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地域づくり情報局

一人も取りこぼさない社会をめざして

大阪府豊中市のコミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子さん。地域や家族から孤立する人々に寄り添い支える日々を綴ります。

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2020年12月01日 (火)

コロナに負けない地域のつながりを作る(1)

緊急貸付に押し寄せる人々

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緊急貸付けの窓口

 

今年3月に緊急事態宣言が出て、社会福祉協議会では、コロナ特例の緊急小口資金や総合支援資金の貸付窓口に、コロナの影響で収入が減ってしまった人たちが殺到するという状況が生まれました。

毎日100人を超えるほどの人たちが窓口に押し寄せてきました。その中には、飲食、イベント、観光、タクシー、美容師、俳優、格闘家など、本当にさまざまな職業の方がおられました。外国人の人たちもたくさん来られて、ネパール、インド、フィリピン、ブラジル、フランス、ペルー、ベトナム、タイなど、飲食業や製造業などで働いている、いろんな国のたくさんの方々と向き合うことになりました。

わたしたちは、なんとか命を助けたい、生活を支えたいと思いながら、土曜日も日曜日もゴールデンウィークも全部返上して、相談に明け暮れました。社協の活動が一変して、それまでの地域活動を主体とした見守りや子育て支援、若者のひきこもり支援といった取り組みから、緊急の貸付けという、いわば命を支える最前線に変わったわけです。

この緊急貸付けも期間に制限があって、春から借りている人の多くは、11月または12月に期限を迎えます。今のルールでは、冬以降貸し付けが受けられなくなる人が出てくることになり、とても不安な状況です。

 

住居を失う人たちも

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早朝の公園

 

緊急事態宣言のころ、ある民生委員さんから「外出を自粛するなかで、早朝のラジオ体操だけには行っているんだけれど、公園に家を失ったホームレスの人たちが増えているよ」という話を聞きました。夜、公園で寝て、早朝にはどこかに行ってしまう人が多いと言います。

そんなことになっているのかと驚いて、早朝4時に職員とともに公園に行くと、聞いていた場所に一人の男性の方がいらっしゃいました。寝床を片付け始めていて、人目を避けて明るくなる前に移動しようとしているようでした。マスクを手渡し名刺を渡しました。これまでサウナに泊まっていたが、緊急事態宣言でサウナも閉まり、行き場を失ったという話でした。図書館なども閉まってしまい、ひたすら人目を避けて街を歩いている、と。

差し出がましいかもしれないけど力になりたいと話しましたが、背を向けて去ろうとしました。そこで別れ際に「必ず電話してくださいね。」と声をかけると、さっき渡した名刺を探しはじめたようだったので、もう一枚名刺の裏に「必ず連絡ください、突然失礼しました」というようなことを書いてお渡ししました。そして手を差し伸べて、握手をしました。そのとき彼の目にキラッと光るものが見えました。それから彼は、すうっと街の中に消えて行ったんですけれども。

突然われわれのような者たちがやってきてどんなふうに見えたか、いろいろ言っても信じてもらえるわけもないと思いながらその日はお別れをしたのですが、それから数日して公衆電話から電話がかかってきました。

「たいへん失礼をした。4時にあなたが来たということは、家を何時に出たんだろうと考えました。僕のようなものに対して、そんな時間にわざわざ来てくれたのに、あんな態度をとってしまったことが申し訳なくて、とにかく謝りたかった」と。そこですぐに本人のところに向かったのですが、このように話されていました。

「市役所に行けば何らかの手助けや生活保護があるということは知っていた。でも行きたくなかった。そこにはガラスの壁があった。そういう生活をすることは恥だと思っていたし、自分はそういう世界の人間ではないと思いたかった。そこですごく躊躇(ちゅうちょ)していたけれど、だんだんお金がなくなって、もうどうにもならなくなった」と。

その後、住宅を設定して就職支援をしていたのですが、彼はわたしが渡した2枚の名刺をカードケースに入れてお守りのように持っていてくれていました。ちょうど昨日、就職が決まって、いちばん最初に報告したかったと電話をもらいました。とっても嬉しい出来事でした。

 

離れていても、つながろう

こんなふうに緊急事態宣言の最中、感染予防しながら、生活苦で自殺する人を減らしたい、なんとか命を助けたいと思ってがんばっていたんですけれども、一方でサロンや会食など、地域で集まってガヤガヤするというそれまでの取り組みが、まったくできなくなってしまいました。「ソーシャルディスタンス」だと言われ、本当に地域活動を続けるための方法論を失っていた時期でもありました。

そんな時に、ある民生委員さんが電話をしてこられたんですね。「わたしたちは25年も前から、阪神淡路大震災をきっかけに孤独死をなくそうとして、見守りをしたり、つながりを作るためのサロンや会食をしてきた。それなのに、2ヶ月も3ヶ月も活動を止めて何も問題がないという。そんなことにわたしたちの人生を賭けてきたんだろうか」。そのように言われて、ハッとしたんです。

コロナで命を失わなくても、このままいくと孤独死をする人たちがどんどん増えるかもしれない、認知症になる人、家の中で弱っていく人たちが増えていくかもしれない。だったらどうしたらいいんだろうか。離れていてもつながれる方法が何かあるんじゃないかと考え始めたのが、5月の連休頃でした。

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往復はがき

 

「往復はがきを使って安否確認したらどうかしら」と言われる方がいたり、「手作りマスクを作ってポスティングして配ることはできるんじゃないの」「電話や LINE を使って遠隔サロンをしてはどうか」と言われる方がいたり。出会えることが当たり前の時には考えたこともなかったけれど、こういう活動もできるんじゃないか、というアイデアを皆さんが口々におっしゃるようになり、そこから私たちの新たなチャレンジが始まりました。

 

YouTubeチャンネルを開設

「離れていてもつながろう」を合い言葉に活動を再開させていった頃は、感染について「本当に大丈夫なのか」という不安も、市民の中にはありました。たとえばマスクなどを配布していると、「手にウイルスがついているのではないか」「感染拡大につながるのではないか」という不安もありましたし、「ボランティアだからといって活動していいのか、自粛すべきじゃないか」と言われる人たちもいました。地域が二分される、厳しい状況が続いた時期でもありました。

このときに出てきたアイデアの一つがYouTube チャンネルです。テレビで芸能人を見るよりも、会えなくなった知り合いが番組に出ているのを見る方が、励みや喜びになるんじゃないか。いつもサロンに来ていた人たちがYouTube に登場して、同じように語りかけてくれたり、家の中で介護予防のためにできることを紹介してくれたら、離れているけれども、近く感じられるんじゃないか。そのように考えて、「豊中社協TV」 というYouTube チャンネルを作ることになりました。

「この年代の人たちが本当に YouTubeを見れるのか?」という声もあったんですけれども、実際にやってみたら、今までそういうものに関心がなかった層の人たちにも見てもらえたり、これまで社会福祉協議会の媒体とつながらなかった若い人たちにも見ていただくことができました。こういう機会がなかったら、わたしたちもYouTubeに挑戦しようという気も起きなかったでしょう。自分たちが発信できる新たなツールになったなと思っています 。

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YouTubeチャンネル

その(2)につづく

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勝部麗子さん(コミュニティソーシャルワーカー)

10年前、大阪府で初導入された地域福祉の専門職=コミュニティソーシャルワーカーの第一人者。大阪府豊中市社会福祉協議会・福祉推進室長として、様々な地域福祉計画・活動計画に携わる。2006年から始まった「福祉ゴミ処理プロジェクト」では、孤立する高齢者に寄り添い、数多くのゴミ屋敷を解決に導いた。厚生労働省社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」委員。信条は「道がなければ作ればいい」。

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