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パンデミック 激動の世界(4)「問い直される"あなたの仕事"」
新型コロナウイルスが世界に突きつけたさまざまな課題を検証する「シリーズパンデミック 激動の世界」。 第4回は、パンデミックによって問い直された「仕事の価値」。テレワークが進む中で、働き方、住まい方の変化が進んでいます。と同時に、業務内容を事前に決め、目標の達成度によって報酬を決める新たなしくみを導入する企業も。そして、世界中で、エッセンシャルワーカーといわれる、社会になくてはならない仕事をする人たちが、待遇改善を求めて声を上げています。
価値ある仕事とは何か。その価値にどう報いていけばいいのか。会社員と看護師、2つの現場から答えを探してきます。
時間や場所にとらわれず、成果を問う働き方へ
企業にとって価値ある社員とは――。パンデミックは根源的な問いを突きつけました。 大手通信会社のKDDIでは、優秀な人材を確保し、体力のある企業へと新たな人事制度の導入に踏み切ろうとしています。劇的な変化の中で、戸惑いを隠せないのが管理職です。
・テレワークでの部下とのコミュニケーションに戸惑い
東京・飯田橋にある本社の朝の出社風景は、コロナ以降大きく変わりました。出社率は約2割。そんななか連日出社しているのは、新たな事業の柱、デジタルトランスフォーメーション関連のサービスを売り込む、法人営業部門の管理職の相澤さん(46歳)。上司への報告、突然の打ち合わせなどがたびたびあるためです。
7人の部下のほとんどはテレワーク。コミュニケーションは、オンラインで行ないます。しかし、部下の反応がつかめないもどかしさから、つい一方的に話してしまうことも。部下たちが自分の指示をどう受け止めているのか、コロナ以降、見えづらくなり、これまでの評価の物差しが通用しなくなっています。
「ウェブとか在宅リモートが中心になっていくと100%動きが見えるわけではありませんので、ある程度、部下の裁量に任せた働き方になっていきますから、評価の仕方、マネジメントの仕方、メンバーのほうも新しい形の目標の立て方ですとか、仕事の進め方ですとか、そういったものをやっていかないと、難しくなっていくのかなと感じています」(相澤さん)
・新たな人事制度「KDDI版ジョブ型」を導入
KDDIは、会社のあり方を大きく変える人事制度「KDDI版ジョブ型」の導入を発表しました。
7月31日KDDI決算説明会にて「KDDI版ジョブ型」の導入を発表
まず8月に、中途入社のキャリア採用の社員50人を対象にスタート。来年4月以降には、全管理職や、希望する一般社員にも順次適用されます。 「KDDI版ジョブ型」とは、社員一人一人が時間や場所にとらわれず、成果を出す働き方を実現することを軸とした人事制度です。勤務態度や労働時間ではなく、与えられた仕事の達成度で評価するというものです。
戦後、国際電話事業を独占する特殊法人としてスタートしたKDDIは、もともと日本型雇用を続けてきた会社でした。新卒から定年までの終身雇用、多少の差はあれ、年齢とともに管理職になり、昇給していく年功序列の仕組みでした。
今回導入されるKDDI版ジョブ型は、それを根本から変えます。会社は社員一人一人に対し、何をするべきかという「ジョブ」を事前に決め、そのジョブの達成度で報酬は決まります。優秀な人材には、難易度の高いジョブが与えられ、年齢に関係なくキャリアアップし、高収入が約束されます。
事前に、社員一人一人の「ジョブ」を決める
事前に決めた「ジョブ」の達成度で、報酬が決まる
優秀な人材は、年齢に関係なくキャリアアップできる
KDDIがこのような人事制度の導入に踏み切ったのは、先行きの見えないコロナの時代に生き残っていくためです。ライバルとの激しい競争や政府からの携帯電話料金値下げの強い要請のなか、新たな制度で優秀な人材を獲得することで、会社の体力をつけようとしているのです。
村本伸一・KDDI副社長
「ホワイトカラーの生産性が低いところがあり、社内だけではなくて社外からも優秀な人材を獲得していかないといけないですし、社内の人間ももっともっと必要なスキルチェンジにチャレンジしてもらわないといけない。制度自体もそれを後押しするような制度にしなくてはならない。今回コロナというのが来て、変革のスピードを上げていかなきゃいけないと私は思っています」
・業務の内容の明文化と、部下の合意が原則
相澤さんの部署には、KDDI版ジョブ型が適用されるキャリア採用の社員がいます。9月に転職してきたばかりの田畑さん(33歳)です。以前勤めていた会社でも、デジタルトランスフォーメーションのシステムなどを販売していました。即戦力として、相澤さんの部署に配属されました。
「何を行えば、評価を与えられるか、明確なものがあれば、それにまい進していくだけなので、やってる感を出すための行動とか、先輩社員が働いているのに、私が先に帰るのは申し訳ないので、無駄な時間を過ごすとか、そんなことは行わなくていいと思っています」と話す田畑さん。
ジョブ型は、あいまいになりがちだった業務の内容を、明確な言葉で定義するところから始まります。そこで作られるのが、職務記述書・ジョブディスクリプションです。社員に求める仕事の内容と目標を定め、KDDIではその達成度を5段階で評価します。管理職は、これらを事前に示し、部下の合意を得ることが必須です。
相澤さんは3週間かけて、田畑さんのジョブディスクリプションを書き上げました。しかし、目標金額の根拠を示してほしいという田畑さんに対し、相澤さんははっきり答えることができず、田畑さんの合意を得ることはできませんでした。一週間後、修正したジョブディスクリプションの説明が行われました。相澤さんははっきりと目標の根拠を説明。今度は田畑さんの合意が得られました。
来年からは管理職である相澤さんにもジョブ型が適用されます。部下に的確なジョブを与え、いかに能力を引き出すか、相澤さんもまた試されることになります。
田畑さんのジョブディスクリプションの説明をする相澤さん(左:田畑さん、右:相澤さん)
・管理職の新たな課題、論理的な言葉でいかに伝えるか
KDDIでは、来年春の管理職へのジョブ型導入に向け、研修が始まっています。部下に対し、厳しい評価をどう伝えるか、という研修です。上司役と部下役に分かれ、5点満点中の2点という低い評価の根拠を、論理的な言葉で伝えることが求められます。
番組の大越キャスターもKDDIの管理職研修に参加した
<大越キャスター・ロールプレイング>
上司役の大越「お疲れ様です。まずですね、今回の評価をお知らせします。2、ということになりました」
部下役「2ですか?」
大越「非常に、社内的にも大きな仕事を責任をもって対処していただいて、一方で、その、結果的には、目標としていたところには未達であったということは、残念ながら認めざるを得ない」
部下役「目標については8割がたは達成できているんじゃないかなと思うんですけども」
大越「今回は本当に、3に近い2なんですけども・・・。次につながる2であるということで・・・」
部下役「何をやっていくのが一番いいのでしょうか。ちょっと迷いがあります」
大越「・・・」
(司会「時間になりました」)
大越「よかったあ。最後、用意がないところで・・・」
面と向かって低い評価を伝えるのは本当に難しい。しかし、それを耳あたりのよい言葉でごまかさず、論理的に伝えないと、ジョブ型の管理職は勤まりません。
・管理職比率35%から25%へ
経営陣は、現在の管理職制度をいったん廃止し、新たに「経営基幹職」という職位を設ける計画を明らかにしました。管理職比率35%から、25%未満に適正化し、職位にふさわしい人材だけを選ぶという厳しい選別を断行すると発表したのです。
新たな職位を設ける計画を発表
この発表には、衝撃が走りました。以下、管理職の声です。
「たぶんこのままいくと、パタッと会社ごと死にますよっていう、危機感がきっとあるから」
「管理職としてセレクション(選別)されて残っていくわけだから、それをやる責務があるというか。絞られたうえで残っていくんだという自覚を持たないといけないんだろうなと思います」
「やっぱりコロナが起こって環境も大きく変わりましたし、正直しんどいと思うところは多々あるんですけども、これ自身が会社全体でやる挑戦なんだと思うので」
一方、一般の社員はどう考えているのでしょうか。
来年4月からは、希望する一般社員にもKDDI版ジョブ型が導入されます。
一般の社員に、「ジョブ型を選択しますか?」と質問すると、こんな答えがかえってきました。
「選択できる時期になったら、すぐに選択したいなと思っています」
「・・・します。言いよどんでしまったのは、少し不安はあるかな、と」
「不安はあるんですけど、厳しくなる半面やっぱり正当な評価を得られる部分も往々にしてあると思いますので。自分としてはジョブ型を選択していきたい」
日本能率協会のアンケートでは、今年日本の企業に入社した新入社員のうち7割近くが成果主義の導入に賛成しています。
大越キャスター
部下一人一人が成果を上げることの重要性は中間管理職の皆さんも分かっています。その物差しとして、「ジョブ型」を導入する経営陣の意図も。
ただ部下に「成果だけがすべての冷たい職場」と思われるのは本意ではないでしょう。そのはざまで何とか答えを出そうとする姿を見て、日本企業は大きな岐路に立っていることを実感しました。今、日本を代表する企業が、次々と成果重視のジョブ型を導入しています。新たな人事制度は、私たちの働き方をどう変える可能性があるのでしょうか。
歴史社会学者、慶応義塾大学の小熊英二教授に聞きました。
「いわゆるジョブ型というのは、職務をはっきりと切り分けて、その職務をこなしていれば、人格的な評価や性別によって評価が分かれるということがなくなる。明確な基準になりうる可能性があるのであれば、それは日本の働き方に変化をもたらす可能性はあるでしょう。ただ、これまで日本の企業が雇用の改革を進めようとして、大概失敗してきたのは労働者の合意を得られなかったからです。たとえば成果主義を導入するといっても、どうやって労働者のパフォーマンスを評価するのか。いい部署と悪い部署に付けられた人をどうやって公平に評価するのか。そうした問題が解決されないまま成果主義を導入したという企業は、大概労働者のやる気が下がって生産性は下がりました。今回、日本の働き方改革ということが、このショックをきっかけにして、強いものの責任がより問われなくなり、弱いものに責任がより押し付けられるという形にならないことを望みます」
どこで働くのか?“都市の一極集中”の変化
パンデミックによって世界に広がったテレワークという働き方は、都市への一極集中も変えようとしています。日本企業のテレワークの実施率は、従業員30人未満の企業では45%、300人以上の企業では90%に達しています(東京商工会議所調べ)。オフィスから解放され、どこで働くかという選択の幅が広がっているのです。
・トレーラーハウスや豪華クルーザーを仕事場に
IT企業が密集するアメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーでは、空き家が急増しています。テレワークの普及で家賃の高いこの町から続々離れているのです。
どこで仕事をしてもいいのなら、好きに移動しながら仕事をしてもいいのではないか。そんな発想で、トレーラーハウスも爆発的に売れています。
「いま国民の半分が買い求めているんじゃないかと思うほどよく売れるよ。注文は殺到しているが、製造は全く間に合っていないんだ」(ディーラー)
富裕層の間では、数億円から数十億円もするクルーザーが大人気です。海の上で、優雅なテレワークをしようというのです。
海外では、テレワークの普及によりトレーラーハウスで仕事をする人も急増
・環境のよい地方で働くという選択
東京都心にある、社員700人のIT企業・さくらインターネットでは、出社率が1割に下がり、3000平米のオフィスを半分に減らすことを決めました。
「人がいるから会社に来るんですけど、誰もいないと来る理由がないので」と言う男性社員。パソコンとネット環境さえあれば、どこで仕事をしても同じと考える社員たちが、次々と東京を離れています。
「コロナをきっかけに、今、長野県の八ヶ岳の近くにおります」
「今は北海道の小樽市というところにいます。来月は福島に行って、福島に行った後は瀬戸内を経由して鹿児島、沖縄みたいな感じでいこうかなと」
さくらインターネット・田中邦裕社長
「今、沖縄に住んでいまして、やっぱり社員、私も含めて、場所が本当に関係なくなった。これが非常にメリットだと思っています」
2万人の従業員を擁する大手人材派遣会社パソナグループでは、コロナを機に、本社を兵庫県淡路島に移転する準備を進めています。オフィスの賃料は、東京の10分の1。すでに多くの社員が、移住を決めました。
パソナグループ・南部靖之代表
「インターネットを使えば、リモートワークであれば全然心配ないです。ストレスフリーの自然環境の中で働いてくれますから、一度しかない人生、二度とない人生、喜んで働いてくれますから、生産性も上がると思うんですよね」
大越キャスター
ここは僕が在宅で仕事をするときに使っている部屋です。実は僕の部屋というよりも、もともと息子の勉強部屋で、ベッドもあります。コロナになって仕事をするにあたって、ここがいつの間にか自分の仕事部屋になりました。放送の仕事なんで現場にいくのが基本なんですけれども、それ以外の会議、打ち合わせはずいぶんこれで助かりました。仕事の選択の幅が広がったなと感じています。
ただ一方で、パンデミックはテレワークでは決して代わりができない仕事の大切さを私たちに突きつけました。
在宅で仕事をする大越キャスターの様子
エッセンシャルワーカーを苦しめる低賃金、長時間労働、人手不足
公共交通、ゴミ収集、保育士・・・。ここからは社会にとって必要不可欠なエッセンシャルワーカーの仕事の価値について考えていきます。テレワークが許されるのは、そうした仕事をする人たちがいるからです。しかし、多くの人がその貢献に見合う待遇を十分に得ているとは言えません。なかでも感染のリスクにさらされながら、患者のケアにあたってきた看護師の待遇の低さに関心が集まりました。今、世界各地で、看護師が待遇改善を求めて、声をあげています。
・フランス大統領に詰め寄る看護師
感染の危機にさらされながら、献身的に患者のケアに当たる看護師に向け、世界中で感謝の拍手がわき起こりました。と同時に、その待遇の低さもクローズアップされています。
パンデミック最中の5月、フランスのマクロン大統領が医療従事者を励まそうと、パリの公立病院を訪れました。その時、給与の見直しを求める看護師などが詰め寄りました。感動的な対話となるはずでしたが、大統領への激しい抗議の場となってしまいました。
パリの公立病院を訪れたマクロン大統領と看護師ら
7月、フランス政府は医療従事者に対し、月額およそ2万2000円の賃上げを決断しました。
「我々にとって歴史的な瞬間であります。(待遇改善の遅れは、)私を含めた社会のみんなに責任の一端があります」(カステックス首相)
・感染疑いの患者対応で、一層の負担増
日本でも、7月、大学病院の看護師数百人が、一時、退職の意向を示したと報じられました。さらに同じ月、千葉・船橋の医療従事者が1日限定のストライキを起こし、海外メディアにも取り上げられました。
日本の医療従事者がストライキを起こしたことを取り上げた海外メディアの記事
この船橋の病院が、医療現場の実態を知ってほしいと、取材に応じてくれました。
従業員は700人、ストライキに参加したのはそのうちの8人でした。
この病院では5月末まで、コロナ専用病棟を設け、患者を受け入れてきました。今も感染が疑われる患者が、運ばれてきます。平常時でも多忙を極める看護師の仕事は、コロナという事態で、さらに厳しさを増しています。
夜勤に密着させていただきました。午後4時から翌日の午前9時までの勤務で、深夜の看護師は1病棟につき2人。看護師1人で22人の患者をみる計算で、国の基準よりも手厚い態勢を組んでいます。
入院患者の多くが高齢者で、食事や排せつの介助も行います。意思の疎通がうまくいかない患者に時間をかけて接していると、一息つく余裕もなくなります。
夜10時、コロナ感染の疑いのある急患が運び込まれてきました。1日10人前後の患者がやってきます。コロナ感染が疑われる患者をケアする時には、防護服を装着します。そのたびに時間と体力を奪われます。「作業としては、一人の患者さんに対して倍くらいかかるかなと思います。頑張るしかない」(看護師)
夜勤は、途中、仮眠を挟み、午前9時まで。しかし、終わった時は、すでに12時近くになっていました。朝ごはんのパンを食べる時間もなかったといいます。
看護師たちがその日の出来事をつづる交換日記
<(コロナ感染者の)入院来なければいいな、来たら大変、どうするのかしら、不安しかない・・・>
<(コロナ感染者の)歩ける認知症の患者、看れません>
「認知症のある患者さんに、お部屋から出ないでくださいとお願いしても、部屋から出てあちこち触ってしまう。するときれいにしているところが全部汚染されて、菌がどこにあるかわからないから、私たちがうつしてしまうかもしれない」(看護師)
看護師たちの交換日記
・医療を成り立たせるために、なぜ看護師が犠牲にならなければ?
現場を追い詰めている背景には、慢性的な人手不足があります。辞める人も多く、派遣やパートの看護師を確保して、何とか維持しています。人手不足を解消するには、待遇の改善は欠かすことができません。ところが、今年夏のボーナスは過去最低の水準でした。
「納得いかないです。けれど、納得させるしかないじゃないですか」(看護師)
そんななか、従業員700人のうちの8人の医療従事者が1日限定のストライキを起こしました。
ストライキを起こした時の様子
20年以上、看護師として働き、ストを起こした飯田さんは、仕事をしながら、2人の子どもを育てています。去年体調を崩し、10月まで休職していました。
「私はヘルニアをやって手術をしました。それで休まざるを得なくなったりとかして、すごい悲しくなって、やっぱり自分の言葉でそれ、おかしいんじゃないかって言うべきだなと思って。コロナを理由に収入減で、だから賃下げとか、労働者が我慢してそんなこと成り立たせるものじゃないでしょっていう」
・コロナで明らかになった病院経営の危うさ
なぜ、病院はボーナスを過去最低の水準にしたのでしょうか。
この病院の松隈英樹院長がインタビューに応じました。
「苦渋の決断ですよね。病院がなくなって職員が路頭に迷うのか。どうしようもないんです。診療報酬で収入がなければ当然経営は成り立ちませんから、それで要求どおり支払ったら資金がないですから、点滴も買えない、薬も買えない、給料も払えない。倒産しかないですね。そのギリギリの線があのボーナスですから。前々から言われてますけれども、日本の医療というのはやってる労働の割には診療報酬が本当に低いです。国の方針で医療費を下げなきゃいけないからしょうがないですよね。本当にジレンマです。ちょっとこれを見直してくれないと本当に日本の医療は危ないですよね」
この病院では、経営の危機的状況をスタッフ全員に周知しています。黒字を達成するには、常に9割以上のベッドが埋まっていなければ採算が合いません。ところが、現在のベッドの稼働数は8割ほど。コロナの急患を受けられるよう、空きベッドを確保するなどしたためです。さらに院内感染は起きていないものの、病院に来る外来の患者も減り、取材時点で月約4750万円の赤字が出ていました。
病院全体のベッドの稼働数(オレンジ色:黒字を達成するための稼働数、水色:9月現在の稼働数)
少しでも外来患者に戻ってきてもらおうと、コロナ前に通院していた患者に電話をするなど、受診の働きかけをしていますが、いまだに前の年の8割にとどまっています。
今、全国の病院の3分の2が赤字経営に陥り、ボーナスの引き下げも相次いでいます。
・使命感だけでは続けられない現実
船橋市は10月、コロナ患者の対応にあたる医療従事者に、10万円という、市町村としては異例の額の慰労金を出すことを決めました。
しかし、社会を支えるエッセンシャルワーカーは医療従事者だけではありません。船橋では、保育、配達、食品のレジ係、コンビニで働く人など、エッセンシャルワーカー同士が連携し、待遇改善を求める集会が開かれ、約180人が参加しました。
コロナの中、人々の命や暮らしを守ってきたのは、いったい誰なのか。それを訴えながら理解を求めていこうとしています。
「お金があるなしで患者さんの命が決められてはならないし、医療従事者も働き続けるには、きちんとした賃金が必要です」(看護師)
効率性か、公共の利益か。あらわになった課題をサンデル教授に問う
大越キャスター
膨大な財政赤字を抱える日本は効率性を高めることで、医療費を抑制しようとしてきました。そのしわ寄せをもろに受けているのが、現場の看護師たちです。報われなさに不満を抱きながらも、命を守るという一心で激務にあたる使命感には胸を打たれました。
しかし、私たちはその使命感に寄りかかりすぎていたのではないでしょうか。そして、企業はコロナの時代を生き残ろうと働き方の変革を迫り、社員は必死に生産性を高めようと走り続けています。ただ、仕事の価値はそれだけではないはずです。働く人たちの幸せが置き去りにされることは誰も望んでいないでしょう。
社会や企業の生産性と働く人の幸せの両立はどうすればできるのか。政治哲学者、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授に聞きました。
「ここ数十年、私たちは生産性向上を求め、効率性をあげようと、働く人たちを駆り立ててきました。しかし私たちの社会はこの原則を過剰に追求してきてしまったのではないでしょうか。効率性の追求は、労働者や消費者、地域社会をしばしば犠牲にします。効率性と公共の利益の適切なバランスを見つけることが非常に重要です。これを科学で決めることはできません。企業活動をどのようにコントロールするか、そのバランスを見つけるには人間の判断が必要です。私は危機にある今こそ、どのような仕事が本当に公共の利益に貢献するのか、多くの国民が議論を行うべきだと考えています」
大越健介キャスターの取材後記
とかく生産性や効率性に縛られがちな私たちの社会。しかし、私たちが仕事に求めているのは、その結果として得られるお金だけではありません。激務に当たる看護師たちの使命感。部下と誠実に向き合おうとする管理職のきまじめさ。そこに共通するのは、誰かのために、何かのために必要不可欠な存在でありたいという、ひそやかで切なる願いでした。
仕事をめぐる私たちの価値観を激しく揺さぶった新型コロナウイルス。見過ごされてきた矛盾をあぶり出したかと思えば、変革の加速を迫ったりと、まるで私たち人間を試しているかのようです。
「あなたは自分の仕事に誇りを持つことができているか」と問いかけながら。
関連番組
NHKスペシャル「パンデミック 激動の世界(4)「問い直される“あなたの仕事”」(2020年10月25日放送)