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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年08月31日 (水)

"機能別"タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る④【財政学者・沼尾波子さん】

岩手県紫波町は、これまでの「縦割り型」システムの中に、新たな「横割り型」システムを組み込むことで、それぞれのメリットを引き出すことに成功しています。このいわば「デュアルシステム」とも呼ぶべき新たな方法は、他の地域においても大いに参考になり、実践できるものだと、沼尾さんは指摘します。

--地域のことは自分たちで考え決めていくという、自立した姿勢を持つことも大切であると。

沼尾氏 そうですね。自治体も覚悟を決めることが大切だと思います。かつて訪問した地域で、徳之島の伊仙町(いせんちょう)があります。伊仙町の人口は7千人弱ですが、すごいなと思うのは、この40年間で4割近く人口が減少しているにもかかわらず、町内8つの地区の全てで、小学校を残しているんです。保育所も昨年まで8つあったんですよ。これは人口減少が続く自治体では、普通ではありえないことなのです。なぜそうなっているのかというと、町長さんが「絶対に学校の統合はしない」と決めておられるのです。学校というのは、子どもたちが学ぶための機能だけの場ではない。子どもが学ぶ空間ということを媒介にして、大人もつながるし地域がつながる。ある意味プラットフォームといいますか、公共空間なのだと。それがなくなるということは、地域のコミュニティの衰退につながることになるから、絶対に統合しないと言っているのですね。

昨年の時点では、8か所あった保育所のうち、認可保育所が3つ。あと5つは「へき地保育所」という仕組みで運営されていました。「へき地保育所」というのは、国が設けている制度で、通常の保育所とは違って、例えば調理室などを設けなくてもよいのです。お弁当を持ってくればよくて、保育士さんも2人いるのですけれど、原則、1人資格を持っている人がいれば、もう1人は無資格のお母さんでも大丈夫なんです。だから、以前は福祉センターや公民館として使っていたような空き施設で、そこに有資格者が1人いて、あとは利用者が家からお弁当を持ってきさえすれば、すぐに保育所として機能する場をつくることができるわけです。
しかも、「へき地保育所」では月額4千円(2015年度まで3千500円)で子どもを預かってもらえるんです。公立の認可保育所だと、所得に応じて保育料が変わりますが、何しろ伊仙町は出生率2.81(厚生労働省2014年合計特殊出生率)と全国1位ですから、子どもが4~5人という家はあたりまえ。一定の所得がある世帯の場合、保育料が高くなるため、認可保育所に4~5人も入れることが難しいのですが、「へき地保育所」だと1人4千円で預かってもらえる。だからみんな、それぞれの地区の「へき地保育所」に子どもを預けるわけですが、そこでまた新たに子どもを通じた「共助」が生まれている。親の誰かが迎えが遅くなると、近所のおばちゃんがまとめてみんな連れて帰って自宅で遊ばせておくとか。コミュニティでの子育てといいますか、子どもの見守りをサポートする一つの組織として機能しているんですね。
ところが厚労省は今回の子ども子育て支援制度ができたことで、保育所の基準をかなり厳格にして「へき地保育所」の制度を廃止するとしています。それでいま伊仙町は、保育所の統廃合を余儀なくされています。昨年度まで5カ所あったへき地保育所は今年度から3か所になりました。ナショナルスタンダードという基準を満たす形で、子どもを預けることができる機能があればいいということではないと思います。そこの地区にとりあえず、簡易な制度でいいから、誰かが子ども預かってくれる場所があるということが、コミュニティのトータリティーを考えたときには重要なのです。それが縦割りの“機能別”で、「保育とはこういうもので、こういう水準でこういう専門家がいて、このサービスをこうして提供するのがナショナルスタンダードです」と言われても、それがその地域を総合的に見渡した場合、しっくりはまるかというと、はまらないわけですね。まして地方では保育士の確保が非常に困難ですから、各保育所に資格のある保育士を2名ずつとした瞬間に、もうやっていけないとなってしまうわけです。
一方、国としては、例えば保育所で子どもが窒息死して訴訟になったりというようなこともあって、国の責任を考えると、専門職の保育士は2人いなきゃダメなんじゃないかと考えてしまうわけです。それもわかりますよね。だけど伊仙町からすれば、ベテランお母さんたちはもう何十人も子どもをみてきているし、言ってみればプロだという地域としての考え方もある。つまり、その地域にはその地域としての論理があるわけです。それが全国的な資格制度にどんどんからめとられて、一定のお金を払って学校を出て専門の資格を持っていないと子どもをみてはいけないとなると、「なんで?」ということになります。ジレンマです。
地方分権って本当に難しくて、それぞれの地域で何かあったときの責任まで含めて覚悟を決めて、その中でトータルにどうするかを考えていくということでもあるのです。そして同時に、そのために必要な標準的な財源を、柔軟に確保できるような仕組みとともに保障できるかということも問われていると思います。


--地方では、人口減少や経済の衰退で税収が減っていく中、国からのお金に依存する部分も大きかったと思います。

沼尾氏 そうですね。非常に難しい問題だと思います。これまで自治体職員は、いかに補助金なり財源を国から取ってくるかということがゴールになっていた側面があります。優秀な職員は、「地域の課題は何か」と地元に目を配りつつ、国の施策を見ながらそれに合う補助金を上手に探して組み合わせて、できる限り財源のパイを大きくしていくというようなことをやっていたと思います。
これからは、財政需要は増えていくけれども、なかなか収入は伸びていかない。あれもこれもということはできないし、人口そのものも減っている。その中で、“地域をどういうふうにしていきたいのか”ということを、地域には本当にいろいろな立場の方がいると思うので、そうした人々とつながって議論する場をちゃんとつくっていく。そして、そこで挙がってきたものを政策的にサポートし、身の丈に合った財政規模で解決を模索していく。そういうことが求められるのだろうと思っています。



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ただ非常に難しいのは、世の中にはこれまでの縦割りで機能充実を図る政策推進の仕組みも依然存在し、特定の機能を担っている組織や人々はそこに支えられているわけです。例えば農水省の推進する農政に支えられている農協、厚労省が推進する医療等の政策に支えられている日本医師会とか。そして、この構造の中で恩恵を受ける人と、受けられない人が出てきている。近年の成長戦略では、大規模資本を有するグローバル企業が恩恵を受けているという指摘もあり、他方で労働組合に入る機会が持てない非正規労働者の暮らしが脅かされていて、所得格差の拡大が生じています。誰もがハッピーになれるような、あるいは仕事や暮らしの課題解決に近づいていけるような仕組みをどう考えればいいのか。そこをローカルに仕切りなおし、関係を取り結ぶことが求められています。
ただ、これだけ、それぞれの機能・役割が細分化してしまった世の中では、ほかの人が何を思っているのかわからないってことがありますよね。そこをつないでいくという意味で、これからは「通訳者」が必要になってきます。都市の人たちの考え方もわかって、地方の人たちの考え方にも理解がある人。どういうものをどう消費したいのか、どういうものをどうつくりたいのか、それぞれの考え方をどのように繋ぐと新しい対流が生まれるか。あるいは高齢者には高齢者の考え方があるし、若い世代には若い世代の考え方があるというときに、そこをどう取り結んでつないでいくか。相互に理解しあい共感しあえるように関係を繋いでいく「通訳者」「インタープリター」が、本当に求められているのだと思います。
逆にそれができれば、例えばある地域で保育所をつくろうというとき「子どもはうるさいから近隣にはつくるな」となってしまう以前に、もうちょっと事前のところから段取りを踏んで積み上げてくことが可能となり、ボタンの掛け違いのようなことを回避することもできると思います。
相互理解の難しさということで、さらに言えば、ITの普及率が、都市部と農村、あるいは若者と高齢者とで違いすぎることも存外に大きな壁になっています。これまでは直接会って話をするか、会うのが難しければお手紙かFAXか電話でとなっていました。それが電子メールになって、SNSになって、LINEになって。その変化の過程を経ていくプロセスのなかで、一人一人、全くコミュニケーションの取り方が違っていて、そこがまたものすごい認識のギャップを生んでいると思うんですよね。それぞれのコミュニケーションには、それぞれいいものがあると思うので、そこをもう一回つなぎ直す。それぞれの良さを確認する。そこから新たな価値とか意味みたいなものも見えてきますし、やっぱり多様なものがあるっていうことこそが、この国の豊かさなんじゃないかなと思っています。

“機能別”タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑤に続きます

 

インタビュー・地域づくりへの提言

沼尾波子さん

1967年、千葉県生まれ。日本大学経済学部教授。専攻は財政学・地方財政論。日本地方財政学会理事、総務省過疎問題懇談会委員、東京都税制調査会委員などを歴任。慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程修了。学生時代に中国河南省に留学。都市と農村との生活水準のあまりのギャップに仰天しつつ、それぞれの地域特性を踏まえ、地域に根ざした人々の暮らしを支えられるような社会経済システムのあり方について考えるようになる。多様な地域があり、多様な人々が共存できる社会経済のあり方について、先駆的な地域づくりに取り組む地域への訪問を続け、地域の社会経済構造と自治体財政のあり方について研究・提言を続ける。主な著書に「交響する都市と農山村 対流型社会が生まれる」(農山漁村文化協会)など。

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