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保坂展人

保坂展人

世田谷区 区長

行政・地方自治

2021年2月

公衆衛生

取材日:2021年2月 4日

世田谷区はなぜ"社会的検査"を始めたのか(後編)

※社会的検査=世田谷区が高齢者施設などを対象に独自にPCR検査を行うもの

 


 

検査で増える陽性者、訪問診療などでも対応

――“社会的検査”の対象者は、従来の行政検査の対象外のいわゆる無症状者が対象になりますが、無症状者に検査をすることの意義は?

クラスターが発生した場合、どこから感染が広がったかということを分析・解析するわけですけども、有症状の方がいつも発信源だったわけではないですね。無症状の方でかなりウイルス排出量が多くて、いまでも無症状だけれども、周囲にかなり広げたというケースも聞いています。1年間、新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)されてきて、無症状の方を対象にする、特にリスクの多い高齢者施設や医療機関などでは必ず対象にするというのを、もう原則にしなければいけないんじゃないでしょうか。

 

――一方で検査数を増やしていくと陽性となる方がどうしても出てきますね。陽性になった方を、どう療養機関とか病院につなげるか。また病院のひっ迫につながるんじゃないかという指摘があると思いますが?

まず一般論から言えば、無症状の方も含む、例えば介護施設全員に検査をすることは、感染爆発を未然に防ぐことになり、医療のひっ迫にブレーキをかけてきたと思います。というのは、実際に何もしなかったら、無症状の方が10人、15人いた施設でさらに広がって、場合によっては二桁の方が入院するということにもなりかねない。その手前でチェックして対処するという意味では効用があったと思います。

ただし、第3波では、ほとんど医療機関が満床で救急がとれないという状態になりました。そういう時期にはホテルや自宅待機が増えました。そのなかで、数日たって急激に具合が悪くなる、ここが怖いわけですね。世田谷区でも自宅療養者が増えましたので、健康観察やサポート、そして、高齢者の方を中心に、かなり狭い関門ではあるけれども、これでは危ないという方を入院につなげていくということを、なんとかこの年末年始にやってくれました。

感染者が激増したときに、どんな次の手を持っているのか。介護施設の場合、感染を疑う症状が出てきたり、陽性が確認された場合には、本当は入院できるといいんですけれども、病床が一杯となっている時の次善の策として、訪問診療などの強化をこれから始めようとしているところです。あるいはリモート診療もいま可能ですから、症状の初期に、必要な投薬などの治療ができるような体制を整備するように、保健所のほうで工夫してくれています。自宅で入院をお待ちの方に対しても同様です。

また、大規模な検査で陽性者が多数分かったというときに、施設を一回止めなければいけない。だけど、入居者の方は高齢で動けない。さあ、困ったということになりますよね。そこで世田谷区では、特別養護老人ホームが27あるんですが、互いに覚書を取り交わして、そういうピンチな事態があったときには職員を派遣して助けますよ、それをお互いやりましょうということを区が仲介して行いました。検査だけではなくて、施設の維持ができるような仕組みをなんとか考えていかなければいけない。これは国の課題でもありますし、各自治体とも工夫するでしょうけれども、そこを、きちっとこれからやっていくべきだと思います。

 

近隣の自治体が連携し、持続可能な制度に育てる

――“社会的検査”、大規模なPCR検査の動きが、世田谷区がやって以降どんどん広がってきていますけども、この流れはどういうふうに感じていらっしゃいますか?

最初の原点から言えば、ヨーロッパなどで大勢の高齢者が亡くなるという事例を見て、日本でこれが絶対に起こらないようにしていくということはすごく大事だと思うんですね。「医療崩壊」という言葉と同時に「介護崩壊」という言葉も、かなり現実的になった時期がありました。なので、国全体で取り組んでいくというふうになれば(いいと思います)。

世田谷区でとりあえずスタートを切った時点では、こういう検査の仕方自体はほぼ初めてでした。したがって、症状の疑いのある方の検査については国の財源がありましたけれども、はたして“社会的検査”という“先回り検査”に財源がついてくるのかどうか。これが話題になり、また、関心も深かったですね。これからどんどん“社会的検査”を広げていくのであれば、区の財政がどこまでもつんだろうか?という声もありました。

そこで東京都と国と両方に働きかけたんですね。世田谷区だけこういう検査をして新型コロナの影響がブロックできるわけではありませんから。国には、広域で人が動いているので、どこの自治体でも取り組めるような制度にしてほしいと働きかけ、東京都には、感染者数が一番多いという東京都の特性を見た検査支援をと働きかけました。この2つが、両方ともありがたいことに実現をしました。国のほうは9月に、行政検査としてこの“社会的検査”を認めますといった意思決定を全国に通知したんですね。そのことで“社会的検査”も地方自治体だけじゃなくて、広島県、香川県などの県単位でいくつか出てきていると思います。なので、当初はこれが持続可能な形であることと、世田谷区にだけできる検査ではなくて、全国の感染が広がっている地域で作用するための制度を、まず世田谷区で実行しながら、制度設計を求めるということにかなりの時間を使いました。東京都の方は、区長村が実施する検査支援の枠組みで、唾液を使った「プール方式」のスクリーニング検査を応援してもらっています。

 

――世田谷区は人がほかの地域から入ってきますから、ほかの新宿区とか港区なども検査をしてほしいと思っていらっしゃいますか?

東京全体でどう広がったのか、1年たっていますが、まだはっきり見えないところがあります。ただわれわれが分かるのは、世田谷区民がどこで感染したかという調査をすると、6割が不明ですが、分かっている中での例えば飲食店などでは、区内というのは本当に少ない。やっぱり都心部で、あるいは会社でといったケースが多かったんです。そういう意味では都心と住宅地である世田谷区を往復している方が大半なので、全体的に地域まるごと鎮静化させていかないといけない。“社会的検査”については、介護施設等については国が全国にやるようにと指示を何度か出しましたので、次第に広がっていくと思います。次の段階で、今度は変異株の問題も出てきていますので、どういう実態があるのか、どういう流れがあるのかを専門家に情報提供していただきながら、広範囲で考えるということになると思います。国という単位、都という単位、区という単位でそれぞれ模索していますが、区の場合は直接の現場なので、お互いの区同士が連携していく、これも大事だと思いますね。

 

社会的な機能を維持するための検査へ

――今後始める自治体がありますけど、大規模なPCR検査を広げていくうえで、これまでやられてきた自治体として、どういうところを注意すべき?

このPCR検査自体は、当初非常に高い検査費用がかかっていました。自主的な検査についても、1人3万円、4万円、5万円という話も聞いたことありました。現在もっと安い、数千円で検査可能だという機関も出てきました。重要なのは、ほとんど感染拡大する可能性がないようなところまで、(精度を)細かくする必要はないと思っているんです。

“社会的検査”の場合はこのぐらいの値でいこうということを専門家にもしっかり見ていただいて決めていくことで、いまの検査に要するコスト、スピード、正確性を、フェーズに合わせて、非常に限定されたところで検査をしていく。 “社会的検査”は、クラスター追跡ということではなくて、社会に幅広く広がってきたこの新型コロナウイルスに幅広く“投網”をかけて、そして再生産しないように穴を塞いでいくといった効用があると思います。そこでコスト、スピード、あるいは科学的エビデンスでしっかりと取り組んでいく。世田谷区の検査事例も大いに分析をしていただいて、これからPCR検査を拡大しようとしている自治体も、われわれ自身も参考にしながら広げていきたいと思いますね。

 

――プール方式というものが話題になっていますけれども、今後についてどのようにお考えでしょうか?

プール方式については、アメリカのFDAでも昨年の6月に4検体、さらに秋には5検体ということで緊急に認められて、もうすでに使われています。これもいわゆる実証実験の世界で、確定的な基準をつくることができるはずです。

1人2人の感染者が出たときに、何十万人と検査をする国もあるわけですね。それが無意味なのか。その後の感染事例が半年間なかったりというのを見ていると、コストと社会全体のさまざまな影響とを比べると、そういった一斉検査の効用もあるんじゃないかと思います。日本ではまだやっていませんけれども、例えば東京がこれだけ感染拡大をしてきているのであれば、一定の地域の中でローラーをかけるように検査を住民全員にしていく。その中で一番濃い部分を遮断してウイルスを消していくというか、そういうような手法もこれから考えられるんじゃないだろうかと思います。

国も産業界も考えているようです。意外なところから問い合わせの電話が入ったり、あるいはこういう技術を開発したんだというお話も来ますが、それらを総合すると、これからPCR検査も、社会的な機能維持のための、まさに“社会的検査”(として活用される可能性がある)。地域にとって、あるいは企業にとって、集団にとって、大学なんかも問われてくるかもしれないですが、そういうさまざまな用途のために、これから始まるワクチンの接種ともクロスして、新型コロナウイルスの脅威をなんとか限定的なものにしていくというふうにできればと思っています。

 

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