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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年09月26日 (月)

"機能別"タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑧【財政学者・沼尾波子さん】

⑦では、予測不能な地域の課題や、人口減少時代の地域づくりは“機能論”で考えることは難しく、地方と都市部との関係の結び直しから新しい芽が出てくるのではないか、という話を伺いました。

--ひとつの機能や仕事だけに特化していくのではなく、いまある様々なものを上手に組み合わせていくと。

沼尾氏 いま若い世代はそうしたことに気付き始めていて、会社で社員として働くよりも、「多職」とか「都会版百姓」といったかたちを選ぶ人が現れてきています。「これが自分の職業」というのが、ひとつだけ専門としてあるのではなく、副業ならぬ「複業」を重ね、よろずの仕事をしているという。そう考えると、いま大学で行なっている就職指導は本当に前世紀的ですね。たぶん若い世代の方が、社会が機能論だけでは成り立たなくなっていることに気付いていて、地方に行けば行くほど、ひとつひとつは小さくとも、それぞれの土地で展開されるトータルな活動を通じて、仕事と暮らしを成り立たせる術を見出そうとしていますね。

それに関して、非常に注目している例があります。千葉県の大網白里市にある不動産会社(大里綜合管理)の取り組みなのですが、それがすごく面白い。バブルの頃に大網白里市の方にもバブルの波が行くわけです。その頃に現社長の野老(ところ)真理子さんという方のお母さんが不動産会社を立ち上げられたそうなのですが、バブルが崩壊すると、全然、ビルが建たないという状況になって、空き地だらけでもうあちこち草ぼうぼう。それでその時にこの会社でが、「そのまま空き地で置いておくと、景観も良くないし、物騒だし…」ということで、その空き地を草刈りして花の種を蒔いたりして、そうやって維持管理をしていこうというサービスを始められたのです。そうしたら「それはいい!」ということになって、住宅や賃貸物件の仲介といったことよりも先に、まずはそこから仕事が始まっていったそうです。
そうしたら、どんどん花も咲いて町がキレイになっていくから、地域の方たちは、「なんかいいことしてくれてるよね」と受け止めるようになった。また、仕事をしているなかで、地元のいろいろな方々から出てくる様々なつぶやきや相談ごとの中から、できることを考えるようになったのだそうです。「いやー、自分は定年退職したんだけど、やることもないしね」とおっしゃる方が、実はすごい技を持っていたので、それで野老さんの方から「じゃあ、ちょっと地域の人たちのために、講演でもしてもらえませんか」と持ちかけたり。ほかにも「ひとりでご飯を食べるのが寂しい」と言う方がいたので、「それじゃ、みんなでご飯食べる場所があるといいですよね」ということで、地域のいろいろな方々に声をかけて実現させたり。

そうやっていくうちに、不動産会社として地域の中でできることがたくさんあることに気付いていって、どんどん「これもやったらいいんじゃないか、あれもやったらいいんじゃないか」となっていった。それでいまは、会社が、いわゆる不動産会社というよりも、地域の暮らしをトータルに支える会社になってしまった。社屋もいわゆる不動産会社というより、大きな集会所というか、ホールみたいな建物になっていて、そこはもう地域の人たちの公共空間になっているんです。その中でみんなが好きに一区画を借りて、ものを展示して売ったり、農産物の直売スペースがあったり。集まって話し合いをしていたり。そこの2階にはレストランができるキッチンがあって、そこには毎日違う方がシェフで来て、自分で好きなメニュー考えてランチを出して、そこに食べたい人が来て1食800円で食べて帰って。ランチを出した方もお小遣いが稼げるみたいな。他にも、子どもを預かったり、ヨガ教室とか、ありとあらゆるプラットフォームを不動産会社が始めちゃっているのですね。野老さんは「ビジネス6割、社会活動4割」と言っていて、それで25人ぐらい新規雇用も生んでいます。 

19_20160926.JPG 千葉県大網白里町の不動産会社「大里綜合管理」の社内
地域の人たちが気軽に集うスペースになっている

地域の“よろずごと”をどんどんやっていくと、それをマネージメントする人が必要になってきます。その担い手を野老さんは会社で正社員として雇っておられます。それから、大網白里は成田空港に近いことから、外国人技能実習生の研修施設があって、今だとベトナムからの人がものすごく来ているのですけれど、彼らは全然、地域と繋がる機会がないそうなのです。そこで、毎朝6時にその実習生の施設に行って、ラジオ体操を教えているんですよ(笑)。「ラジオ体操と掃除でピカピカにするっていうのは日本のいい伝統だから、これを教えるんだ」ということで、みんなで体操して一緒にご飯を食べたり。何かあったら相談においでって言って、研修が終わって実際の日本の各地に出ていくまでの間、ホストマザー、ホストファミリーのような役割を果たしているのです。


--実は自分たちが暮らす地域には、様々な資源や価値があって、それを地域のみなさんと掘り起こしていったのですね。

沼尾氏 こういう“地域で学ぶ”ということ。学んで食べて楽しんで、みんなが笑って過ごせるための“繋ぎの場”というものを会社としてもつくっていて、そこで社会貢献もしている。それがまた会社の信頼にもなって不動産のビジネスにも繋がり、二十数名の雇用も確保している。こういう社会経済の取り結び方があるんだなって、ちょっと衝撃を受けましたね。市役所もすごく頼りにしていて、市の行事を多くの人に告知をしたいときには、「チラシを置いておきますね」と会社に持ってこられるそうです。

地域によっていろいろなやり方があると思うのです。市町村合併をしたところは、新しくできた大きな市町村と旧来の町内会・自治会の間にすごく距離が開いてしまっています。その間を埋めるために、行政主導で「地域振興会」「まちづくり協議会」などをつくって、市町村がそこに補助金を出し、コミュニティ活動の活性化にあててくれというパターンも各地でおこなわれています。ただ、そういうかたちだと、やっぱりなかなか従来からある町内会・自治会と新しく行政がトップダウンでつくった協議会との間に距離ができたりギクシャクしたりしてしまって、なかなかうまくいってないというような話も聞きます。

そんな中で、島根県の雲南市の場合は、市からのトップダウンではなく、それぞれの地域の困りごとや課題については、地域の方々がどうしていったらいいのかを考える場と関係を作り、地域の中で、どういう人が必要で何があったらよいかを挙げてもらって、それを行政としてサポートしています。こうした仕組みだと、地域の側が「ちゃんと自分たちが考えれば行政がサポートしてくれるんだ」となっていく。行政がなんらかの支援をしてくれるんだという信頼関係が取り結ばれれば、地域づくり協議会や振興会が有効に動く可能性はあるだろうと思います。


20_20160926.JPG21_20160926.JPG 島根県雲南市波多地区では、廃校になった小学校をコミュニティセンターとして活用し、校舎の中にマーケットが設けられている

逆に、トップダウンで最初にお金をつけてという形では、うまくいかないでしょう。最初にお金つけるのではなく、まずは地域の困りごとは何かと。地域をどうしたいのか、5年後、10年後の地域の姿を、たとえば1枚のイラストをみんなで描き、ビジュアルに共有できているということが大事で、そこに向けてどういうステップで何をするかということを考え、その中で「ではここに、こういうふうにお金があったらいいよね」という順序で話を進めていく。身の丈以上のお金が来てしまうと、どうしても身の丈以上のことやろうとしてしまいます。まずは身の丈でやれることから、あと追加で何がいくらあったらいいのかという枠の中で小金が来る。そうやっていけば回るだろうと思います。


“機能別”タテ割り社会に「ヨコ糸」を通し、縦横無尽の安心ネットを張る⑨に続きます

インタビュー・地域づくりへの提言

沼尾波子さん

1967年、千葉県生まれ。日本大学経済学部教授。専攻は財政学・地方財政論。日本地方財政学会理事、総務省過疎問題懇談会委員、東京都税制調査会委員などを歴任。慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程修了。学生時代に中国河南省に留学。都市と農村との生活水準のあまりのギャップに仰天しつつ、それぞれの地域特性を踏まえ、地域に根ざした人々の暮らしを支えられるような社会経済システムのあり方について考えるようになる。多様な地域があり、多様な人々が共存できる社会経済のあり方について、先駆的な地域づくりに取り組む地域への訪問を続け、地域の社会経済構造と自治体財政のあり方について研究・提言を続ける。主な著書に「交響する都市と農山村 対流型社会が生まれる」(農山漁村文化協会)など。

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