タヌキにハマった高校教師に聞いてみた!
―「小林さん、今日ね、タヌキ見たよ」
―「こんなところにタヌキはいないでしょう。浦和だよ?(笑)」
2020年10月、何気ない同僚との会話が、小林さんにタヌキへの研究心が生まれるきっかけでした。
浦和商業高校に勤務している小林邦夫さんは、独自に高校の敷地内に生息するタヌキの調査をしています。校内のトレイルカメラで撮影したタヌキの動画を、シチズンラボにも投稿してくださいました。
小林さんの投稿はこちらからご覧いただけます。
今回はタヌキにハマる小林さんに、タヌキの魅力を語っていただきました。
プロフィール
小林邦夫さん(67歳) 高校教員を務めた後、現在は浦和商業高校で非常勤講師として勤務し、理科を教えている。 |
ーどのような経緯で、タヌキにハマったのでしょうか
2020年の秋、サッカー部の顧問をやっていた理科の同僚が、「小林さん、今日ね、タヌキ見たよ」と声をかけてきました。
「こんなところにタヌキはいないでしょう、浦和だよ?(笑)」と言って、てっきりイヌやネコを見てタヌキと勘違いしたんだろうと思って笑い飛ばしたんです。
でも別の日になって陸上部の顧問も「いや小林先生、タヌキはいるんですよ」と言うんです。また後日、生徒たちからも「部活中の休みにベンチに座って白幡沼を見ていたら、フェンス越しにタヌキがこっちを見ていて、タヌキとお見合いをした」という話を聞きました。
これはひょっとしたらと思って、何とか確認しようと、証拠が欲しくなりました。
そこでインターネットで検索すると、トレイルカメラというのが売られていて、安く手に入れられる時代なんですね。早速手ごろなのを頼んでグラウンドに設置したら、その日の夜にタヌキが映っちゃったんですよね。
(初日に撮影したタヌキ)
―すごいですね。仕掛けて初日の夜ですものね。
そうなんです。何日か仕掛けてチェックをしていたら、まあ頻繁に映るんですね。
で、カメラももっといっぱい欲しくなりまして、今4台カメラをセットして撮っているんですけど、実は6台くらい買ったんです。もうハマってしまいまして、面白くて。
翌年の2021年7月に子ダヌキが初めて映ったんです。グラウンドをちっちゃいタヌキが歩いている姿が映って、子供を産んでいるんだということが分かりました。
9月10月で最大7頭のタヌキをグラウンドで確認しました。昼間は部活の生徒が走り回っている校庭が、夕方5時6時ごろになると、今度はタヌキの時間に切り替わるんですね。2022年3月には交尾シーンも撮れたんですよ。
(親子連れのタヌキ)
それで子どもはいつ産まれてくるんだろうと本やインターネットで調べたりして、春が明けた6月ごろに産まれるんじゃないかと、去年はそれをすごく楽しみに過ごしていました。
すると今度はアライグマの親子が映っちゃったんです。
(タメフン場に現れたアライグマ)
アライグマはタヌキに比べると一回りも大きいのにアライグマの方が子どもが先に産まれちゃって。
おまけにタヌキの子どもがなかなか出てこないものですから、襲われてやられちゃったんじゃないかと心配していたら、7月後半くらい、前の年と同じくらいのタイミングに出てきたんです。
こんな感じで、なんだかタヌキのおじいちゃんになったような気持ちで、タヌキのことを見守ってるんですよね。そんなことをしながら今でも週に一回くらい、SDカードを回収しては、何が映っているのかなと確認している毎日です。
去年の秋に、テニスコートの隣の雑木林に、ためフンを見つけたんですね。
(雑木林の中のタメフン場)
そこでフンの分析をやってみたいなと思ったのですが、学校で行うには衛生管理やにおいの問題がありました。
「ああ~せっかくそこにフンがあるのになあ」と思っていたら、麻布大学でタヌキのフンの研究をしている高槻成紀先生のホームページを見つけました。そしたらなんとびっくり、高槻先生がタヌキのフンが欲しいと書いてあったんですよ。
メールをしたらすぐに返事がきて、1年間毎月タヌキのフンを送る約束をしました。
ー研究者との運命的な出会いがあったんですね。
最初の提供は2021年の12月でした。クリスマスの日にタヌキのフンを10個くらい集めて高槻先生に送ったんですね。すると年末年始にもかかわらず、すぐにフン分析をしてくれました。1月4日に結果が返ってきて、こんなものを食べているんだと知ったときは、すごい嬉しかったですね。
それから2023年1月まで、毎月10から20個のフンを拾っては送って分析してもらいました。その結果が本当に面白いんですよ。
浦和商業高校は白幡沼がすぐ近くにあるという環境なので、水生生物のヒキガエルやアメリカザリガニを食べているというのが、特徴なんです。おまけにカエルを食べているところもトレイルカメラに映っちゃったりして。
(ヒキガエルを食べるタヌキ)
この一年間はすごいエキサイティングな日々でしたね。タヌキのおかげで素敵な研究者とつながることができました。今も毎日勉強しているようで、面白いです。
―カメラでの観察やフン分析から、いろいろなことが明らかになっていったんですね。
そうなんです。でも、食べものは高槻先生のおかげである程度解明できたのですが、タヌキについていまだにわからないことだらけなんですよ。
例えば、浦和商業高校のタヌキは狭い生息域の中で、今のところ毎年子どもを産んでいるんです。タヌキに関しての本では、秋ぐらいになると親離れしていなくなる、と書いてあるのですが、浦和商のタヌキたちは春になっても一部、親と一緒にいるんですね。本に書いてあることと違うんです。
(秋を過ぎても一緒にいるタヌキファミリー)
他にもあって、大体1月2月までは親と子どもが一緒に3、4頭ぐらいのグループで映ってるんです。さすがに3月中旬をすぎると夫婦だけになるのですが、7月になると、また4、5頭子どもを産むわけですよね。じゃあ産まれた子どもたちはどこへ行っちゃうんだろうかというのも謎なんです。
―個体が同じかどうかまでは分からないのでしょうか。
そうなんです。毎年同じ親が子どもを産んでいるのかというと、そこもちょっと不明なんですね。トレイルカメラが赤外線カメラであるせいもあって、毛の色がみんな同じように映っちゃうので、個体識別ができないんですね。
(毛並みが似ていて個体識別が難しい)
この地域のタヌキたちが、どう過ごしているのかもまだ分かっていません。これらの謎をどういう風に探っていったらいいか分からないまま、今3年目を迎えています。
―もともと人づてでタヌキを知ったとのことですが、学校にタヌキがいることをみんなは知っているのでしょうか?
それが一部の人だけの情報だったようで、多くの教職員や生徒は知らなかったんです。
野生動物がいるということに対して、どう向き合ったらいいのか多くの人は知らないですよね。餌付けしちゃったり、うっかり手を出してけがをしてしまったり、知らないで事故が起こると、今度は害獣扱いされてしまうということが目に見えていました。
そこでタヌキ通信という形でニュースを作り、クラスや保健室に配ったりしました。また自分が授業を持っているクラスには、スライドと動画でタヌキの生態について教えたり、タヌキに出会ったときの注意点について教えたりして、味方を増やそうと行動し始めたんです。
(小林先生が発行しているポンポコタヌキ通信)
―野生動物との付き合い方、向き合い方について考えたり広めていくことは大切だと改めて感じました。
存在がなくなっちゃう、目に見えなくなる、触れなくなるっていうのがまず興味を持たなくなる一番の理由ですよね。身近なところにタヌキが生きているというのを知ることで、なにやってるんだろうってまず質問してくれるんです。
特に、タヌキは何を食べてるんですかと聞かれるのがすごく多いんですよ。
その話のついでに実は子どもも産まれているし、アライグマもいるんですとかって言うと、話がもっと広がっていくんですよね。
今では、学校のホームページにタヌキ通信の掲載もしています。
いろいろなやり方でうまく情報発信することで、さまざまな人に学校にいるタヌキのことを知ってもらいたいと思っています。
(浦和商業高校校内のタヌキ情報コーナーの掲示物)
最近は街中でタヌキの看板を見かけたり、ニュースでタヌキが出ていると、すぐに写真を撮って、同僚と共有し合うようになりました。密かにタヌキグッズも集めています。自分の身近にいる野生動物への興味や関心を喜びに感じていて、楽しいですね。
―タヌキもきっと喜んでいますね(笑)
ただ悩みがありまして、うちの高校は理科関係の部活がないんです。
農業高校などであれば生徒たちがタヌキについて調査したり研究することが学校の授業ともリンクできるのでしょうが、商業高校だと難しくて。私にできることは、理科の授業でタヌキの生態を教えるのが関の山なんです。
もしここに、生徒も加わって生態調査をする関わりを作れたら、もっと深まるし良い研究になるだろうなと思っています。
(小林先生お気に入りの一枚)
そのためにもまずは興味を持ってもらうために、楽しく仕掛けることが大事ですよね。
タヌキが幸せに暮らせ、学生もタヌキについて学べる環境やシステムを作りたいと思っています。
―小林さん、ありがとうございました!