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児玉龍彦

児玉龍彦

東京大学 先端科学技術研究センター 名誉教授

研究者

2021年2月

公衆衛生

取材日:2021年2月 3日

無症状者にPCR検査をする意義と活用法(前編)


 

スプレッダーは"見えない感染者"の中にもいる

――PCR検査を無症状の方にも行うという先駆的な試みを世田谷区でやっておられますが、なぜ無症状の人にもPCR検査を行う必要があるのでしょうか?

世田谷区の保坂区長さんが、去年の3月か4月頃、世田谷区で感染が急増しているということでご相談に見えたときに、ちょうど「ランセット」という医学雑誌にある論文が報告されていました。それは、イタリアで、ベニスのあるベネト州と、ミラノのあるロンバルディア州を対比したものでした。観光客の多いベニスの周辺では住民がPCR検査を希望し、大学病院の多いミラノでは病院の充実にお金を使ったと。どっちがよかったか公衆衛生の人がまとめた結果、ベニスのほうは、ミラノの5分の1しか死亡者が出なかったという報告です。この論文の結論は、街の中で感染者を減らすことがこのウイルスと戦っていく基本であって、街の中で感染者が増えてしまうと、病院をいくら充実させても追いつかなくなってしまうということ。それで、世田谷区でやっていくとしたら、PCR検査を充実して感染している人がどこにいるかを見つけるのが一番大事じゃないですか、ということを区長さんともご相談しました。

 

――新型コロナウイルスの特徴というか、症状が出た人だけを隔離すればいいというのではなくて、出ていない人でも検査で見つけ出す必要があるということですか?

このウイルスの特徴は2つあります。1つは、ウイルスはせきとか唾液に出てきますから、会食などを通じて広がるのがすごく多い。もう1つは、感染を広げている人がいる。僕らは「スプレッダー」というんですが、あんまり数は多くないけれど、多くの人に感染させる人がいるというのがこのウイルスの特徴です。

 

感染がくすぶる"震源地"から変異が生まれやすい

われわれはウイルスがどこから来てどう流れていくか、ウイルスの配列を元に系統樹分析をしています。例えば"英国型"というのは、それまで英国で流行っていたタイプと遺伝子が17か所異なる。このウイルスは1年に20か所ぐらい変異するというのが一般的なスピードなので、17か所の変異があるウイルスが秋に出てきたということは、最初からはやっているウイルスとは違うウイルスがじくじくじくじく増えていて、それが変異してきたというふうに考えないと合いません。こういうじくじくとたまっていくような、増殖がすごく速くもないし、逆にあまり自壊しない、そういうしつこいウイルスの"震源地"というのがあって、そこから次々新しい変異型が生まれるのではないかと思われます。

ウイルスは1人の人の中でも、4つぐらいのタイプのウイルス配列が出てくることがあります。そういう場合に増殖のスピードの速いものが優勢になっていきます。ところが、僕らは「ひ弱な花」と言うんですが、増殖のスピードの速いものというのは複製のときにミスが多いんですね。少し変異が入ると、自然と勢いがなくなってしまうような現象がよく知られています。

一方で、"根っこ"になる元のウイルスみたいなのがだんだん増えてきて、そこが変異を出し続けると、そのしつこさに社会のほうがまいっていってしまう。最初は"武漢型"で終わったかと思ったら、3、4月は"ミラノ型"というか"欧米型"が入ってきた。ちょっと遅れて"東京・埼玉型"が出てきました。

 

――"根っこ"となっているところを発見するためにも、無症状者のPCR検査が大事になってくるということですね。

はい。ある集団の中でずっと感染が維持されてしまうと、一定の数で変異が増えていって、そこから外へ湧き出す。いま日本全体で見ますと、東京や大阪の都心地区から湧き出しているのは間違いありません。大阪で増えてきて、新しい波が描かれると兵庫や京都にワーッと広がる。東京の都心で増えてくると、世田谷、大田、江戸川などの周りに広がって、千葉、埼玉、神奈川などに増えていき、死者が増えていく。それは波がサーッと引いていくように見えますが、また次の変異が用意されるという非常にしつこいウイルスという特徴があります。

 

無症状者への検査に踏み切った世田谷区

――世田谷区でも介護施設で働かれている職員の方とか利用者を対象にPCR検査をされることになりましたけど、どういった意味でそこでやる必要があるでしょうか?

世田谷区の有識者の懇談会というのに呼ばれまして、いろいろデータをもとに分析して、感染の経緯を見ていくと、いくら調べても、世田谷区の中に"震源地"があるとは思われなかったんです。世田谷区では、最初、家庭内感染が多いということを報告いたしました。家庭内感染によって、まず保育園、それから小学校、あとは一部の大学の運動部の寮などで大きな感染がありました。その後に、介護施設での感染が非常に多くなりました。これを食い止めるのには、保育園児を調べるのは難しいから、保育士さんを調べましょうと。それから介護施設の場合、面会があまりなければ、職員や、リネン、給食やお掃除、そういう人たちが持っていくのが多いだろうと考えました。そこで、保育所の保育士さんたちや介護施設の介護士さんを中心的に見ていくということを始めました。

全く症状のない人を検査することを「定期検査」というんですが、驚いたことに、定期検査でパラッパラッと孤発例が出てきました。それだけじゃなくて、無症状の人で10人ぐらいが感染している施設があり、これは放っておいたら、入所者がみんな感染しちゃうような大変なことになるということで驚きました。しかし、そういうところも、全員検査をして、ゾーニングなどの対策をしっかりすると、わりとそれ以上の広がりはなく抑え込めました。早くから治療に入れるので、ステロイドを使うなどの治療も減らすことができます。

孤発例が出たところは、「随時検査」で継続して検査をしています。こちらはもっとたくさんの陽性者が出ました。定期検査では5900人検査をして、22人の陽性者なので0.4%。随時検査では3800人を検査し、71人でしたので約2%です。

定期検査を徹底してやり、陽性が出たところは随時検査で頻繁に検査をしないと効果がない。徹底してやるためには、検査数を圧倒的に増やさなくちゃいけないということで、プール方式というのを提案して、ようやく認められてきたというところです。

 

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