設に入りました。障害の程度は重いほうだと思いますが、「いい」とか「いや」とか簡単なことばなら話すことができました。弟は私の娘のことを「ちび」と呼んでいて、大人になり大きくなっても「ちび、ちび」と目を細めながら呼んでいてとても優しかったです。弟は動物が好きで、施設に行くときにお土産として動物の絵本を持って行くと、とても喜んでいたのを覚えています。特に犬が好きでした。

なるべく会いに行きたいと思っていましたが、足を悪くして行けていませんでした。最後に会ったのはおよそ2年前で、弟が十二指腸潰瘍で入院した時でした。弟とはこれから一緒に過ごしたいと思っていたやさきの事件で、とても悔しい気持ちです。被告には当然の結果として裁判を経てふさわしい処罰を受けてほしいと思います。それよりも、当時何が起きていたのか真相を明らかにして、同じような事件が2度と起こらないようにしてほしいと思っています。

更新2020年01月 更新

元施設職員(40代・男性)

たい焼きくらいの大きさの魚の形をしたブリキのおもちゃが大のお気に入りで、いつも枕元に置いていて寝る前になでるのが習慣でした。施設ではお手伝いをよくしてくれて、脱衣所のタオルの交換の時に替えのタオルを持って、職員の後ろについて行く姿が印象に残っています。また、いつも食事の茶碗を食卓に並べてくれる利用者さんの調子が悪いとき、代わりにやってくれていました。要所要所で存在感を示してくれる、スーパーサブみたいな存在で、いつもニコニコしていて穏やかな人でした。

更新2017年01月 更新

元施設職員(男性・50代)

すごく温厚な性格の方でした。ふだんの生活では、ほとんど自立して生活していました。テレビが好きで、特に歌番組をほかの利用者と一緒によく見ていました。音にとても敏感で、盆踊りなどの行事で音楽が流れたりすると、すぐに音の方に走って行ったりすることもありました。動物も好きで、部屋に動物のぬいぐるみを置いていたのを覚えています。おちゃめなところがあり、出勤してくる職員を小走りに玄関まで迎えに行っていました。いつも散歩の時には声をあげてはしゃいでいました。職員、利用者問わず、誰とでも仲が良く好かれる方でした。

元施設職員

言葉は思うように話せませんでしたが、本当に活動的な方で、よく食事のあとの掃除や食器の片付けなどを自発的に手伝ってくれました。仲間思いで他の利用者が困っているとすぐに職員を呼びに来てくれて、すごく助かりました。「ありがとうね」と言うと、無言でスタスタ去って行くのですが、その姿が印象深かったです。

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