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地域づくりナビ

新しい工夫で漁業再生

新新しい工夫で漁業再生

2017年4月4日更新

日本の新鮮でおいしい魚を、いつまでも。
地域の漁業が元気を取り戻してほしい。

四方が海に面した日本は、豊かな魚介類に恵まれています。ところが、全国の漁港では、漁師の高齢化や担い手不足、乱獲による漁獲量の落ち込みが深刻となっています。また、海産物輸入の増加による魚の値段の低迷や、日本人が魚をあまり食べなくなっている「魚離れ」などが、漁業の衰退に拍車をかけています。
こうした状況の中、新しい漁業のやり方に取り組むことで、漁業に活気を取り戻し、担い手の確保などにつながっている地域があります。

地域の食文化を活かした漁業の再生

若い世代の家庭を中心に魚離れが進んでいます。それを食い止めるには、消費者に、魚や調理法についてよく知ってもらうことが大切です。
日本の海や川に生息する魚種は約3,300種にのぼりますが、実際に食べられているのは、マグロやカツオ、イカ、アジなど、数種類から十数種類程度。農産物に比べると、魚について知る機会も少ないのが現状です。魚の特徴や食べ方を伝える活動を続けてきた、元水産庁職員の上田勝彦さんは、消費者が魚について知らないからこそ、過度なほどの説明が必要だといいます。

宮崎県日南町では、地域に伝わる調理法を再発見する取り組みが行われました。地域で獲れたトビウオのすり身を麺状にした郷土食「魚うどん」を学校給食に出すことにしたのです。魚うどんは、戦中戦後の食糧難の時代に生み出された先人の知恵。子どもたちに魚をおいしく食べてもらうための、愛情たっぷりの郷土食です。

戦中の食料難で生まれた『魚うどん』が給食に ~宮崎県日南市~ (食べてニッコリふるさと給食)

宮崎県日南市の小学校では、子どもたちの魚離れを何とかしようと、地元産の魚を使った郷土食が給食に登場しました。トビウオなどの新鮮な魚をすり身にし、うどんのようにゆでた“魚うどん”です。戦中戦後の食糧難の中で人々の命をつないだ食べ物を、漁協の女性たちが食べやすいように工夫し、4日がかりで準備しました。子どもたちは戦争中のふるさとの生活や魚うどんの作り方を学び、手間のかかった給食をいただきます。

食べてニッコリ ふるさと給食
魚うどん給食 ~宮崎・日南市~
(2011年6月21日放送)

新しい食べ方を工夫する取り組みもあります。広島県福山市では、子どもたちに魚をおいしく食べてもらうため、ハンバーガーに地元の魚を使うことにしました。味は良いのですが、ウロコが厚く小骨もあって調理が難しいボラは、消費者から人気がなく、市場でも売れません。獲る人がいないために増え続け、大量に網にかかっても捨てなくてはならないなど、漁港の「やっかい者」でした。そこで、漁協の女性部が小骨ごとすり身にしてボラコロッケを開発。給食でパンにはさんで、フィッシュバーガーとして出したところ、子どもたちから大人気に。漁協の女性たちのアイデアによって、やっかい者は貴重な地域資源に生まれ変わりました。

やっかい者のボラが給食で大人気 ~広島県福山市~ (食べてニッコリふるさと給食)

広島県福山市の内海町。定置網で大量に獲れるボラは白身でおいしい魚ですが、うろこが厚くて骨が多く、市場ではほとんど売れません。漁師が見向きもしないボラを給食のメニューにしようと立ち上がったのは、漁協の女性部。小骨ごとすり身にし、改良を重ねてコロッケにすると、フィッシュバーガーが子どもたちの大人気に。市内全域で給食にボラを使う動きが広がり、厄介者だったボラは貴重な地域資源に生まれ変わろうとしています。

食べてニッコリ ふるさと給食
ボラバーガー給食~広島・福山市~
(2011年7月18日放送)

「競争」より「助け合い」で漁業を元気に

新しい漁業のやり方への挑戦も、各地で始まっています。
ハタハタ漁で知られる金浦(このうら)漁港では、みんなで力を合わせ助け合うことで、漁業に活気が生まれました。
この漁港では、1990年代半ば、資源保護のためにハタハタの漁獲量を制限したことで漁師間の競争が激化。収入の格差が広がり、競争に敗れた高齢の漁師などは厳しい生活に陥り、お互いの関係もギスギスするようになりました。そんな時、水揚げ高がトップクラスの2人の漁師が、競争をやめてみんなで一緒に漁をし、利益を平等に分け合う共同操業を提案。その結果、格差なく誰もが安定した収入を得られるようになって漁師達のやる気が増し、さらに共同で高価な新しい機械を導入したことで魚の品質・価格も向上。活気が出た港では、年配の漁師から若い漁師への技術の伝承も行われています。
「人を思いやる気持ちがあれば港が活気づく」と、取り組みの中心になった漁師は言っています。

ハタハタの共同操業で再生した漁村 ~秋田県にかほ市~ (明日へ 支えあおう 復興サポート)

ハタハタ漁で有名な秋田県にかほ市。金浦(コノウラ)漁港では、資源保護のため漁獲量を抑えたことで漁師間の競争が激化、収入の格差が広がり殺伐とした雰囲気に。そこで水揚げ量一、二を争う2人の漁師が、利益を平等に分け合う共同操業を提案。みんなが安定的な収入を得られるようになり、やる気も増しました。共同で新しい機械を導入したことで魚の品質も向上。年配の漁師から若い漁師へ技術の伝承も行われるようになりました。

明日へ 支えあおう 復興サポート
放射能汚染からの漁業再生 ~福島・いわき市~
(2014年6月22日放送)

少量多品種の「混獲魚」をネットで直販

消費者と直接つながることで活路を見いだそうとする動きもあります。60人の漁師でつくる山口県の水産会社「萩大島船団丸」では、獲れる魚種の95%にあたるアジやサバは市場に出荷していますが、5%にあたる少量多品種の「混獲魚」を船上で箱詰めし「鮮魚BOX」と名付けて全国に直接販売しています。顧客の多くは飲食店。飛び込み営業をかけて魚の品質の良さを知ってもらい、インターネットで注文を取って販売しています。ニーズに合った新鮮な魚を直送することで高い値段で魚が売れるようになり、こうした新しい漁業に魅力を感じた若者が、全国から移住してきています。

ネットで少量多品種の魚を直送 ~山口県萩市大島~ (明日へ 支えあおう 復興サポート)

山口県萩市の大島では、60人の漁師と20隻の船で構成する「萩大島船団丸」が、飛び込み営業とインターネット販売によって全国の飲食店などに魚を直送しています。きっかけは高齢化と後継者不足、乱獲による漁獲量の落ち込みでした。獲れる魚種の95%はアジやサバ。網に入る5%の少量多品種な「混獲魚」を扱い、その単価は2倍近くに上がりました。魅力を感じた若者のIターン促進や後継者獲得にもつながっています。

明日へ 支えあおう 復興サポート
放射能汚染からの漁業再生 ~福島・いわき市 part2~
(2015年7月19日放送)

被災地の漁業再生に向けた新たな取り組みも

東日本大震災の被災地でも、新たな漁業への取り組みが始まっています。
岩手県大船渡市では、漁の様子をライブカメラでネット中継するなど、消費者とのつながりを強める一方、漁師料理の伝統を生かした加工品を最新の冷凍技術で全国に届けています。地域の文化・風土を生かし、付加価値をつけた加工品を開発することで、漁業の再生をめざしています。

伝統料理を生かして漁業に付加価値 ~岩手県大船渡市~(サキどり↑)

津波で大きな被害を受けた岩手県大船渡市。水産物販売業を営む八木健一郎さんは、震災後1カ月から、漁の様子をネット中継、捕れた魚をネットで全国販売するなど、新たな漁業に挑戦してきました。さらに漁師料理の伝統を生かして加工販売を拡大しようと、全国の投資家に呼びかけて資金を募り、最新技術を生かした加工施設を建設。漁師たちとアイデアを出し合い、地域の文化・風土を生かして付加価値をつける漁業を模索しています。

サキどり↑
被災地だからこそ新ビジネスを!
(2014年9月14日放送)

原発事故による放射能汚染の影響を受けた福島県南相馬市では、若手漁師たちが「そうま食べる通信」という情報誌を始めました。消費者と直接つながることで福島の漁業への理解を広げようと、漁の様子や漁師たちの思い、調理法などを載せ、海産物とともに会員に届けます。生産の現場を知ってもらい、海産物の安全性も消費者自身で判断してもらうことを目指しています。

情報誌をつくり福島の魚の信頼回復 ~福島県相馬市~ (明日へ つなげよう 復興サポート)

消費者と直接つながることで福島の漁業への理解を広げようと、相馬の若手漁師が始めた「そうま食べる通信」。海産物や農産物とともに、漁の様子や漁師たちの思い、調理法などを載せた情報誌を会員に届けます。生産の現場を知ってもらい、放射能の安全性も消費者自身で判断してもらうことを目指しています。さらにネットも活用して消費者とのつながりを深めており、生産者への親しみを抱く相馬ファンが増えています。

明日へ つなげよう 復興サポート
放射能汚染からの漁業再生 ~福島・浜通り Part3~
(2016年9月18日放送)

漁師同士が助け合ったり、地元ならではのおいしい魚料理を作り出したり。こうした動きが全国に広がっています。また消費者の側も地元の魚、食文化への理解を深め、生産者とのつながりを深めていく。さらに、生産地の漁業者と遠く離れた大都会の消費者が、お互いに交流を深め、ネットなどを通して直接つながる動きも始まっています。漁業が再生していくことで、地域が元気になり、都会の暮らしにも豊かさがもたらされています。