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パンデミック 激動の世界(8) 「音楽&スポーツ 熱狂なき空間」

密な空間に見知らぬ者どうしが集まり、熱狂を生み出してきた音楽とスポーツ。感染拡大のなかで「不要不急」と位置づけられ、真っ先に自粛を求められ、本格的な再開も最後になると言われています。ライブがなくなり、新しい音楽の表現方法を探す、サカナクションの山口一郎。ドイツの無人のスタジアムで戸惑いながらプレーする、サッカー選手長谷部誠。オリンピック開催への不安を抱えながらメダルを目指す、バドミントンの奥原希望。3人のミュージシャンとアスリートは、熱狂が消えた空間で何を失い、何を見つけたのでしょうか。

 

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ライブという“生命線”が断たれた音楽業界

・生き残りをかけ、中国市場を開拓

業界をリードしてきたエイベックス。安室奈美恵や浜崎あゆみを送り出し、破竹の勢いで成長を続けてきましたが、2020年のライブの売り上げは9割減。12月には、建てたばかりの本社ビルの売却を決めました。

 

エイベックス 黒岩克巳社長

「ライブはほぼ全部全滅状態。中止にしたりとか、損害もありますしね。悔しいですよね。本当悔しい」

 

日本では、2000年以降、CDの売り上げが大きく落ち込む一方、ライブが数も規模も年々拡大し、音楽市場全体の6割を担うほどになってきました。そのライブという生命線が断たれたのです。

 

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音楽市場の売り上げを表すグラフ(2000年以降)

 

会社存亡の危機を乗り越えるために、活路を見いだそうとしているのが14億人の中国市場です。日本人の若手シンガーに中国語をマスターさせ、中国で受ける曲、ビジュアルを研究し、テレビ番組などに出演させ、ブームを起こそうとしています。

「韓国なんかでは世界的なヒットっていうのはここ2、3年、非常に顕著に結果が出ています。世界的なコンテンツをどう作っていくのかということを捉えていかなきゃいけない」(黒岩社長)

 

・ライブの中止や延期で収入は9割減

去年11月、少しずつ日常を取り戻す東京。しばしばクラスターが発生しているライブハウスは、恐る恐る再開していました。声を上げることは禁止。それでも、「生の音楽」は聴く人の心を揺さぶります。

「ずっと泣きながら聞いていました」(女性ファン)

「覚悟を持って来たんです。ある意味、感染が増えているし」(女性ファン)

「ライブを見て、まだ感動できるんだということを確認できたので、ちょっと安心しました」(男性ファン)

 

ライブはこの1年、9割が中止や延期に追い込まれ、ライブを支えてきたスタッフは仕事を失い、廃業する人も続出しています。

観客を集めることができない今、盛んに行われているのが無観客でのオンラインライブです。これまでチケットの入手が困難だったライブが、半額程度で、しかも家庭で楽しめるようになりました。しかし、大きな収益を上げられるのは、ひと握りのミュージシャンに限られているのが現実です。

ライブで直に音楽を届けることを追求してきたサカナクションの山口一郎さん。このままでは、パンデミックが去っても、ライブができなくなってしまうと危機感を抱いています。最も心配していたのは、これまでライブを陰で支えてくれたスタッフのことでした。

 

SNSで対談したのは、サカナクションのライブの音響を担当する、サニーさんこと、佐々木幸生さん。山口さんが最も信頼するスタッフです。

 

山口「サニーさん心配っすわ」

サニー「もうちょっとは持ちこたえられます、一応」

 

佐々木さんの会社の売り上げの大半は、音響機材のレンタル料。倉庫には、ライブがなくなり、出番を失った機材が山積みになっていました。売り上げは9割減。

「これがコンサートで使うスピーカーなんですけど、もう何も出ていない状況です。これだけ残っていたら会社潰れちゃう。入ってくるものがないんで」(佐々木さん)

 

・3割の人が「死を考えた」

ライブハウスや小劇場などで働く人の団体は、窮状を訴え、各省庁に支援を求めています。ようやく再開へと動き出したところでの第3波。この団体の行ったアンケートでは、文化芸術に従事する人の3割以上が、「コロナ禍で死にたいと思ったことがある」という結果になりました。

 

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アンケート結果は、3割以上が「ある」

 

文化庁は、年間予算の半分にあたる560億円を確保し、文化事業従事者への支援を行っています。従来、支援してきたのは、オペラや浄瑠璃など、ビジネスとして成立するのが難しい分野。縁が薄かったエンターテインメント業界からの支援の要請をどう扱うべきか、議論に時間がかかっていました。

国の支援を待っていては手遅れになる。山口さんはライブエンターテインメント事業者や、スタッフを支援するための基金を設立。ラジオに出演し、リスナーに向けて支援の呼びかけを行いました。ファンや企業などから1億6000万円が集まりました。

「彼らがいなければ、僕らは今後コロナが収まってもコンサートができなくなるし、自分たちが何かをやりたい、表現したいと思ったときに彼らがいなかったら、それができなくなっちゃうんですよ。仲間を守ることで、自分たちの音楽を守る。で、自分たちを応援してくれている人たちに音楽を届ける」

 

パンデミック時代の新しい音楽ライブの形とは

・空気の振動を体感する暗闇ライブ

8月に無観客のオンラインライブを行ったサカナクション。そこで山口さんが改めて感じたのは、観客の存在の大きさでした。観客の反応を見て、バンドの演奏も白熱し、観客がさらに熱狂する。そのつながりこそ、自分が求めていたものだと痛感しました。熱狂が許されない今、観客とどうつながるか模索が始まりました。

考えたのは「暗闇ライブ」。ステージも客席も真っ暗にし、観客に静かに音楽の世界に没入してもらおうという試みです。音楽という空気の振動に、ともに身をひたすことで、熱狂に代わる新しい感動が生まれるのではないかと考えました。

「声を出さないし踊らないけど心の中で感動するっていう瞬間って、よくあるはずなんですよ。言葉にできない、空間が一つになる瞬間であったり、振動を体で感じる。で、祈るように歌う思いが必要だなって。人の心に入っていくとか、しみるっていう感覚」

暗闇ライブの開催は1月上旬の予定。久しぶりのライブに向け、どうしたら感動を共有できるか新しいアイデアが浮かんできます。

「リスナーも僕らも双方がわくわくすること。これを機にコロナ禍で横のつながりみたいなのが音楽からできればいいかな、みたいな気持ちもある」

 

無観客のスタジアムでプレーすることへの戸惑い

・いち早く無観客でのリーグを再開

11月、ドイツでは1日平均1万8000人と、日本の10倍以上の感染者が出て、去年春に続く2度目のロックダウンが始まっていました。そんな中、ブンデスリーガは去年5月にリーグを再開、無観客で試合を続けてきました。世界の主要スポーツが全て止まる中で、先頭を切っての再開でした。

フランクフルトでプレーする長谷部誠選手は、自宅と練習場を往復するだけの生活を余儀なくされていました。

「多くの方々が不要不急の外出を避けて、家にいる中で自分たちがプレーしていることを見せて、国民の皆さんに何か感じてもらおうというふうにみんなで話していましたけれどね」

しかし、世論調査ではドイツ国民の半数以上が「今はサッカーを楽しむ時ではない」と、再開に反対していました。

 

・肥大する経済的な存在価値の影で

その反対の声を押し切り、リーグ再開を決めた背景には、巨額の放映権をめぐる決断がありました。ヨーロッパサッカーの放映権は年々、獲得競争が激化し、価格は高騰を続けています。現在ブンデスリーガ全体が手にする1年の放映権料は1800億円。入場料収入の約3倍にもなります。無観客でもゲームを行うことで、リーグの経営を維持しようとしたのです。

 

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年々、価格が高騰しているヨーロッパサッカーの放映権

 

ブンデスリーガ クリスチャン・ザイフェルトCEO 会見

「“幽霊試合”と言われようと試合をすることが大切なのです。はっきり言って、ブンデスリーガは商品なのです。商品を作らなければリーグの存在が無くなります」

 

長谷部選手

「僕はもともとスポーツは、できるだけ経済面の部分から切り離して考えたいと思っていたスポーツ人であって、今回のコロナ禍でより経済との結びつきという部分の大きさを痛感してしまった。なんとも、自分が信じていたものと少し違うものが見えてきてしまった。本当にこれは正しいことなのか、自問自答をすごくしましたね。そして今現在も正直、しているところですね」

 

無観客試合は、長谷部選手のプレーにも影響を与えていました。いつもなら、歓声に勇気づけられ、ブーイングに闘志が湧きます。無人のスタジアムで聞こえるのは、選手同士の声とボールが行き交う音だけでした。

「やはり観客がいるといないとでは、やはりまったく違いました。最後の一歩がなかなか出てなかったりだとか、サッカーは1対1の戦いなんですけど、1対1の戦いの激しさであったりとか、いろんな変化はあった。僕たちはほぼ1年近くを無観客の中で試合をしている形になっているので、これが自分たちの日常になってしまわないか、慣れの部分での恐怖心、不安はありますね」

 

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取材を受ける長谷部選手

 

・ファンとつながり、文化をつなぐ

一方、ファンとのつながりを大切にしてきた日本のプロスポーツは、コロナ禍でそれが断ち切られ、苦境に陥っていました。プロ野球、横浜DeNAベイスターズです。去年の観客動員は、前年の2割にまで落ち込んでいます。

DeNAはこの8年、最も観客動員に成功した球団です。テレビ中継が減り放映権収入が期待できなくなる中で、野球ファン以外にもスタジアムに足を運んでもらおうと、さまざまな企画を打ち出してきました。観客は2倍に増え、座席の稼働率は98%。その企業努力がコロナ禍の今、裏目に出ているのです。

しかし、DeNAはパンデミックの今でも、その姿勢を貫こうとしています。新しいやり方でファンとつながる試みを始めています。バーチャル空間に画面スタジアムを再現し、新たな観戦体験を提供。憧れの選手とオンラインで会話できる企画を展開しています。

 

子ども「ホームランの打ち方を教えてください」

佐野恵太選手「腕がちぎれるくらい思いっきりバットを振ってます」

 

木村洋太副社長

「まだまだ厳しい状態が続いていますけど、この間に投げやりになったり、あきらめたりすることなく、未来につながる種まきとしてやっていかないといけないと思います。この鉄火場を越えた時に、スポーツという文化がなくなってしまっていないように、われわれが次の時代にたすきをつなぐというか、そういうことをしていかないといけないのかなと思っています」

 

揺れる東京オリンピックに深まる葛藤

・オリンピックへの複雑な思い

12月中旬、第3波が襲い、東京の感染者は1日500人を超え始めていました。東京オリンピック開催を待ち望む声は、急速にしぼんでいました。この頃行われた世論調査では、オリンピックの中止や再延期を望む声が6割を超えていました。オリンピックを開催できるのか、できたとしてもみんなは応援してくれるのか。バトミントンの奥原希望選手の心も揺れていました。

「世論が、この状況で無理だろうっていう人と、やってほしいっていう身近な人の意見だったり、いろいろが混ざった時に、自分はどこに向かっていけばいいんだろう。結局、同じところをずっと回ってるんですけど」

 

奥原選手にとって、オリンピックは人生を切り開いてくれた大会です。 前回のリオ大会、日本のバドミントンは大活躍しました。奥原選手もシングルスとして初めてのメダルを獲得。

マイナー競技だったバドミントンが一気に注目を浴びるようになりました。スポンサーは急増し、競技団体に入る資金はオリンピック前の2倍以上に増えました。

奥原選手自身の環境も大きく変わりました。企業がスポンサーにつき、プロに転向し、バドミントンに打ち込めるようになりました。

「オリンピックで結果をだすということがどれだけ影響を与えるのか。その力っていうのは驚きましたね。もう全然世界が違うんだなって。今回は地元東京オリンピックということで、本当にリオよりもすごく大切な大会になってくるんじゃないかと思います」

 

・声援のない孤独な戦い

大会がことごとく中止となる中、1年ぶりの国内大会の開催が決まり、思い悩む日々の中に目標ができました。

12月27日、全日本総合選手権が、無観客で開催されました。奥原選手は順当に決勝まで勝ち進んでいました。対戦相手は最大のライバル、山口茜選手。

 

人のいない観客席から観戦する大越キャスター

「この静かな中で戦うのは、しんどいだろうな。とにかくこの沈黙ですよ。ひりひりするような緊張」

「ああ悔しそう。こういう時、声援ほしいよね」

「何かが欠けているんじゃないのか。誰を責めることもできないんですけど、スポーツってこうだっけっていう感じが、正直するんですよね。うん」

 

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無観客で行われる大会

 

試合は最終ゲームまでもつれこんだ末、奥原選手の勝利。本来ならば万雷の拍手を浴びているはずの見事な優勝でした。

「物足りないなって思いましたし、やっぱり見る人だったり、みんなが1つになって、感動を一緒に共有できる、そういった空気、緊張感も含めて感じてスポーツしているということになると私は思ったので。私自身がやって1人で満足することじゃないなって」(奥原選手)

 

経済と文化 求められる本来の価値の問い直し

・ビジネスとしての価値か、文化としての価値か

スポーツや音楽のシーンで観客と共に作り出される熱狂は、圧倒的なエネルギーをはらんで、さらなる熱狂を呼んでいきます。そこに生まれるのが巨大なビジネスチャンスです。

中でもオリンピックという最大のイベントに集まる潤沢なマネーは、光が当たることが少なかった競技に恩恵をもたらしました。

しかし、そこへ襲いかかったパンデミックは、「熱狂」を奪っていきました。静けさの中で戦うアスリートやミュージシャンたちは、熱狂の背後から立ち現れたビジネスの論理に、いやおうなく向き合わざるを得ませんでした。

東京大学の吉見俊哉教授は、パンデミックは、スポーツや音楽という文化が、ビジネスという側面に偏りすぎてきた現実をあぶり出したと指摘しています。

 

大越「スポーツや芸術といった文化も世界がグローバル化していく中で経済論理が先になっていく傾向は多かったと思うんですね。そこにわだかまりを非常にアスリートは感じている」

吉見「私は1980年代以降、歴史が大きく一つ転換したんだと思っている。80 年代以降、いわゆる新自由主義的グローバリゼーションというものが進んでいく。その中でさまざまなスポーツイベントも、それから音楽イベントも巨大化していくという流れがあった。音楽も、スポーツも、メガイベントをやればいい。経済的にどんどん大発展すればいいということと、本来のスポーツの価値とか、本来の音楽の価値、つまり本来の文化の価値は違うと思うんですね。スポーツイベントや音楽イベントというのはどういうものなのかということを設計し直していくことが今の時代、特にコロナパンデミックの中で私たちが問われていることなんじゃないかと思います」

 

再び猛威を振るう新型コロナ 打ち砕かれる希望

・感染拡大で「暗闇ライブ」断念

12 月下旬、全国の感染者数は1日3000人を超え、音楽やスポーツイベントに向けられるまなざしはいっそう厳しくなっていました。この頃、山口さんは群発性頭痛という深刻な病気に苦しんでいました。突然、発作的な頭痛が襲う病気です。

SNSでファンに向け、発信した動画ではこんなふうに語っています。

「頭が痛いから、ほかの痛みでごまかそうと思って、フォークを太ももにぶぁーって当て続けたりとか、あと、歯を抜こうと思ったりとか、頭がおかしくなっちゃうんですよね、痛すぎて」

「メンタルがすごく、グラグラで。落ちるととことんまで落ちちゃうから、踏ん張るんだけど、なんかもう全部やめたいとか、何もかも全部終わらせたいとか。ギター持つのが恐いんだよな」

感染者数は連日、過去最多を記録。ライブイベントが次々に中止に追い込まれる中、山口さんも「暗闇ライブ」の中止を決断しました。

「コロナ禍での新しいイベントの楽しみ方を実現したかったんですけど、そうも言っていられないということになってしまいました。ですがこの姿勢は今後も変わらないですし、コロナがあるこの社会の中で、どう音楽を伝えていくか、そういう方向に進んでいきたいなと思っております」

 

・直前で、ワールドツアーへの参加中止

バドミントンの奥原選手は1月3日、他の選手とともに、タイで開かれるワールドツアーに出場するため、成田空港にいました。そこに予期せぬ知らせが飛び込んできました。バドミントンの日本のエース、桃田賢斗選手が新型コロナウイスのPCR検査で陽性と判定されたのです。選手の一人が感染したことで、日本選手全員の派遣が急きょ、中止となりました。

その5日後、緊急事態宣言が出されました。空港から戻り、2週間自主隔離の生活を送っている奥原選手に、緊急事態宣言をどう受け止めているのか尋ねました。

「なんて言ったらいいんですかね。正直、より厳しくなってしまったなというのが率直な感想です。やはりオリンピックが開催される年、またもう少しで開催の可否が出るこのタイミング、直近というのは、すごく影響力があるのかなと思ってしまいますね。また見えなくなってきてしまったなと思っています」

 

・ドイツで起こるファン離れ

長谷部選手の暮らすドイツ・フランクフルトでは1月、感染者は1日で3万人を超え、2月中旬までロックダウンを延長することが発表されました。それでも変わらず、ブンデスリーガは行われていました。

ドイツ全土のサポーターのクラブを束ねる団体は、無観客試合を一刻も早くやめるべきだと、リーグに対して、要望書を提出。要望書には50万人が署名しました。

長谷部選手がプレーするフランクフルトでも、サポーターをやめる人が続出していました。祖父の代からチームのサポーターを続けるラウフさんもその一人です。

「スタジアムでの観戦は、いわば家族の集まりのようなものでした。前もって集合して、たくさんのことを語りあって、日常を忘れてクラブのためだけに時間を共有する、それこそ私が必要としていたことであり、私にとって重要なことだったのです。でも、どうやらクラブもリーグも、われわれファンを必要としていないようですね」

 

大越「やっぱりファンが離れているのではないか、この指摘に対しては、どうお考えでしょうか?」

長谷部「それは間違いなくあると思いますね。テレビで見ていてもやはりサポーターがいないサッカーっていうのは、盛り上がり、熱気に欠けるよねと。そしてサッカーを見なくなってしまった方々もやっぱり多くいるんですよね。スポーツの存在意義っていうのは、やはり多くの方に感動を与えたり、何かを感じ取ってもらったり、スタジアムだったら熱気、喜怒哀楽を共有することであったりとか、そういうものに存在価値をすごく見出していたので」

 

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長谷部選手に取材する大越キャスター

 

厳しい状況の中でこそ“不要不急”の価値が輝く

・ロックダウンの街に響いた歌声

スポーツも音楽も、観客の熱狂が、その価値の一部を作り出しているように思います。

長谷部選手が恐れていたのは、観客とのつながりが断ち切られることで、信じてきたサッカーの価値も損なわれてしまうことでした。今、ドイツで起こっているサポーター離れは、リーグがグローバル市場に目を向けるあまり、苦楽を共にしてきた地域の人たちを置き去りにしたことへの怒りの表れでした。

熱狂が失われたことで、変質を余儀なくされているのは、音楽も同じです。困難に直面する音楽とスポーツは、これから、どこに希望を見出せばいいのか。東京大学の吉見教授は歴史の中にそのヒントがあると言います。

 

「長い歴史の中で考えてみると、経済が拡張し、やがてパンデミックが起こり、という時代と、そのあとにある種、経済的には収縮するんですけれども、文化的には成熟していく時代が来ているような気がします。今回のコロナパンデミックで、とっても印象に残っているシーンがあるんですね。それは3月か4月ぐらいだったでしょうか。イタリアやスペインの都市で、街は完全にロックダウンしているわけですけれども、道路をはさんで両側に住んでいる人たちが出てきて合唱したり、演奏会のようなことをしたりしていました。その風景がなかなか感動的で、これこそ、私は文化の原点だというふうに思いました。こういう厳しい状況の中で、だからこそ人間は遊ぶ存在である。つまり、不要不急というものが最も人間にとってエッセンシャルなんだというふうな考え方を少しでも多くの人が持ち続けるということ。これがとても私は大切なことだと思います」

 

ファンとのつながりでつかんだ手ごたえ

・「リスナーと同じ立場にいる」という気づき

「コロナになってハッて気づいたのが、あっ、今って、ほんとにリスナーと自分が同じになったと思ったんですよ。家にいて、不安な気持ちがあって、夜、どう乗りこなしたらいいかわからない。感覚が一緒になったんですよね。この状況を音楽にしないと、僕はミュージシャンとして絶対だめだと思ったし、この感覚を頭の中にちゃんと焼き付けておかないと」

1月下旬、高止まりを続けてきた感染者の数は、少しずつ減り始めていました。山口さんは、創作の糧にしたいと考える経験をしていました。SNSでファンとの対話です。時間ができ、何気なく始めたものでした。

 

山口「卒業式はどうだったの?」

小学生「卒業式は超短縮版で、卒業証書も1 人ずつもらえなくて」

山口「そっか、ちょっと残念だったな。ちょっと待ってろよ。卒業にちょっと一曲歌ってやるか」

小学生「ええっ!?」

♪次とその次とその次と線を引き続けた♪

山口「はい、卒業おめでとう!」

小学生「ありがとうございます!」

山口「いやぁ、もう中学になっても頑張れよ」

 

「僕らが作らなきゃいけないなと思ったのは、寄り添うもの、ライブで盛り上がるための音楽だけじゃなくて、その人の心の隙間にちゃんと入り込むもの、それを作らなきゃいけないんだなっていうことがたくさんの人と話したことでわかりましたし、その隙間の幅の広さ」

 

・必要とされる時は必ず来る

奥原選手もファンとの交流をオンライン上で始めています。自撮り映像を積極的に動画発信していました。

「がんばります!」「バドミントンを楽しむところまで行けないかもしれないんですけど、くらいついて、くらいついて」(奥原選手の動画)

オリンピックの行方がどうあれ、もっと強くなりたいという決意も語りました。

すると、ファンからたくさんの反響が寄せられました。

 

<エネルギーいただきました。こんな世の中だからこその存在感>

<常に前を向いて歩んでいく姿に勇気をいただいております>

 

「待ってくれている人が1人でもいるんだったら、私たちはスポーツをしたほうがいい。不要になる時もあるかもしれない、スポーツ自身が。でも、絶対必要な時も必ず来ると思っています。うん。待ってくださっている方も多いと思いますし、届くように私たちは、やっていく、それでいいのかなと思ってます」

 

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取材を受ける奥原選手

 

・サポーターの前でプレーするまでは

厳寒のドイツ、1月18日、長谷部選手は37歳の誕生日を迎え、リーグの最年長プレイヤーのひとりとなりました。ここに来て調子は絶好調。コンスタントに出場し、チームは7勝2引き分けです。

「このパンデミックの中で、サッカーを引退、キャリアを終えた選手たちっていうのも僕は何人も見てきた。多くの選手がやっぱり歯がゆい形、最後ファンやサポーターにスタジアムで感謝を伝えられなかった選手を目の当たりにして。やっぱり最後ね、このままでは終われないというか、僕自身はやっぱりここを頑張ってまたサポーターの前で、プレーしてから、スパイクを脱ぎたいなって感覚があります」

 

大越健介キャスターの取材後記

パンデミックの中で、3人の試練は続きます。しかし、熱狂が失われた今だからこそ、見えてきたこともあります。自分を支えてくれていたのは巨大なビジネスの論理とはまた別のところにある、ファンとの小さなつながりのひとつひとつに他ならないということ。

そして熱狂とは、その小さなつながりの集合体なのだとも言えそうです。

音楽とスポーツを支え、突き動かしてきた熱狂の意味をパンデミックの中で見つけたミュージシャンとアスリート。彼らが挑戦の一歩を踏み出すその先に、新しい文化の誕生を期待するのは、決して的外れなことではないように思うのです。

 

・新たな時代への獣道

「今、ほんとにライブだけで生活していたミュージシャンがものすごい大変な時期になってきて、僕らみたいな状況が比較的いいミュージシャンがやぶをこいで、獣道を作って何かやっていかないと、続かなくなっていっちゃうし、音楽っていうものの存在が変異し過ぎてしまう」

危機感を抱き続けている山口さん。新しい曲作りで浮かんだ歌詞のコンセプトは、繰り返し口にしていた「獣道」という言葉でした。

 

<背の高い藪(やぶ)を、手でこぎ道を作る僕らのこの感情は、きっと新たな時代への獣道だ>

 

山口「ちょっと、直そうかな」(笑)

 

関連番組

NHKスペシャル「パンデミック 激動の世界(8) 「音楽&スポーツ 熱狂なき空間」(2021年2月14日放送)