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19のいのち

66歳の男性

66歳の男性

更新2020年03月 更新

法廷で読まれた姉の調書から

被告は障害者の人権を無視し、それまで家族がどれだけの思いで支えてきたかという心情を無視してゲームのように尊い命を奪い去りました。事件のあと「なぜ、どうして」と終わりなき自問自答を繰り返す日々を過ごしています。被告には弟が味わった以上の苦痛を味わわせてやりたいと思いますが、そんなことをしても大切な弟はかえってきませんし弟は悲しむと思うのでできません。このやり場のない怒りや思いはどこにぶつければよいのでしょうか。

弟は言葉は話せませんが「あー」「うー」と一生懸命意思表示をしようとしていました。歩いたり食べたりトイレに行ったりは自分でこなすことができていました。車いすに乗っていましたが歩けないからではなく、全盲で危険だからでした。歌が大好きで、好きな曲が流れると身振り手振りで「あー」「うー」と歌ってくれて、家族を楽しませてくれました。楽しい雰囲気も大好きで、家族が楽しくしゃべっていると、まるで会話に自分も入っているように笑顔を見せてくれました。私たち家族は弟の笑顔が見たくて、いつも楽しい会話にあふれていました。

施設で面会したことも楽しい思い出です。弟はドライブが好きで、自分でドアを開けて乗り込み「早くどこかへ連れて行って」とばかりに「あー」「うー」と話し、はちきれるような笑顔でした。果物も大好きで、特にさくらんぼと桃狩りに行くのが好きでした。やまゆり園のバス旅行では甘い果物をいっぱい食べていました。事件が起きた年には車いすで新江ノ島水族館に行きました。弟は目が見えないので魚やイルカを見ることはできませんでしたが、私たちが後ろで「きれい」「すごい」としゃべっていると楽しい雰囲気を察するのか、にこにこしていました。何気ない1つ1つの出来事が特別な時間で、楽しい記憶を残そうと弟と会うときは必ず写真を撮ってアルバムに保存するようにしていました。今は写真を見ると凄惨な事件を思い出し、弟がいなくなった現実を突きつけられるようで、写真はほとんどひつぎに入れて一緒に天国へやりました。

私の大好きな弟の笑顔を奪った被告が憎くてしかたありません。テレビで、被告が「障害者は価値がなく死んだ方が日本のためだ」と話していると聞きましたが、自分がしたことを反省せず、悪びれずに日本の福祉制度や私たちのような家族のためだと言わんばかりで、被告への憎悪が募るばかりです。

更新2017年01月 更新

元施設職員(男性・30代)

音や香りにとても敏感な方でした。とにかく散歩して外の空気を吸うのが好きだったと覚えています。ラベンダーやミントなどのにおいがするアロマオイルもお気に入りで、香りを嗅いでうれしそうにしていました。そんな穏やかな日々を過ごしていた方でした。

元施設職員(男性・70代)

本当に家族に大切に育てられていて、優しい人でした。メンソールの香りが好きで、鼻の下にちょっぴりつけてあげるとご機嫌になったことを覚えています。とにかくご家族のことが大好きで、ご家族も彼のことを大切にしていて、毎月必ず面会に来られていました。面会の時はもう大喜びでドライブに出かけたりしていました。

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