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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2017年09月22日 (金)

地域づくりを考えるうえで大切なこと 下 【民俗研究家・結城登美雄さん】

※「地域づくりを考えるうえで大切なこと 上」はこちらから

地域に生き、暮らす人々の声に耳を傾け、地域を知り、学ぶことで地域の活性化につなげていく。そうした動きを「地元学」と呼び、提唱している民俗研究家の結城登美雄さん。多くの農漁村を訪ね歩き、自らも宮城県で農業に携わっています。結城さんに「地域づくり」を考えるうえで大切なことを聞くシリーズの後編です。

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ーーかつてと今とでは「地域」の在り方は変わっているでしょうか。

かつて人々は、みんなの力を合わせて農作物を生産し、自然の太陽や水、風などを利用しながら、色々なものを漬けたり、干したり、煮たり焼いたりしながら食べものをこしらえて、生きてきました。

「水を汚してはならない」「神さまのバチがあたるぞ」「土を殺せばおまえが死ぬぞ」。こういったことが生きる条件として、幼少のころから教え込まれてきたのです。土を殺すなというのは、つまり土を弱らせてはいけないということ。お年寄りの中に「土を良くする仕事を農業と言うのではあるまいか」と言う人が多いのはそのためです。拾ってきた山の葉っぱとか堆肥を畑に入れたりして、土を良くしてきました。今、「エコ」「エコ」と言われていますが、昔はエコロジーのことを「神さま」と言っていました。神さまへのバチ当たりをしなければ生きていけるというふうに、人間は自然に働きかけ、自然に感謝し、自然に畏敬の念を持って、そして自然に憧れてきたのです。

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こうした生き方が長く続いてきましたが、戦後は「こんなまどろっこしいことよりも、会社に入って給料をもらって、必要なものは買えばいい」と、作る暮らしから買う暮らしへの転換が進みました。工業化社会です。さらに、工場のある都会へと子どもたちを移動させた。集団就職列車ですね。教育界産業界をはじめ、こぞって人々を都市に向かわせてきた結果、都市が膨張して地方が過疎になりました。地方の人たちが「田舎も良いよ、地方にも良いところがあるよ」と言ってもなかなか伝わりませんでした。

戦前から昭和30年代までは衣食住、特に食料は自給が基本。足りないものは、相互に助け合い、支え合う。これが、村の暮らしでした。それでも手に入らないもの、たとえば塩や反物などは仕方なく町から取り寄せていました。しかし、現代は自給が限りなくゼロに近づき、相互補助も薄っぺらになり、なんでもお金の市場経済になり、何をするにもお金が要るようになりました。ところが、あまりにも市場経済にお任せになった結果、「地域でやれることは、相互扶助の力で市場から取り戻すことが大事だよね」というもう1つの価値観が近年になって生まれてきたのです。

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全てをお金で解決してしまうと、相互扶助がなくなり、人と人の関係も切れてしまいます。つながれないから、集まらないし、楽しくなくなってきた。人の集まるところを、もう一度作ろうという動きが広がっています。例えば農産物の直売所では、市場経済の規格に合わない、つまりお金にならない農産物を中心に販売して全国で一兆円ぐらいの売り上げになっています。規格外という、これまで市場経済では価値がないと思われていたものが、雇用も生み出しているのです。

ーー私たちはどんな地域の在り方を模索すべきでしょうか。

よい地域の条件は「よい仕事の場があること」。そして、「よい自然風土があること」「よい居住環境があること」「よい文化があること」「よい仲間がいること」「よい学びの場があること」「よい行政があること」。「よい文化」とは、たとえば、「楽しみの場」です。みんなで絵を楽しめば美術館。みんなで音楽を楽しめばホール。みんなで一緒に楽しむことを文化と言うのではないかと。

「よい仲間」の「仲間」って何でしょう。「気の合うものを仲間と呼ぶのではない。互いのいろいろなことを理解し合うことができるものが仲間だ」と言うお年寄りは多いです。気の合う人とだけ付き合っていると、その関係は崩れやすいものです。この世で生きてく中で、互いのさまざまな背景やハンディ、欠点や長所、つまり日常を分かり合う、それが仲間づくりなのです。

「学びの場」とは、単に知るための学びではなく、作るための学び、生かすための学びです。たとえば、資源を生かすということ。例えば、荒れ地にあった柳の木を削って箸にする。もっと太い枝は、箸置きにする。さらに、木でフォークやスプーンをつくる。植木鉢をつくる。そういった作業をみんなで集まって一緒にやるものづくりの場、交流の場が大切です。

たとえば、この7つの条件から「食」を地域づくりのテーマとして捉え直していくとします。食を通じた仕事を作り、仲間作りを広げ、食の文化を発掘し、新たな文化を地域に加えていく。食の学びの場という広がりを持つ。地域の特性、気候・風土に合った産物を作る。たとえば、空いている民家を借りた食堂や、廃校を利用したそば店。たとえば、山形県にある廃校を利用したそば店は、材料にもこだわって11時から15時までの営業です。今では大人気となり、バスの停留所ができたほどです。さらに、この食堂をきっかけに雪下ろし体験など、地域住民の日常の暮らし自体がスタディーツアーとなり、そうこうしているうちに年間2万人のお客さんが集まるようになりました。

ーー地域づくりというのは、集まること、楽しむことが大切なのですね。

地域で一番多いのは、「お茶飲みの場がほしい」という女性たちの声です。昔から、地域には女性たちの愚痴の吐き場というのがありました。たとえば、若い女性達が集まる講(地域の行事・会合)では「うちの姑さんがね、・・・」といった愚痴が出る。「離婚したいけど今さら実家に帰れない」「亭主は1つもかばってくんねえんだ」とか、そういうフラストレーションを吐き出す場にもなっていました。「私もそうなのよ」「私もそう」と、夜中遅くまで女性同士が愚痴を言って、あーすっきりしたっていうのも実は講の大きな役割だったんです。

地域づくりっていうのは、互いに悩みや課題を聞いて、そして悩みや課題だけでなくて希望や願いを聞いて、それをみんなで実現させようとする。そのためには、力を合わせる、協力することがy必要だから、人と人をつなげる、橋渡しする。地域づくりを大きなテーマとしてまつりあげず、「みんなでお茶を飲みましょう」と言って「こんなことしたいね」と希望を言い合ったり、愚痴を言い合ったりできるような場づくりから始めればいいのです。「あの空き家をみんなの集まり場にしよう」「週に1回はお茶飲み会を開こう」「みんなで一緒にお弁当を食べる会を開こう」。そこから、たとえば最初はお弁当を食べるだけだった集まりが、一人暮らしの人がおしゃべりを楽しむ場となり、さらに作った弁当を他でも売ろう、小さいレストランを作ろう、加工をやるならば直売もしようと、どんどん楽しみが広がっていく。それも最初は愚痴から始まったりして。

自分の家族や他の家族のいろいろな悩みや課題や願いや期待がわかると、それを解決、実現するための知恵が生まれていきます。1人では難しくても、3人だったらやれるねというふうに小さな可能性から前に進むようになってくるわけです。

だから、最初は小さな課題、小さな願いを持ち寄り、それを実現したり解決したりしながら、次はこういう少し大きなこともやってみよう、ならば役場に協力してもらおうかなどと、住民たちが主体的に動き、コミュニティーのつながりを深めていくことが大事です。

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主体的に、地域をよくしていこうとする住民を応援するのは、「よい行政」の役割です。例えば、住民が高齢者や子どもたちを見守ることをわざわざ制度化する必要はなく、互いの見守りは近くに住んでいれば可能だというふうに住民が主体的に動くようになると、役場も応援しましょう、ということになる。住民と行政の役割分担が上手く出来れば、官民で協力し合えるようになっていく。こうして、地域の人たちの悩みや課題の解決、希望や願いの実現を、行政が後押ししていく。そうした「よい行政」が各地に生まれていったら素晴らしいと思います。

インタビュー・地域づくりへの提言

結城登美雄さん

1945年生まれ。民俗研究家。東北各地を10年以上歩き、地元をもっと知り、資源を活用する智恵や術を地元の人々から学ぼうという「地元学」を提唱。自らも農業を営み、村人と言葉を交わしながら住民主体の地域づくりに取組む。「食の文化祭」などの地域づくり活動で、1998年「NHK東北ふるさと賞」、2005年「芸術選奨芸術振興部門文部科学大臣賞」受賞。雑誌や新聞で農と地域づくりについて多数執筆中。現在、宮城教育大学・東北大学大学院非常勤講師。

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