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パンデミック 激動の世界 (6)「"科学立国" 再生への道」

イギリスに次いでアメリカでも始まった新型コロナウイルスのワクチン接種。一方、日本では国産ワクチンの開発が進められてはいるものの、まだ実用化のめどは立っていません。期待される“特効薬”(体内でのウイルスの増殖を抑える薬)の開発でも、研究現場は人材枯渇の危機に直面しています。社会を救う「科学の力」が期待されるこの時に、なぜ日本は真価を発揮できないのか。パンデミックが浮き彫りにした科学立国ニッポンの課題と、再生への道を探ります。

 

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国産ワクチンの開発、“異例の速さ”ではあるが・・・

・短期間で大量に作れる遺伝子ワクチン

世界が新型コロナウイルスのワクチン接種開始のニュースで湧く中、日本でも、それと競うように国産ワクチンの開発が進められています。国内で実用化に向けトップを走っているワクチンの製造現場に、初めてカメラが入りました。

研究チームの中心人物、大阪大学の中神啓徳 寄付講座教授。2020年3月下旬から、創薬ベンチャーと共同でワクチンの開発にとりかかりました。今回、国は、日本もワクチン開発が必要だとして、主な5つの開発チームに対し、485億円の補助金を提供。中神さんたちのチームはそのうち110億円あまりの支援を受けました。

開発に挑んでいるのは、「遺伝子ワクチン(DNAワクチン)」と呼ばれる全く新しいタイプのワクチンです。遺伝子ワクチンは、ウイルスそのものではなく、ウイルスの遺伝子の情報だけを取り出して作ります。これを接種すると、免疫を獲得できる仕組みです。

 

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「遺伝子ワクチン」の仕組みCG

 

遺伝子は人工的に増やしやすいため、短期間で大量にワクチンを作ることができるメリットがあります。世界でいち早く実用化を果たしたアメリカの2つのワクチンも遺伝子ワクチンの一種(mRNAワクチン)です。

「パンデミックがワッと広がった時に、とにかく早く、迅速にワクチンを作る時には、既存の“ウイルスをベースとしたワクチン”よりも早くできるという利点を最大限に生かせることが、今回の遺伝子ワクチンの大きな特色だと思います」(中神さん)

中神さんたちは今回、欧米に負けない開発スピードを目指して、10を超える研究機関や企業と連携。手間のかかる動物実験の評価や試作ワクチンの製造などをそれぞれの専門チームが分担し、時間短縮を図りました。

そのかいあって2020年12月初旬、500人を対象にワクチンの有効性や安全性を確かめる試験にこぎ着けました。これまでにない異例の速さです。

ところが、アメリカの遺伝子ワクチンの開発は、中神さんたちのスピードをはるかに上回っていました。すでに数万人を対象に非常に高い有効性を確認し、去年12月には緊急使用の許可が出され、接種が始まったのです。

 

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アメリカでは、早い段階でワクチンの有効性を確認。2020年12月から接種が始まっていた

 

「もうこれだけ進んでいるということですので、ものすごく早いなというふうに思います。同じ土俵に乗っているかどうかもわからないぐらい、先頭集団はすごく速いスピードだなと思います」(中神さん)

 

なぜアメリカのワクチン開発は速いのか

・国をあげての「ワープスピード作戦」

なぜアメリカは、これほどのスピードでワクチンを実用化できたのか。背景には、感染拡大が止まらず、死者数が急増する中、国をあげて取り組んだ緊急対策がありました。

トランプ大統領は2020年5月、「ワープスピード作戦」と銘打ち、翌2021年1月までに国民にワクチンを届けると明言しました。

目標の達成を可能にしたのは、司令塔の役割を果たす国の組織の存在でした。アメリカの医学研究を束ねる国立衛生研究所、通称NIHです。

有望なワクチンの開発チームをNIHが選び出し、各チームに最大で2000億円を超える開発資金を提供。その代わり、実験のデータなどはNIHに提出するよう求めました。それをNIHの専門家が比較検討し、実用化が見込めるチームには、さらに集中的な支援を行ったのです。

 

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「ワープスピード作戦」では、アメリカ国立衛生研究所(NIH)が司令塔に

 

・実用化への突破力で大きな差

最大の関門は、最終段階の臨床試験。数万人を対象に、ワクチンの有効性や安全性を確かめることが求められます。これも、NIHが全米で15万人もの参加者を集められるネットワークを作り、迅速な試験を可能にしました。

NIH傘下のNIGMS ジョン・ローシュ所長

「私たちは今回、ワクチンの基礎的な研究から開発、効果などを確かめる臨床試験にいたるまで、すべてのプロセスを一貫して支援しています。一連の着実な橋渡しが重要だと考えているのです」

一方、中神さんたちが開発中のワクチンも、国から実用化の承認を得るには、1万人規模の臨床試験を行う必要があるとされていますが、試験実施に向けた具体策は各開発チームに委ねられています。一刻も早く、国産のワクチンを人々に届けようと挑むものの、実用化への突破力では、日本とアメリカの間に埋めがたい差があることが浮き彫りになりました。

 

主要な論文数では世界16位、存在感を示せない日本の科学

・「科学立国」は“幻想”だったのか?

今回のパンデミックで見せつけられた、海外との圧倒的な格差。それはワクチン開発だけに留まりません。科学の成果を世に示す論文の数にも、大きな差が現れていることがわかりました。

新型コロナに関連する医学系の論文は、2020年に入ってからすでに8万本以上にのぼっています。その中でも、注目度の高い主要な学術雑誌に発表された論文の数を、世界の科学研究の動向を調査している3人の専門家と共に調べました。するとトップ3はアメリカ、イギリス、中国。ついでヨーロッパ勢が並び、日本は16位という結果でした。

 

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国・地域別の主要な論文数で、日本は16位

 

研究されているテーマは、「ワクチン」「免疫」「重症化」など、重要なものばかり。いずれの分野でも、日本は十分に存在感を示せていなかったのです。

 

東京工業大学 調 麻佐志教授

「ちょっとショックでしたね。われわれは、言葉では、科学立国、科学技術立国と言っていたけれども、実態はもしかしたら違っていたのかもしれないと思います」

 

慶應義塾大学 鳥谷 真佐子特任講師

「今までのやり方では、もう立ちゆかないようなシステム的な課題、仕組みの問題があるんじゃないかと思います」

 

自然科学研究機構 小泉 周特任教授

「瀬戸際に今、立たされている、そういう状況なのかなという気がします」

 

新型コロナ治療薬の開発、挑戦と阻む壁

・治療薬の研究は、日本の得意分野

日本の新型コロナ関連の研究は、世界に貢献できていないのか。さらに分析すると、国際的に重要な研究テーマに、日本の科学者も取り組んでいることがわかりました。「ウイルスを抑え込む"特効薬"」の研究です。

たとえばインフルエンザではタミフルなどの薬が開発されたことで、体内でのウイルスの増殖を抑え、早く治すことができるようになりました。新型コロナでも、そうした"特効薬"を生み出せれば、ワクチンだけに頼る必要がなくなります。パンデミックの脅威から脱する重要な鍵になると期待されているのです。

じつはこれまで日本は、治療薬の開発研究で、数々の世界的な成果をあげてきました。結核の優れた治療薬を発見した梅澤濱夫博士。1980年代には「死の病」として恐れられたエイズ(HIV感染症)の治療薬を、世界で初めて作り出した満屋裕明博士。その後も、画期的な薬の研究でノーベル賞受賞者を相次いで輩出。治療薬の研究は、まさに日本の得意分野なのです。

 

・長年の研究の蓄積が「宝の山」

新型コロナの治療薬に関する論文を調べると、日本から、欧米にひけをとらない「注目の論文」が出ていることがわかりました。2020年10月に発表された当初、この分野で、世界で最も多くダウンロードされた論文です。鹿児島大学の研究チームが発表したもので、「新型コロナに効く薬の候補を見つけた」という内容でした。

 

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鹿児島大学の研究チームが発表した、世界で最も多くダウンロード(発表当時)された論文

 

研究チームを率いるのは、鹿児島大学ヒトレトロウイルス学共同研究センターの馬場昌範センター長。2020年3月から、「新型コロナウイルスの"特効薬"」の研究に取り組んでいます。目指しているのは、インフルエンザ治療薬「タミフル」のような、"のんで効く薬"です。

実験では、薬になりそうな物質をひたすら容器の中の新型コロナウイルスに作用させて、ウイルスが減らせるかどうか調べます。論文で発表し、注目を集めたのは、こうした研究で見つけ出した有望な薬の候補物質だったのです。

馬場さんたちが、欧米に負けない速さで成果を上げられているのは、長年の研究で蓄えられた約3000種類もの「薬の候補物質」があるためです。じつは南九州では、昔からウイルス性の白血病をはじめ、さまざまな感染症が問題になっていました。そこで馬場さんたちは、いろいろなウイルスに効く可能性がある化学物質を、他の専門家と共同でいくつも作りだし、蓄積してきました。その「宝の山」の中から、新型コロナに効く化学物質が次々と見つかっているというのです。

 

・世界初の発見が、治療薬研究を後押し

大量の候補物質から効果のあるものを絞り込む上で、その探索時間を一気に短縮できる画期的な方法を、別の日本人研究者が発見していました。国立感染症研究所の松山州徳室長らが目をつけた「VERO細胞」です。VERO細胞はサルの体から取り出した細胞。新型コロナウイルスに極めて感染しやすい上、感染するとすぐに死んでしまう特別な性質があることを、松山さんたちは世界で初めて発見したのです。

このVERO細胞が、馬場さんたちの実験を格段に加速させることになります。

まず、VERO細胞を新型コロナに感染させます。そして候補となる薬の物質を加え、細胞が死んでしまえば、その薬は効果なし。無事生き残れば、その薬はウイルスを抑える効果あり。細胞の生き死にを見るだけで、瞬時に効き目を判定できるようになったのです。

こうして馬場さんたちは、通常1年はかかるところ、たった4ヶ月で、4種類、有望な薬の候補物質を見つけ出すことができたと言います。今、それらの物質の効き目をさらに高めるための改良実験を重ねています。

 

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VERO細胞の発見により、瞬時に薬の効き目を判定できるようになった

 

・研究に欠かせない人材が、非正規雇用

しかし、薬をいち早く実用化する上で、馬場研究室は大きな課題を抱えていました。研究を担う人材の少なさです。馬場さんを含め3人で進めていたのです。

最も若い35歳の特任助教・外山正明さんは、チームでただ一人の薬学部出身。薬のエキスパートとして、効果を高める改良実験には欠かせない人材です。ところが、外山さんは「非正規雇用」の研究者。このまま来年の春以降も研究を続けられるかどうか、わからないというのです。

「年度契約になるので、3月31日で雇用期限が切れて、来年度どうなるか、僕自身はわからない。期限が延長されなかったら、どうしようかなというのはありますけれども」(外山さん)

重要な役割を担う若手研究者が短い期限付きでしか働けないという現実。これこそが、日本の科学が低迷している重大な要因として問題視されています。

2007年、全国の国立大学で働く40歳未満の研究者のうち、期限付きの雇用は、39%でした。それが19年には、66%と大きく増えているのです。

 

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40歳未満の国立大学教員の雇用形態を表したグラフ(左:2007年、右:2019年)

 

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 永野智己フェロー

「研究成果を生み出す中心の層はやはり若手研究者なんです。今多くの若手研究者は任期が限られていて、次のポストが得られるだろうかという不安にさいなまれる中で研究に取り組まざるを得ない。これは極めて難しい、大きな問題だと考えています」

 

日本の政策、何が科学を弱らせたのか

・元文部大臣・有馬朗人さんが語る、日本の科学政策の足取り

なぜ、いつから、日本は科学を担う若手研究者が厳しい環境に置かれるようになったのか。その背景を知る重要な人物が、2020年12月初め、90歳で世を去りました。約20年前、文部大臣を務めた有馬朗人さんです。

有馬さんは、原子核物理学の研究で数々の国際的な成果を上げ、日本のエネルギー政策にも大きな影響を与えた科学者です。その後、東京大学の学長などを経て、1998年、文部大臣に起用されました。

このころ日本は、科学論文の数がアメリカに次ぐ、世界第2位に浮上。「科学立国ニッポン」の全盛期でした。

 

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科学論文数 1995−97年平均(整数カウント法)では、日本は世界第2位

 

そんな中、有馬さんに委ねられたのが、「国立大学の大改革」です。各大学が自由に競い合い、さらに研究力を高めることはできないか。有馬さんらの構想をもとに、2004年、国立大学の独立法人化が行われました。

「学問は自由があったほうがいいと、国の方針だけに従わなくて済むようにせよ、と。国立大学法人化をすることによって、自己点検をやる、外部評価もやる。こういうことがきちんと決まったので、よかった」(有馬さん)

このとき科学者たちを奮い立たせようと重視したのが、「研究資金の見直し」でした。

国から各大学には毎年、大学の規模に応じて、「運営費交付金」といういわば運転資金が出されてきました。それに加えて有馬さんが強化したのが、「競争的資金」です。研究者が国に対して自分の研究内容を申請書でアピール。審査で選ばれると、「期限付き」で資金が与えられます。有馬さんは、この競争的資金を増やすことによって、科学界が活性化すると期待したのです。

 

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国から各大学に毎年出される「運営費交付金」の仕組み

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有馬さんが強化した「競争的資金」の仕組み

 

・若い研究者が、研究を継続できない

ところが、事態は有馬さんの思惑とは違う方向へ向かいます。2006年、国の財政改革が厳しく求められる中、大学の土台を支える運営費交付金を毎年1%ずつ減らすことが、閣議で決定されたのです。その結果、選ばれた研究者に期限付きで与えられる競争的資金は増えたものの、期限に縛られない運営費交付金は先細っていきました。

 

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運営費交付金と期限付きの競争的資金(科研費)のグラフ(2004年〜2019年)

 

「大変残念だと思っている。国立大学の運営費交付金はかなりの部分が人件費に使われている。教授、准教授も給料を与えなければいけない。それが減ったら、どこを減らすかというと、40代以下の若手の教員の数がダダッと減った。これが一番問題で、じゃあ研究を続けているかというと、3年契約、5年契約でやっている。そうすると27、8歳で博士号をとって3年たってまたクビになって、3年たってまたクビになる。もう嫌になっちゃうわけ。若手が減ってきたことが一番問題」(有馬さん)

まさに今、この影響を受けているのが、「新型コロナの"特効薬"」の開発に挑む鹿児島大学・馬場研究室でした。減ってしまった運営費交付金で給与をまかなえるのは、正規職員である馬場教授と准教授の2人まで。一方、外山さんは、競争的資金などによって、期限付きで雇うことしかできなくなってしまったのです。外山さんは家に帰れば3人の子をもつ父親です。研究が休みの土曜日は、病院で薬の調剤のアルバイトをしながら、家計を維持しています。本当にこのまま研究者を続けていけるのか、悩んでいると言います。

 

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鹿児島大学・馬場研究室の雇用体制

 

・最短で実用化を目指すAMEDの取り組み

「科学立国」を目指すつもりが、逆に科学の土台を弱らせてきた日本。その後、打ち出された国の科学政策も、必ずしも土台を立て直すことにはつながっていません。

2015年には、安倍政権が医学分野の活性化を狙って日本医療研究開発機構、通称AMEDを設立しました。それまで各省庁は、成果が期待できる医学系の研究に対し、省庁別の予算から個別に資金を援助してきました。そのお金をすべてAMEDに一括して、財源を拡大。有望な研究は、より短期間で成果を上げられるよう、資金を集中的に投入する仕組みに改めたのです。

 

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日本医療研究開発機構(AMED)設立前は、各省庁の予算から個別に支援

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日本医療研究開発機構(AMED)設立後は、AMEDが資金を一括し、財源を拡大

 

AMEDの初代理事長を務めた末松誠さん(現・慶応大学医学部教授)に、新たな組織が果たした役割について聞きました。

「いったいいくつ本物の薬にできるかは、5年かそこらたたないと分からないというのが現状です。それをどうつないだら最短距離、最短時間になるのかが、僕らの仕事。どこまでできたかは、みなさんが評価されることだと思う」(末松さん)

この時、安倍政権の狙いは、いち早く研究成果を実用につなげ、医療関連の産業を育てることにありました。そこでまずAMEDは、再生医療やがん治療など実用化の手前まで進んでいた研究を集中的に支援。短期間で成果を上げることにつながりました。

一方で、若手研究者への支援も打ち出していましたが、末松さんは、思うようにはいかなかったと言います。

「個人の研究者レベルだと、すばらしいことを考えている人はいるんです。でも、それを拾いあげるために、僕も力及ばずだけれど、完全にはやりきれなかった」(末松さん)

 

・20年後を見据え、人が育つ環境を整備

2020年12月、政府はまた新たな財源を設けて科学を支援する計画を発表しました。国が10兆円の基金を創設。これを運用して得られる利益を財源に、若手研究者の支援や待遇改善などを行う考えだと言います。

日本の科学者の現状、そしてこれからの科学政策を、政府はどのように考えているのでしょうか。

内閣府特命担当大臣(科学技術政策担当)井上信治大臣

「若い方でも科学技術の研究者などを志す人は、すごく減っていて、今きっちりやっておかなければ20年後、30年後、日本の科学技術が遅れてしまうことになる、そういう危機感を非常に強く持っています。われわれが環境を整えると同時に、科学者の方には、ぜひ、いろいろチャレンジングなことに取り組んでいただきたい。国民の命を守っていくためにも、科学技術に力を入れていかなければいけないということだと思います」

 

「科学立国」の再生、有馬朗人さん“最期の挑戦”

・世界で評価される日本の新たな研究・教育機関OIST

どうすれば日本は「科学立国」として再生できるのか。手がかりを与えてくれるユニークな大学の取り組みがいま沖縄で成果をあげています。2011年に創設された沖縄科学技術大学院大学、通称OISTです。ふつうの大学とは異なり、大学院の博士課程にあたる5年制の大学です。

その実績が、2019年、世界的な科学雑誌で高い評価を得ました。掲載された「質の高い科学論文の生産性が高い研究機関」の世界ランキングで、東京大学は40位。それより上位は海外の大学や研究機関が名を連ねる中、OISTは日本で最上位の9位にランクインしたのです。

OISTには、医学、工学、物理学、数学など様々な分野の若手研究者が、日本だけでなく世界60の国や地域から集まっています。

 

・短い期限に縛られない研究予算

OISTの設立に関わり、理事も務めていたのが、元文部大臣の有馬朗人さんです。九州・沖縄サミットが開催された20年前、内閣府の沖縄振興予算を使って新しい大学をつくる計画が、有馬さんに持ちかけられました。従来の枠組みとは異なる資金を得たことで、有馬さんは、これまで実現できなかった“理想の研究環境”を形にしたのです。

OISTの大きな特徴は、海外の一流研究機関を参考にした独自の体制で研究を支援していることです。その一つが「短い期限に縛られない研究予算」。

ウイルスと闘う免疫細胞の働きを研究する、石川裕規さんは、2012年に東北大学からOISTに来ると、准教授となり、7年間にわたる研究資金を保証されました。

「驚きましたね。僕たちの研究は、マウスを使って免疫の分子メカニズムを明らかにしてくというものなんですけれど、うまくいって5年、という印象を持っているんですよ。そういったプロジェクトに取り組むためには、やはりOISTのような安定したサポートというのが必要になるのかなと」(石川さん)

 

・研究の“司令塔”役が、研究者を支援

長期間の予算を与える上で何より重要なのが、常に進捗状況をチェックする仕組みです。その大事なチェック機能を担っているのが、「プロボスト」と呼ばれる役職です。プロボストは、いわば大学全体の「研究の司令塔」。各研究者に、どんな金額と期限で予算を与えるかは、すべてプロボストが判断します。

 

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研究の司令塔「プロボスト」の仕組み

 

プロボストを務めるメアリー・コリンズさんは、もとは生物学の研究者でした。これまで欧米の研究機関で、数々のプロジェクトを束ね、成功させてきました。その経験を生かし、OISTでは若手研究者たちの研究の価値や可能性を見極める仕事に専念しているのです。

「科学とは、何度も挑戦し、失敗しなければ答えが得られないものです。私の役割は、科学者の先輩として“助言”を行うことです。ただ上から管理するのではなく、着実に成果に導くような支援こそが重要なのです」(コリンズさん)

 

・分野を超えた連携で、スピード開発

もう一つOISTが力を入れているのが、「研究分野を超えた連携」です。異なる分野の研究者が共に議論し、革新的な研究に挑める環境を整えています。

新型コロナ関連でも、異分野連携ならではの成果が生まれつつあります。たとえば、新型コロナウイルスの抗体検査に使える最新の装置。金属板に血液を流し込み、光をあてて分析することで、新型コロナの抗体の量を計測できるといいます。免疫の研究者、生物工学の研究者、そして、血液を流し込む仕組みは流体力学の研究者と、異分野の連携により、スピード開発。実用化に向けて動き出しています。

「OISTは、研究者同士が連携しやすい環境にあります。みんなで協力することで、魅力的なアイデアがひらめきやすくなります。しかも、そのアイデアをすぐ試してみることもできるのです」(流体力学の研究者)

 

・有馬さんが訃報の3日前に語った、未来への展望

日本の科学の在り方を問い直し、世界に貢献する科学立国を目指してきた、科学者にして元文部大臣の有馬朗人さん。2020年12月に世を去る間際、未来への希望を語っていました。

「(OISTは)意欲を持って来てくれる人がいて、みんなで相談して切さたく磨しているから、どんどん伸びていくんですね。それを沖縄ではやれたわけ。やれば、やれるのよ。今後世界的に見ても日本の役割は非常に重要だと思う。中国のことを理解し、西洋、アメリカの文化文明をよく理解するのは日本人の特徴ですから。世界の平和のために日本が大いに頑張り、科学技術立国をさらに推し進めるべきかと思いますね。これは、今から若い人たちに大いに頑張っていただかなければいけないと思っています」

 

・パンデミックに立ち向かう科学者たち

日本独自の新型コロナのワクチンを開発する大阪大学の中神さんたちは、いま新たな挑戦を始めています。ワクチンの効果をより高める新しい技術を開発しようというのです。針を使わずワクチンを皮膚の内側に打ち込む新方式です。安全で効果の高いワクチンの開発は、これからが勝負だと言います。

「必ずしも先頭集団がゴールに達したからその分野の開発は終わるわけではないと思っていまして、こういった技術をいろいろ高めて、次に備えておくっていうことは、当然われわれとしてはやったほうがいいことだなと思います」(中神さん)

「新型コロナの“特効薬”」を開発しようと急ぐ鹿児島大学の若手研究者、外山さん。改良を加えた薬の候補物質が、ヒトの細胞で効き目を示すかどうか、その実験の結果に手ごたえを感じていました。外山さんの契約期限は2020年度いっぱい。先のことは、まだ決まっていません。生涯、研究者を続けたいという願いをかなえるためにも、今回の成果をなんとか次につなげようとしています。

 

大越健介キャスターの取材後記

科学の力は、パンデミックを克服する切り札です。ところが、「科学立国」をうたってきたこの日本で、科学者たちの足場は、目に見えてもろくなっていました。国も無策だったわけではありません。しかし、科学政策をふかんする司令塔の存在感は、希薄なままでした。

「科学に興味を持ってくれる政治家が少なくなった」。生前の有馬さんがつぶやいた嘆きの言葉です。「教育や科学を、国家百年の計として再認識してほしい」とも語っていました。

科学の果実ばかりに目を向けて、果実をもたらす大切な土壌を、私たちは痩せるに任せてこなかったか。そもそも研究に打ち込む科学者の姿勢に、敬意を払う文化を忘れてしまってはいないか。パンデミックは「科学立国」日本の本質的な問題を、突きつけています。

 

関連番組

NHKスペシャル「パンデミック 激動の世界 (6)「“科学立国” 再生への道」(2020年12月20日放送)