1. トップページ
  2. 世田谷区はなぜ"社会的検査"を始めたのか(前編)
保坂展人

保坂展人

世田谷区 区長

行政・地方自治

2021年2月

公衆衛生

取材日:2021年2月 4日

世田谷区はなぜ"社会的検査"を始めたのか(前編)

※社会的検査=世田谷区が高齢者施設などを対象に独自にPCR検査を行うもの

 


 

欧州の介護施設での悲劇を、決して日本で起こさない

――まず大規模にPCR検査をやらなければと思われたのは、いつごろ、どんなきっかけだったのか教えていただけますか?

昨年春のニュースの映像ですね。ヨーロッパで、病院には当然患者さんがあふれていて入れず、また医療スタッフが治療に来ることもできず、大変多くの方が介護施設内で亡くなっていったというニュースを見て、これは大変なことだなと。日本でこういうことを起こしてはいけないなと。世界中で重症化する人の半数、亡くなる方の半数は、院内感染と介護施設の中で起きているということが分かったので、世田谷区では介護施設を中心に大規模な検査をして、予防していこうということを考えました。

 

――日本の当時の状況にどんな危機感を抱いていらっしゃいましたか?

1回目の緊急事態宣言のとき、「人と人との接触を少なく」と強調されました。一方で、病院や介護施設内での感染は、その方法ではなかなか防止できないですね。ですから、感染が少し抑えられている時期に抑える手立てとして、感染予防対策のチームを作るとか、当時は抗体検査の実施を考えたんですが、7月になってまた第2波が来たので、PCR検査に切り替えて始めていこうと考えたわけです。

 

リスクの高いところに検査の的を絞る

――ニューヨーク州のクオモ知事の例を出しながら、「いつでも、どこでも、何度でも」という報道のされ方をしましたが、当時、区長としてはどういう範囲でやっていけたらよいと思われていたんでしょうか?

ニューヨークの事例を出したのは、日本のPCR検査自体がなかなか受けられない、件数も伸びない、抑制的すぎるということもあって、これはもっと大きく広げるべきじゃないかと。ニューヨーク州も見ながら、検査のハードルを下げていこうという意味合いでひとつの指標として発言しました。

 

――「誰でも」ということではなくて、ある程度絞ってというのを考えていらっしゃったのですか?

症状があって感染の疑いが高いので検査を受けるという考え方は、従来の感染症では正解だったと思うのですが、今回の新型コロナウイルスでは症状がない方が(感染を)相当広げているということも分かってきています。しかし、症状のない方をとらえるというのはすごく難しいんですね。そこでリスクの高い介護施設などに出入りされている方、働かれている方、入居されている方全員にPCR検査を始めているわけですけども、同じような考え方でさらに拡大すべきときが来るかもしれないと思っています。

 

――始めたときに対象施設、対象者を絞るにあたって、どういう考え方をされていたんでしょうか?

まずエッセンシャルワーカー。介護はその最たるものだと思いますし、保育や障害者施設などいくつかの職種を念頭に置いていました。医療機関はだいぶ自衛策をとっていましたから、介護の施設を最優先でやろうと。実際に検査を進めていくと、介護施設職員で陽性が出た場合に入居者の方に感染が広がっているというケースもありましたので、途中で介護施設職員だけではなくて、入居者の方、高齢者の方にも一斉に広げました。そういうふうに少しずつ範囲を変えながら進展をしてきています。

 

「プール方式」を採用し、膨大な対象者に対応

――実際に"社会的検査"を始めるまで、どんな課題がありましたか?

半年前の日本の状況だと第2波が始まりかけていましたけども、PCR検査を広げるべきではないという意見がかなり存在していました。特に無症状の人を含めて幅広くやるような検査というのはいかがなものだろうかという懐疑的な見方ですね。それに対して、私は高齢者施設で続々感染が広がった場合、そして医療がひっ迫した場合のあってはならない悲劇というのを常に意識していましたので、それは違うでしょうと。

無症状の人が感染を広げるので、施設自体がどんなに気をつけていても、防ぎようがないんですね。この間で分かってきたのが、病院とか介護施設の中では二重三重にガードしていても、働く人が生活を共にしている家族から感染が広がるということも実際にはありましたので、そこは徹底して繰り返し検査をしていくしかないと思っています。

ただ、悩みがありました。というのは、世田谷区の場合92万人の人口で、当時、介護施設職員だけで1万2000~3000人いる。さらに、出入りされている方、例えばリネンや食事、お掃除などを含めると1万8000~9000人いらっしゃるんです。施設も1000をはるかに超えます。となると、"社会的検査"で一生懸命頑張って施設をどんどん訪問しても、かなりの時間がかかってしまう。例えばひと月に一回という目標を立てても、検査する体制がなかなか追いつかない。

そこで、唾液を採取してまとめておいていただき、回収して検査するという「プール方式」を採用したスクリーニング検査も加えました。千里の道も一歩からですけれども、最初は1チームで始めて、その後3チームになり、いま4チームになっています。だんだんと検査が熟練してきて、1日に相当の箇所を回ることができるようになりましたけれども、最初は手探りの時期があったということですね。(2021年3月30日現在 16122件・スクリーニング 2660件)

 

――スタートをさせるにあたって、どういう仕組みでやっていこうかというのは、世田谷区内の状況も勘案されながら工夫をされた部分があるのでしょうか?

保健所の体制が限界にきていると言われて、もう1年になります。世田谷区でもそのたびに人員を増強したり、他の部署から入っていただいたりしてきましたが、それでもまだ第3波のときには山のように電話がかかってきて、書類が重なっていくような状態にありました。なので、去年の夏、この"社会的検査"を問題提起したときにも、保健所にやってくださいねというわけには、区の責任者としては到底言えない。

保健所でなければどうするのか。2つ工夫があって、保健福祉政策部がこの検査について担当し、区役所内の窓口になりながら、民間事業者に、コールセンター、検査チーム、そして検査会社から報告を受けて、また連絡、そういったところをすべてまとめて委託しました。もう一つは、検査チームがベーシックなところで定期的に順番を決めて施設を回るんだけれども、回っている間に陽性という報告が入った際には、(随時検査に)切り替えて発生したところに行く。こういう形で、かなり有効な検査ができたのではないかと思います。

 

無症状感染者の早期発見や意識向上に効果

――10月に始まりましたけど、スタートできたときはどんなお気持ちだったのでしょうか?

速やかに、大きく、広く始めたいという気持ちです。しかし、保健所の外側に"特設検査フレーム"をつくるような実験ですから、これが本当にうまく機能するのかどうか。慎重に、まずテストパターンとして、1チームで10月から始めました。

そのときに一番驚いたのは、2日目にもう陽性者の方が出たことですね。症状がなかったので、本当にそういうことがあるんだなということが分かりました。もちろん周りに広げないで収束できました。さらには区内の特別養護老人ホームで一挙に15人。これは入居者の方が2人、職員の方が13人。症状は全員ありませんでした。これはたぶん"社会的検査"でなければ見つけられなかったことです。

つい先日も、そこの施設の責任者の皆さんと話す機会があったんですが、当初は非常にショックだったと。けれど、15人という多い数だけれども、なんとか職員をやりくりして継続ができた。感染が大きく燃え上がる前に見つかってよかったという声は聞いています。

だから"社会的検査"の最大の効用というのは、火が大きくなる前に消し止めることができること。検査チームが即座に全員を検査し、翌日には結果が出てくるというところで、それ以上の拡大を防止するという役割はしたんじゃないかと思います。

 

――"社会的検査"で発掘できている陽性者数の規模は、やる前と比べてどんな印象を受けますか?

定期検査をする施設は希望制で回っていますが、まだ半分に行き着く手前ぐらいの感じです。定期検査で入って検査した方々というのは6000人余り。そのうち陽性者は22人。たくさんの無症状者が見つかったところが1か所で15人ですから、大変低いです。ただ一方で随時検査では、ずいぶん大勢の方を陽性と確認しました。

逆に言うと、定期検査を受けようと考えてくれている施設は、相当注意している。例えば2週間後に定期検査入りますよということで予定が入ると、これまで以上に皆さん気をつけて、ルールを再点検して頑張って対策するんですね。ですから、"社会的検査"はそこで見つけるかどうかという手前に、行きますよということがさらなる用心深い体制をつくる副次的な効果を生むことができたかなと思います。

 

――世田谷区内の感染者数の推移に、"社会的検査"が始まって以降、何か寄与している部分があると思いますか?

世田谷区内で一度陽性になった方はもうすでに8000人を超えようとしています。都内最大の自治体ですから、人口も多い、検査も多いということが背景にあると思います。むしろ大事なのは、どれだけの方が重症化したのか。残念ながらお亡くなりになってしまう方がどこまで抑えられたか。そこが一番大事だと思っています。

症状のある人のPCR検査と"社会的検査"を積極的にやって、早い段階で発見することで広がりを断つということがどこまで重症化を防止できたかというのは、これからの分析課題になります。

 

――都内の傾向を見ていらっしゃって、印象としてはどうでしょうか?世田谷区は"社会的検査"のおかげで、重症化とか死亡者を抑えてきたなという印象でしょうか?

1月に入って、入院される方のほとんどが高齢者になっていきました。しかも、亡くなる方もかなり増えています。増えていますけれども、東京全体の死亡者数から見れば、比較的ぎりぎりのところで踏みとどまってきたと感じてはいましたが、これはまだ油断ができません。ここはもう少しいろんな要素を加味して分析しないと分からないところだろうと思います。

ただ、第3波が来る前は、重症化している人の率は非常に低かった。病院関係者、医師会などと連絡会をしながら、その時々の情報を収集していましたけれど、検査が複数のルートで広がっていれば早い段階で発見ができるので、当然、治療も早くなる。治療が早いほうが重症化は防げるというのが一般論として言えると思うので、その効果を上げてきたんじゃないかなと思います。

 

関連番組

クローズアップ現代+「"攻めの検査"はどうあるべきか 自治体のPCR検査戦略」(2021年2月17日放送)