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19のいのち

35歳の女性

35歳の女性

更新2020年03月 更新

法廷で読まれた父親の調書から

妻が亡くなったあと私が娘の一番の理解者で、娘もそう思ってくれていたと思います。事件のあとは何も手がつかないし、気持ちが追いつきません。娘が殺されたことと向き合えず、ひと事のように感じている自分がいましたが、このままではだめだと、事件と向き合わないといけないと思っています。

妻はできることはすべてしてあげたいと、幼稚園や保育園には入れず、自分で世話をしていました。家族で海や川にドライブや、キャンプに行ったり、紅葉を見に行ったりしました。人見知りな性格で知らない人には近づくことはできなかったが、家族はして欲しいことをしてくれるとわかっていて、ことばは話せなくても、家族はある程度理解できていました。

かわいい娘と離ればなれになるのはつらかったですが、妻の病状が悪く入所させたほうがいいと判断しました。娘はいつも食堂にいて、私は手を握って話しかけたり、園内を車椅子で散歩したりしていました。7月に会いに行ったときは私の腕に力が入らず、だっこができず、散歩ができなかったので、すごくさみしそうな顔をしていました。そのさみしそうな顔が最後に見た姿になってしまいました。ニュースで事件を知って「大丈夫なのか」と心配になり、すぐに津久井やまゆり園に電話をしました。亡くなった中に娘がいると分かり、「どうして娘が殺されなければいけないのか」という思いでした。

娘は私が「先に寝るね」と言うと、先回りしてベッドに入るようなかわいい子でした。トイレを上手にできたと褒めると本当にうれしそうにしていました。ドライブが好きで窓から見える景色が移り変わる様子を楽しそうに見ていました。弾けるような笑顔が今も心に残っています。娘との思い出はもう増えません。笑いかけることもありません。娘は娘なりに一生懸命生きてきました。娘がいることが当たり前で、その笑顔が何度も私を救ってくれました。もう笑顔を見ることができず、残念な気持ちです。人の人生を終わらせる権利はないはずです。障害があったからだと言われ、「そんな理由で殺されたのか」と被告を絶対に許すことができません。障害がある人が生きているだけで迷惑なのでしょうか。何を思うかは個人の自由ですがその価値観を私たちに押しつけるなと言いたい。私たち家族は娘と一緒にいられて本当に幸せでした。この感謝の気持ちをもっと伝えてあげたかった。被告が早く極刑になることを願います。

更新2017年01月 更新

施設関係者

フルーツとコーヒーが大好きな方でした。施設で暮らすようになってからも、ご家族から受けた愛情に包まれながら笑顔で過ごしていました。

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