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讃井將満

讃井將満

自治医科大学附属さいたま医療センター 副センター長 集中治療部 教授

医療従事

2020年5月

重症化との闘い

取材日:2020年5月 9日

急変する新型コロナ肺炎 体内では何が起きているのか(自撮り)


 

息苦しくない肺炎、3つの要因

本日は「クローズアップ現代+」の取材を受けました。いわゆるハッピー・ハイポキシアについてご説明した後、重症化すると新型コロナ肺炎からARDS(急性呼吸促迫症候群)や多臓器不全、さらにICU後症候群というやっかいな後遺症にかかる可能性が高いこともあわせてご説明いたしました。

ハッピー・ハイポキシアとは、実際に血液中の酸素濃度(=酸素飽和度)が低下しているのに、患者さんが息苦しさを訴えない状態を指します。コロナ肺炎が広まってから、使われるようになった用語だと思います。なぜ起こるのでしょうか。

まず、新型コロナ肺炎では、比較的早期から肺の奥のほうで肺炎が始まり、せきやたんなどの症状が乏しいまま進行することと関係があリます。肺は、ガス交換を行う、すなわち空気から血液中に酸素を取り込み、逆に血液から二酸化炭素を抜き取って吐き出すわけですが、新型コロナ肺炎では、比較的早期から肺の奥で炎症が始まり、そこで酸素取り込み能が低下します。具体的には、肺の細い血管にできる血栓や、血管の調節障害によって肺でガス交換を受けない血液が静脈から動脈にそのまま流れる結果、動脈血の酸素飽和度が下がるという現象が起きます。このように、新型コロナ肺炎には、発熱以外の症状がはっきりしないまま肺炎や肺血管障害が進み、早期から血液の酸素飽和度が低下しやすいという特徴があります。

では、なぜ息苦しくならないのか。人間は、身体の酸素が不足したり、二酸化炭素が吐き出せなくなると、息を大きく速く、つまり息を荒くして一生懸命、酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出そうとします。しかし人間の身体は、二酸化炭素が吐き出せない状態には敏感ですが、酸素の取り込みが悪い状態には鈍感なのです。実際、我々が息こらえをすると20-30秒で息苦しくなりますよね。この時、血液中の二酸化炭素はわずかしか上昇しませんが、すぐに息苦しくなります。一方、平地で我々の血液(動脈血)中の酸素飽和度は97%程度ありますが、富士山5合目で90%、山頂では80%程度まで低下します。しかし、高山病にでもならない限り、それほど息苦しくありません。会話できますし、歩くことができます。このように、我々人間は、低酸素に対して耐性があるのです。実際、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるとき、血液中の酸素飽和度は大人の3分の2くらいです。新型コロナ肺炎では、二酸化炭素の吐き出し能力はほとんど影響を受けません。だから血液の酸素飽和度が低下し、すでに身体の酸素が不足している状態でも、息が荒くなりにくいのです。

また、新型コロナ肺炎が進行して重症化すると、肺の広い範囲が滲出液(しんしゅつえき)で水浸しになり、ガス交換ができなくなってしまいます。しかし、最初は肺全体が水浸しになるわけではなく、まだ肺全体が柔らかくて息を吸うのに困難を感じにくいのです。さらに実際、低酸素が進行して息が荒くなっても、それを脳が感じにくくなる、つまり、新型コロナウイルスが、息の荒さを感じとって息苦しいと脳に意識させる神経回路の働きを弱くしてしまう可能性も指摘されています。身体は低酸素に反応して息が荒くなっているのに、脳はそれを苦しさとして感じない状態になってしまうわけです。

このように、新型コロナ肺炎では1) 早期から肺炎・肺血管障害が進行して低酸素になるにも関わらず、2) もともと人間は低酸素に耐性があって、息を荒くして酸素をたくさん取り込もうとするメカニズムがすぐには働かず、3) さらにウイルスの感染によって息が荒くなっても脳が息苦しいと感じなくなってしまう。なぜハッピー・ハイポキシアになるかは、このように3つの過程で説明できます。

 

わずか半日で、人工呼吸器が必要に

正常では、血液(動脈血)の酸素飽和度は97%程度ですが、ハッピー・ハイポキシアでは、しばしば酸素飽和度が80%台か、それ以下に低下すると言われています。本人は安静にしていれば、苦しくなく、話すことができますが、血液中の酸素飽和度が低いことに変わりありません。したがって、たとえば筋肉の活動のための十分な酸素が届かず、だるい、普段できるような階段の上り下りなどの運動ができない、少し動くだけで息が切れるなどの症状が出るはずなのです。

このような場合、まずは酸素飽和度を上げるべくマスクで酸素を投与します。しかし重症化すると、全身の炎症とともに肺も傷んでいきますから、肺炎の状態から、いわゆるARDS(急性呼吸促迫症候群)の状態になって、より肺の水浸し領域が増えるのです。こうなると、もう酸素投与だけでは酸素飽和度が上がらない、さすがに息も荒く、息苦しさも感じるようになって、すぐに人工呼吸が必要な状態になります。

新型コロナ肺炎が重症化する患者さんの多くは、恐らく数時間から半日単位で、ハッピー・ハイポキシアの状態からこのようなARDSの状態になると考えられます。自宅療養者が、保健師さんの観察で夕方まで問題なかった、しかし、翌朝になると息が苦しくてしょうがない、救急車を呼ばなきゃいけないという状態になったケースもありました。保健師さんの問診上は息が苦しくない、大丈夫ですというふうに患者さんがおっしゃっていたとしても、もう、その時点ですでに血液中の酸素飽和度が低くなり、80%、もしかしたら70%くらいまで下がっているかもしれないのです。そして、翌朝には急激に肺の水浸しの領域が広がって、いわゆるARDSに典型的に見られる水浸しの領域が大部分を占めるような、胸部レントゲン写真を撮ると真っ白に見える状態になるのです。

 

自宅待機者は、酸素飽和度や呼吸数や脈拍数の変化に注意

新型コロナ肺炎ウイルスによって一気に全身の炎症が進んで、最初、肺の奥のほうに散らばっていた肺の炎症が一気に進みARDS(急性呼吸促迫症候群)の状態になる。こうなると、もうハッピー・ハイポキシアではなくて、即介入しなければ命に危険があるような状態になります。

このようなハッピー・ハイポキシアからの急激な悪化が、恐らく、自宅療養中に不幸にも亡くなる主な原因ではないでしょうか。実際に、ニューヨークでは、自宅にいた患者が苦しくなり、救急外来にかかろうとしたがたどりつけずに道端で亡くなったり、たどり着いて診察を待っている間に亡くなってしまうというような不幸なケースもあったようです。

ですから、自宅や宿泊施設に滞在する患者さんを、自覚症状だけでフォローするのは危険です。もちろん全員が入院できればいいわけですけれども、そこまでのベッドは確保できていません。入院できずに自宅やホテルにいらっしゃるような患者さんには、症状だけではなくて、客観的な、例えばパルスオキシメーターによる血中の酸素飽和度を測定する必要があります。それができない状況であれば、たとえば患者さんや家族が、数時間おきに脈拍数を記録する。それがだんだん速くなれば低酸素も進行しているのであると考えられます。

なぜなら、血液中の酸素飽和度が低いということは、組織に運ばれる酸素の量が少ないということですから、心臓が打つ回数を増やして心臓から送られる血液量を増やすことによって、低下した酸素飽和度を補い、運ばれる酸素量を増やそうとするはずなのです。1分間に100から120回以上であれば危険なサインです。

また、呼吸回数を測ることもよいでしょう。ハッピー・ハイポキシアという、いわば低酸素に身体がまだ対応できていた状態から、ARDS(急性呼吸促迫症候群)という命に関わる状態に移行する前に、たとえ本人が息苦しさを訴えなくても、息の荒さ、すなわち呼吸回数に変化が出るはずだからです。1分間に30回以上あれば危険なサインだと思います。

いずれにしても、このようなハッピー・ハイポキシアという現象と、それに続いてなぜ急激に悪化するかに関する説明の中には、証明されていない部分があり、さらに研究を進める必要があります。

ぜひ、皆さん、PCR検査を受けて陽性で、熱以外に症状がなく、呼吸の回数も早くなく、息苦しくもなく、パルスオキシメーターの値が97%程度あって酸素の投与は必要なく、自宅やホテルに留まってくださいと言われた場合でも、だるさがひどくなったとか、できていた運動ができなくなったとか、どうも少し前より何かおかしいという軽い変化にもご自身で気づくようにして、また、数時間おきに脈拍数や呼吸回数をチェックして、できるだけ保健師さんに報告して、指示を仰いでいただければと思います。特に重症化しやすい、高齢や肥満のある方、喫煙者、高血圧、心臓病、糖尿病などの持病がある方は必須です。

 

回復後、身体、脳、こころの障害が長く続くICU後症候群

今日は、新型コロナ肺炎で入院し、もう一か月以上ICU(集中治療室)にいらっしゃって昨日ECMO(人工心肺装置)を離脱した方が、2回PCR陰性が確認でき、通常のICUの個室に移動されました。

このような方が、今後どこまで回復するかはまだ分かりません。新型コロナ肺炎から、強い全身の炎症であるいわゆるサイトカインストームや、全身の細い血管が血の塊で詰まる血栓症によって、脳、心臓、肺、肝臓、腎臓、腸など、生きていくために欠かせない臓器に酸素が届かなくなり、機能不全に陥る状態、いわゆる多臓器不全になります。多臓器不全に打ち勝って、何とかICUを退室できるまで回復できたとしても、元の生活に戻るには相当の時間、回復の遅い人では数年以上かかるのです。

このような、ICU退室後の長期に及ぶ後遺症は、ICU後症候群(ポストICUシンドローム:PICS)と呼ばれ、新型コロナ肺炎だけでなく、ICUで治療が必要な重症の感染症、多発外傷、大手術後に多臓器不全に至った場合にも起こります。以前から、多臓器不全からの回復は相当に難しいということはよく分かっていたのですね。新型コロナ肺炎特有の後遺症ではありません。

ICU後症候群の症状は、身体機能低下によるもの、脳機能低下によるもの、精神(=こころ)の機能低下によるものに分けられます。身体機能の低下には、肺炎やARDS(急性呼吸促迫症候群)が治る過程で肺に繊維質が増えて固くなり、ガス交換能が戻らず、少し動いただけで息苦しくなったり、酸素が手放せなくなったり、筋肉が痩せ細って筋力が低下したり、神経まひでしびれが長く続いたりするなどの症状があります。脳機能低下の代表的な症状は、集中力が低下したり、記憶力が低下したり、今までできていた簡単な計算ができなくなるなどです。さらに、こころの機能低下として、不安が強く、たとえば夜眠れずに怖い夢を見たり、うつになり気分が落ち込んだり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状、たとえばICUにいた時に聞いた心電図のピッピッピッという音を、何かの拍子にに再び聞いた時にドキドキ、ハーハーしてしまう、いわゆるフラッシュバックの症状が出たりします。その結果、仕事や学校に復帰できなくなったり、収入が落ちたり、質の高い社会生活ができなくなることもあるのです。

これらの後遺症がなるべく軽くなるように、ICUに入室後、まだ人工呼吸器やECMOが必要な早い段階から、患者さんができるだけ覚醒した状態でコミュニケーションがとれ、自分が誰で、今どこにいて、何をされているかが理解できるよう、麻酔薬の量を減らします。人工呼吸やECMO中は気管チューブが入っていますので声を出すことはできませんが、筆談などでコミュニケーションをとるのです。さらに、人工呼吸やECMO中でも、座ったり、立ったり、歩いたりといった身体活動アップを目指してリハビリを始めます。できるだけ早くから意識があって、自分の状態がわかり、動くことができれば、それだけ回復が早まり、人工呼吸器やECMOが早く不要な状態になります。さらに、このように早期覚醒、早期リハビリを行うことで、ICU後症候群が軽くなることもわかっているのです。

けれども、新型コロナ肺炎の場合、早期覚醒、早期リハビリによる医療従事者自身への感染の懸念があります。また特効薬がないので免疫が過剰に反応して炎症が強く、ARDSや多臓器不全も強く、長くなる結果、麻酔が必要な時間が長くなり、どうしても早期覚醒、早期リハビリという目標が達成できません。ですので、どうしても通常以上に、ICU後症候群としての身体・脳・こころの後遺症が重くなり、長く続くのではないかと推測しています。

この患者さんも、通常より麻酔で眠っている時間が長かったのは確かです。今後、ICU後症候群という重大な後遺症が少しでも軽くなるよう、積極的にリハビリしていかないといけないと思っております。